第7話:俺にしか見えない、白い光
窓の外にはふわふわと丸い光のようなものが浮いている。手のひらサイズのものが1つ 2つ、 不思議と恐ろしいような気持ちは起こらなかった。 むしろ キラキラとしていて綺麗で、なんだかずっと見ていられる。
「なんだ?あれ」
俺が声を出し、2人がそちらの方に向く。 すると それは いつの間にか消えていた。
「何があったんですか?」
「白い光みたいなものが、ふわふわ浮いてた」
「あぁ、それはオーブですね」
「オーブ?」
カイ曰く、その土地にある『気】であるマナが、目に見える形となって現れるらしい。色によって意味が違うんだとか。
「それにしても、白でよかった!土地から祝福されてるって意味ですからね」
「注意しなきゃいけない色もあるのか?」
彼はグッと声を落として行った。
「赤色です。 何か良くないことが起こる傾向があるので、気をつけてくださいね」
「そっか。できれば赤色は見たくないな」
「そうでもないぞ」
レアが、ピンク色の果物を皮ごと頬張りながら言った。ドラゴンフルーツとイチジクを足して二で割ったような見た目で、桃のように甘い匂いがする。カイが少し前に、地下にある 貯蔵庫から持ってきたものだ。どうやらつまみ食いをしているらしい。彼女の手からこぼれた汁が、白色のワンピースに着いた。彼女はそんなことを気にせずに、 もぐもぐと口を動かしながら言葉を続けた。
「大体の災害は、対策をすれば避けることもできる。オーブは親切に教えてくれてるんだ」
「そうか。相手のことを嫌いだったら、 わざわざ そんなこと教えないもんな」
リスクも適切な対応を取れば、コストに代わる。研修で習った。リスクなしでは、リターンを得ることはできないのだ。
「そういうこと。さてと、じゃあ デザートにしますか!」
カイはピンク色の果物の他にも、マンゴーやパイナップルのような、色とりどりのフルーツを食卓に並べ始めた。慣れた手つきで皮を向き、親指の爪ほどのサイズに切りわけていく。まとめてボールの中に入れて、炭酸水のようなものが振りかけられた。南国フルーツポンチの出来上がりだ。
「魚や肉は冷凍でも大丈夫だけど、フルーツは鮮度が大事!切ったばかりが一番うまいんですよね」
スプーンが配られ、二人はボールからそのまま食べている。鍋のようなものなのだろうか。俺もすくって口へ運んでみた。濃厚な甘みに、炭酸がキリッとしたアクセントを加えている。口直しにちょうどいい。
「締めはコーヒーといきたいところですが、明日は早いのでジュースにしましょう」
カイはキッチンから絞り器を持ってきて、目の前でオレンジを絞ってくれた。それをコップに入れて、俺に出してくれる。
「何だこれ、うまい。今まで飲んでたオレンジジュースは何だったんだ……」
同じフルーツでも、調理方法によって全然違うものになるようだ。そのフルーツが良いとか悪いとかじゃない。全て料理をする人の腕にかかっているのだろう。
窓の外を見ると、暗い海が広がっていた。それはこの島が抱える、未だ語られていない、陰の歴史を思わせた。どの国にも良い面があり、悪い面がある。 天国なんてものはないのかもしれない。 ひとまずは、今いる場所を最高にしていくしかない。
「明日は早いって何時に出るんだ?」
「5時だな。 海がまだ綺麗なうちがいい。私も支度があるから、そろそろ上に……」
「え、レアも行くの?」
「当たり前だろう」
拗ねたように言う彼女である。俺はカイと顔を見合わせた。
「お前は待ってた方がいいんじゃないかな」
俺もうなずいた。あの木に吊り下げられていた姿を思い出したからだ。金がモノをいうこの島で、所持金ゼロの彼女だ。俺とはぐれてしまったら、命の保証はできない。彼女はどこか得意気に腕を組み、俺たちを交互に眺めながら言った。
「忘れたのか?この島を出ることができる人間は限られていると」
「うーん、でも俺は簡単に来たよ」
「来るのは簡単なんだ!出ることが難しい。大きな波が出るものを阻むんだ。 それがこの島がかつて×××だった理由だ」
レアの言葉は、後半が早口になり、聞き取ることができなかった。
「え、今なんて?」
「なんでもない。とにかく私も行く。 命の恩人、オリを失うわけにいかないからな」
彼女は真剣な目を俺に向けた。短い付き合いだが、こうなっては引かない性格であることは分かる。
「この島の地図ってある?」
「あぁ、この地図の裏がそうだ」
レアは地図を裏返した。イロモカ島の拡大図が書かれていて、現在地をレアが指で示してくれた。日の沈む場所は確認したから、東西南北も何とか分かる。
「ありがとう。ちょっと夜の間、借りてもいいかな?」
俺は地図を見て、ある場所に目を止めた。先ほど会話の中であやふやにされてしまったけど、行こうと思っていた場所だ。それは図書館だった。夜の図書館に1人で調べ物をしに行くなんて、 映画では真っ先に死亡フラグが立つ。ここから目分量だが、10キロはありそうだ。しかし何とかしてこの島を出る前に、しておかなくてはいけない気がした。この家にいる何かが、俺にそう語りかけていたのだ。その予感は、外で俺にだけに姿を見せたオーブによって、決定づけられた。
「ま、大丈夫だよな。赤色じゃないし」
「オリ、何か言ったか?」
「いや、何でもない」
「怪しいな」
レアは疑い深い表情をして、俺の近くに来た。俺の両手をぎゅっと握り、その手を彼女の額に当てて、何やらブツブツと呟いている。
「……よし。これで良いだろう」
「何してたんだ?」
「 おまじないだ。風がオリを守ってくれるようにな」
彼女は微笑んだ。あたたかく、深い笑みだった。どこか妹に似たその表情の作り方に、俺の胸が微かに痛む。彼女の洗いたてのシーツのような、白くて見事な歯並びを見ているうちに、ふと、二人に気付かれずに図書館へ行く方法を思いついた。