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第6話:美味しいマグロの食べ方

キッチンでカイが冷凍庫から取り出してきたのは、 アルミホイルに巻かれた何かだった。


「良かった、まだ残ってました」

「それ、何だ?」

「マグロっす。こうしてサランラップを巻いて、ペーパーをして、 アルミホイルにくるむと、冷凍焼けしないんですよ」

「冷凍焼け?」

「冷蔵庫の匂いがつくことです。こうして冷凍庫に入れれば、肉も魚も半年はもちます」


俺は思い出した。美しい海と空を見て忘れていたが、この島は戦争によって、深刻な食糧危機にさらされているのだ。


「これを切って、しばらく置いておきますね」

「すぐ食べた方が美味しいんじゃないのか?」


彼曰く、マグロは熟成させなきゃいけないらしい。釣った後にすぐ食べるのではなく、ペーパーをして数日間、冷やす。毎日ペーパーを変えてあげると、青臭さが抜けて、どんどんおいしくなっていく。食べる時も、冷凍庫から出してすぐ食べるのではなく、常温でしばらく置いてからの方が美味しいんだとか。


「じゃあ、回転寿司でマグロがきたら、取っても一番最後に食べた方がいいんだな」

「何ですか?その回転寿司ってやつは」

「えっと、テーブルに乗って回ってくるお寿司だよ。今度、日本に来たら一緒に行こう」


彼は日本という言葉を理解していないように見えた。 鼻歌を歌いながら、慣れた手つきでサクサクとマグロを切っていく。


「嬉しいっすね。刑務所では臭い飯食ってたんで。こうして食えるのが何とも幸せです」


ささやかな幸せをかみしめる脱獄犯である。俺はキッチンを見渡した。冷蔵庫以外、特に電子レンジや湯沸かしポットなどの電子機器は見当たらない。リビングを見ても、テレビもなければ 冷房もない。 それでも窓の外から見える海と、目の前に並ぶごちそうが、俺の心を豊かにしてくれた。


「幸せ、ね。俺って色々持ちすぎてたのかな」

「何ですか?」

「なんでもないよ。他に何か手伝うこと、あるか?」

「じゃあ、この鍋で、米炊いてくれません?」


俺らが料理をしていると、シャワーを浴びたレアが出てきた。


「お、マグロか。カイ、それ切るの代わろうか」

「いや、大丈夫。 レアは皿を出しておいて」


即座にカイは言うと、心底納得がいっていない様子のレアに「お前が包丁を握らせるととんでもないことになるだと」と付け加えた。しぶしぶ棚をあさるレアを見ながら、「あの子は道具を使うの、 致命的に下手なんです」と俺に耳打ちをした。それは彼女の手を思い出させた。 切り傷や擦り傷だらけだったのは、 単に不器用だったからかもしれない。


夕食が出来上がった。土鍋で炊いたほかほかのご飯に、ちょっぴり醤油をつけたマグロ。 何ともシンプルだが、やたらうまかった。口の中でとろけて、臭みが一切ない。ご飯が何杯でもいけそうだ。やっとゆっくり離せる時間ができたから、俺は切り出した。


「ところで、この世界について教えて欲しいんだけど」


ポカンと口を開けている二人に、言葉を続けた。


「俺、何も知らされないまま、この世界に来たんだ。今は何年の何月何日で、ここはどこなんだ?」

「その世紀っていうのは分からないが、今は9月11日。 場所は、あれを見た方が早い」


レアはそう言うと、冷蔵庫に貼ってあった地図を持ってきた。北から南に向けて、 大小5つの島がある。レアは上から3つ目、 ちょうど真ん中の島を指さした。


「私たちが今いるのが ここ、イロモカ島。5つの島の中では面積は最も小さく、人口も最も少ない。 昔からの風習を最も残しているのが、ここだな。上2つの島と、下2つの島が戦争しているんだ。私たちはどっちの領土になるかで日々揉めている。 おそらくお母様とお父様が話し合いに行ったのは、どちらに味方に着くかという話だと思う」

「ちょっと待って それでどうして食糧危機が起こるんだ?」

「いい質問だ。もともと私たちの島には何も資源がないんだ。 金を得ていたのは……」


レアは口をつぐんだ。 どうやら 言いにくいことらしい。


「無理に話さなくてもいいよ。 俺、図書館にでも行こうか?そしたら島のこと、もう少しわかると思うし」

「その必要はないっすよ」


カイが入って来た。


「俺から説明しますね。この島が金を得ていたのは、軍事産業です」


彼から聞いたところによると、 この島には豊富なマナがあるらしい。マナというのは気の力、パワーのようなものだという。イロモカ島は5つある島の中で最古の島で、この島のマナを持って海に出かけた者が、マナを海に落とし、 残りの4つの島ができたと言われているらしい。「私の島では別の言い伝えがあるぞ」と、レアが割って入った。


「かつて、イロモカ島には火、水、土、金、木の神様がいた。木の神様だけが残って、残りの神様は他の島に行ったって」

「ま、島によって違うよな。俺は水の島の出身です。 だから水と仲がいいんです」


今回の争いが起きたのは、雨が降らなくなったかららしい。 それで水の島に何か問題が起きてるのではないかということになって、調査が入った。 そうしたら、現地の神様がもう そこにはいないということになって大騒ぎになったと言う。


「俺が逮捕されたのも、水の神様を探していたからなんです」

「どうせ、あの場所に足を踏み入れたんだろ……待てよ。オリがいれば、彼女を見つけれるんじゃないか?」


二人の熱い視線が、俺に注がれる。


「オリ様。水の島で、神様をお金で呼び出してくれません?」

「お願いします」

「こんな時だけ様付けするな。あとレアも敬語やめろ」


彼曰く、どうやら水の神様はお金にルーズな性格らしい。元々、お金が流れて行きやすい気を持っていることもあるが、最近は特に困っているようだ。やっかいな男に引っかかり、貢がされているらしい。この世界では、神様も随分と人間くさいようだ。


「水の神様に交渉して、1時間だけ雨を降らせてもらう。彼女に支払いをすれば、雨も降って、彼女もお金を得れて、万々歳ですよ」


理屈は通っているが、何かが心に引っかかっていた。失踪する人は、金だけが原因ではない。人間関係、職場、家庭、何かしらに逃げたい厄介なことを抱えている。きっと、彼女にも原因があるはずだ。ふと、消えた母親と妹の顔が頭をよぎった。今回の事件を解決すれば、彼女たちを見つける手掛かりになるのだろうか。それとも、また期待と幻滅を繰り返す、絶え間ない上昇と下降の日々に戻るのだろうか。


いずれにせよ、行くしかない。俺は頷いた。止まっていても、物事が勝手に良くなることなんてない。なら、例え失敗するとしても、動いた方が良い。


「じゃあ、今夜は前祝いですね!あのご馳走、出しちゃいますか!」

「仕方ないな。まあ、オリもいることだしな」


カイの嬉しそうな声と、レアのやれやれといった顔。そんな二人の表情を眺めて、遠くから聞こえる波の音を聞きながら、美味しいご飯をかきこむ。ざざあ、という波の音に、腹も心も満たされた身体が、ゆったりとくつろいでいく。ふと、窓の外を見ると、気にかかるものが目に入った。


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