第8話:深夜の図書館
深夜0時。カイの安らかな寝息が、 部屋中に響いている。レアは隣の部屋で寝ており、物音が聞こえないので、おそらく 寝ているのだろう。
風のない、静かな夜だった。聴こえるのは、波の音と虫の音のみ。前は大通り沿いに面した銀行の男子寮に住んでいたから、夜でも車の音でうるさかった。こんなにも穏やかな夜があるのだと、 この年になって、またしても新たな発見をした。
日中と違い、夜はひんやりとしていて、長袖が必要なくらいだ。 現に俺のパジャマも長袖、 長ズボンだ。麻でできていて、 風通しがよく、手触りも良い。 そのことを言うと、レアは「さすがオリは違いが分かる男だな!」と、嬉しそうに顔をほころばせた。彼女の兄が、かつて着ていたものらしい。
「お兄ちゃんは今どこにいるんだ?」
「戦争で駆り出されて、それから分からない」
「そうか」
こういう時に、どういう言葉を返したらいいのか分からない。 何とか返すのが、正解だったんだろうか。 俺は頭を振って、 とりあえず今やるべきことに集中することにした。 この島について、 この世界についてもっと知るべく、真夜中の図書館へ行くことだ。
パジャマのまま出かけるのは少し戸惑いがあったが、着替えているとカイが起きてしまう。パジャマのまま出かけることにして、そっと ベッドを抜け出した。
階段を降りながら、俺は考えた。日中、カイとレアにこの世界や島について聞いても、要領を得ない答えしか返ってこなかった。島に住み、他の島への行き来も自由にできない人々に、それを求めるのは酷なのかもしれない。俺も自分の住んでいる国や世界について、きちんと説明できるかというと怪しい。科学技術が発達していれば、他の国や星について、判明しているだろうが、この世界でどこまで解明されているかは定かではない。
俺は「好きな女の子のタイプ」を話したがるカイの誘いを断り、この時間になるまで、ベッドの中でスマホをいじっていた。典型的な劣等生のように聞こえるが、スマホで買えるものを検索していたのだ。本当に俺の所持金は無限大で、何でも買えるみたいだった。中には精霊、聖獣なんてものもいた。本当かどうかは分からない。もしかしたらコスプレの衣装とかが届くのかもしれない。
「さっきレアが使ってたのは、この風の魔法だよな」
俺は風の魔法を購入していた。 試用期間を入力する欄が出てきて、5時間と入力してある。 これだけあれば十分だろう。
ご丁寧に YouTube のような動画サイトで、魔法の使い方があった。その中でベッドのシーツを使ってアラジンの魔法の絨毯のように空を飛ぶものがあったから、俺はそれを真似することにした。この世界では 魔法の使い方を動画で配信して稼いでるやつもいるらしい。ビジネス、ビジネス。
俺はベッドにあったシーツをぐしゃぐしゃっと丸め、 それを抱えてベッドから抜け出した。なるべく 物音を立てずに部屋を出て、階段を降り、 玄関から外に出た。 風のない、静かな夜だった。ここに来て 俺はあることに気がついた。前に蛇を購入した時は、向こうから現れてくれた。しかし今回は、どうやって呼べばいいのだろう。
「とりあえず言葉かな?風よ、来てくれ!」
沈黙。あたりには引き続き、 波の音が響き渡るだけだった。
「違うのか。 レアも何やらブツブツ 呪文を唱えてたから、やっぱり特別な文言が必要なのかな」
ふと、そこで俺はある違和感に気がついた。先ほどまで鳴っていた虫の声が、全くしない。次の瞬間、突風が巻き起こった。俺は吹き飛ばされそうになりながら、シーツを広げた。 シーツはバタバタと音を立て、俺は風に向かって叫んだ。
「このシーツの上に乗って、移動したいんだ! 上に乗せてくれないか?」
風は、俺をますます上に向かって舞い上がらせた。 手に握られているシーツは今にも吹き飛んでしまいそうだ。
「違う違う。そうじゃなくて! 」
俺は両手でシーツを握り直すと、風はそのシーツを上に向かって、良い具合に引き上げてくれた。 まるでパラシュートで移動しているような感覚に陥る。 ただし紐なしで、 命綱 もないけれど。
「まあベストじゃないけど、ベターかな。これでも良いか」
下には断崖絶壁の崖、黒い海が広がる。落ちたらひとたまりもないだろう。風に乗れるのがあと少し遅かったら、飲み込まれていたかもしれない。 最善のものではなく、 とりあえず 今あるものでなんとかしていくしかない。
「風、このまま島の図書館まで連れてってくれないか?」
ゆっくりと進路が変更されていく。 タクシーや飛行機ならもっと早いのかもしれないが、 あいにく この島では18時以降の労働はしないと決まっているらしい。それで選んだのが、風を使った移動方法だった。YouTube(仮)で 検索をしたら、上位にヒットされた方法がこれだった。俺もこの様子を動画にとって配信すれば、もしかしたら ランキング上位に行けるかもしれない
「まあ、いいよ。そんなこと興味ないしな。それより図書館だ!」
上から見ていて思ったが、この島には家が少ない。レアの家の周りにも全く家がない。いくら自然豊かな島とは言え、もう少し家があってもいいはずだ。
徐々に高度が落ち始めた。 下には木造の、大きな建物がある。 あれが図書館なのだろう。 海からは離れていて、深い森の中にあった。図書館なら、もう少し人がアクセスしやすい場所にあってもいいはずだ。
ゆっくりと落ちて行き、 入口の前に立った。当然のことながら、 扉は閉まっている。明かりも消えている。大学の頃、図書館は24時間空いていたが、この島では、そうもいかないみたいだ。
俺は裏口へ回ってみた。 予想通り、そこには小さな明かりがついていた。 カイとレアは、俺が図書館に行くことをあまりよく思っていないみたいだった。大事な秘密が、ここには隠されているのだろう。そんな場所で、夜中に警備を無人にしておく はずがない。
「風よ、頼む。 俺が合図したら、入り口の扉を揺らしてくれ」
返事はないが、おそらく 汲み取ってくれたと信じて、俺は裏口 ギリギリまで近づいた。
「今だ!」
小声で言うと、途端に正面入り口の扉が、ガタガタガタっと大きな音を立てた。
「誰だい!まったく、 動物か?」
警備員らしき男性の声が聴こえて来た。俺は言った。
「もう1回だ!」
再び大きな音が正面入口で起こる。
「まったく。俺が非番の日にしてくれよ……」
舌打ちとともに、男性が出て来た。いわゆる警備服ではなく、 Tシャツに短パンという軽装 だった。手にはドリンクボトルで、まるで散歩をするかのように、口笛を吹きながら、ぶらぶらと歩いて行った。こんな島で図書館を襲撃する人なんてあまりいないのだろう。
足音が入り口の方へ近づいていき、 俺は走って裏口へ行った。そして、図書館の中へ侵入することに成功した。
「よし、まずは案内図だな……」
手元にあるスマホの明かりを頼りに、図書館の案内図を探す。それは貸出カウンター 近くにあり、お目当てのものはすぐに目についた。「書庫 関係者以外立ち入り禁止」と書かれた部屋は、二階の再奥にあった。
俺はひとまず、そこを目指すことにした。書庫に鍵はかかっているだろうが、再び裏口に行くのも、警備員さんに見つかりそうで怖い。ひとまず部屋まで足を運んでみることにしたのだった。小さな図書館で、すぐにたどり着くことができた。書庫には意外にも明かりがついていて、中には人影が見えた。
「え?」
そこで俺を見つけたのは、 警備員さんよりも怖い人物だった。
●読者の皆様へ
お読みいただき、ありがとうございました。
読者の皆様に大切なお願いがあります。
十秒程度で終わりますので、ご協力いただけますと幸いです。
・面白かった
・続きが気になる
・応援してあげてもいいかな
など、少しでも思ってくださった方は、
ページの下(広告の下)にある「☆☆☆☆☆」を押して評価をしてくださると嬉しいです!
面白い作品をお届けできるよう頑張りますので、是非よろしくお願い致します……!