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第5話:もう大丈夫だよ、俺が来たから

レアの家は、かわいらしい一軒家だった。木造の平屋造で、風通しの良い高床式。いかにも南の島にある家、といった感じだ。社会科の資料集で見たことがある。


玄関前にある数段の階段を登りながら、俺は言った。


「へえ、初めて見たな」

「何がっすか?」

「プランテーションハウス。かつてアメリカで主要産業がさとうきびだった時代に、畑で働く移民のために多く作られたタイプだ。」

「そんな名前なんすね。オリ様は物知りだ」


心から感心した様子で呟くアロハシャツの男、カイ。脱獄中の割に、一向に追手が来ない。彼曰く「六時は夕飯の時間なんで、誰も働いてませんよ」と。なんてホワイト企業なんだ。銀行から転職したい。


「なあ、その様っていうの、やめてくれないか。もうジェット機を降りたから、客じゃないし。レアの友達だろ。な、レア?」

「……え? あ、あぁ。そうだな」


レアの声はこわばっていて、小さな胸は震えていた。ホーム・スイート・ホームではないのだろうか。どこか違和感を覚えながら、ドアを開ける彼女の、日に焼けた背中を見つめた。


「ただいま……」


返事はない。明かりがついていないが、玄関の扉から差し込む西日が、家を照らした。オレンジ色のソファ、木で作られたダイニングテーブル、広いキッチン。最低限の家具しかないが、これで充分なのだろう。家は海に面していて、開いた窓から見える景色は息を呑む美しさだった。


「って、あれ? どうして窓が開いてるんだ?」


独り言を言う俺を残し、レアはすたすたとテーブルの上にある紙を手に取った。それを読む目つきは険しい。「戸棚にドーナツがあるよ、って内容でないことだけは確かっすね」と、カイが呟いた。「レアはドーナツに目が無いんで」と続ける彼を睨み、レアは言った。


「両親は話し合いに出かけているらしい。明日の朝には戻るそうだ」


淡々というレアに、俺は言った。


「そっか、良かったな。隣の島に行く前に、ご両親に挨拶したいだろ」

「……」


外での勝気な女の子はどこへ行ったのか、口数が少ない。家の中も、明るい配色の割に、どこか雰囲気が暗い。大きな不幸がぱっくりと口を開けて待ち構えていて、気を抜くと飲み込まれてしまいそうだ。俺は話を変えることにした。


「あのさ、ちょっとシャワー浴びて良い?」


レアはこくりと頷き、俺を案内してくれた。広いダイニングの奥に白い扉があり、想像していた通りユニットバスだった。本当は湯船に浸かりたかったが、仕方ない。郷に入っては郷に従わなくてはならない。


「レアってさ、風呂に入ったことある?」

「うーん。ないな」

「今度、日本に来いよ。気持ち良いぜ」

「……そうだな」


レアの様子が気にかかるが、まずはシャワーだ。しかし、彼女がいつまでも立ち去ろうとしないので、服を脱ぎにくい。俺は下着一枚になり、バスタブに入って、シャワーカーテンを閉めた。下着を脱いでカーテンから外に放り出して、シャワーのノブをまわした。冷水シャワーの温度が上がるのを待っていると、突然、カーテンが開いた。そしてレアが入って来た。


「え、レア!?」


俺は慌ててシャワーカーテンで股間を隠した。レアはシャワーの冷水を物ともせず、俺と距離を縮めて来た。俺がシャワーを止めようとすると、彼女は俺の手の上に、自身の手を重ねて来た。女性遍歴がまるでないから分からないが、これも南国では想定の範囲内なのだろうか。


「ど、どうした……?」


彼女のもう片方の手が、俺の胸に何かを押し付けた。それは先程、テーブルの上に置かれていた紙だった。広げて見ると、おそらく現地の文字なのだが、不思議と読むことができる。そこには「カイを寄こせ。そうすれば両親は返してやる」と書かれていた。


「そうか、だからあの場で言えなかったのか」


シャワーの音に紛れて、二人だけに聞こえる声で言った。レアは今にも消え入りそうな声で返してきた。


「カイも大事な友人だ。でも……」

「先は言わなくて良い。選べないだろ、そんなの」


俺はレアの頭をぽんぽん、と叩いた。彼女がうつむくと、長いまつ毛から水滴が滴り落ちた。


「勇者になってから、決めることが多いんだ。全てに島の運命がかかっている。私には、重すぎるんだよ」

「もう大丈夫だよ、俺が来たから」


彼女は驚いて顔を上げた。


「お客様の資産を守るのが、銀行員の役目だから。レアは金はないけど、家族と友人っていう大事な資産があるだろ?」


俺はシャワーを止めて、シャワーカーテンの隙間をのぞき、タオルを探した。トイレの上にバスタオルがかかっていたので、それを取り、腰に巻いた。股間を隠すのはカーテンよりもタオルの方が、やはり落ち着く。幾分か自由になった身体で、俺は言った。


「カイも両親も助けよう。銀行では、金で解決できることに怖いものはない、って習った」


手を伸ばして、もう一つかかっていたタオルを取ろうとした。レアのためだ。しかし、その必要はなかった。見覚えのあるアロハシャツの男が、タオルを俺に渡してくれたからだ。


「そして、大体のことは金で解決できる。そうっすよね、オリ様?」

「だから様はやめろって……どこから聞いてたんだ?」


俺はタオルをレアに渡しながら、サングラスをかけてにやにやしている金髪男に聞いた。


「んー。俺は水と仲が良いんで、水の周りでされた話はだいたい聞けるんすよね」


そういえばレアは風を使っていた。カイは水なので、相性があるんだろうか。まあ、これから学んでいけば良い。予想していたよりも少し、長い旅になりそうだ。


シャワーを浴びるというレアを残し、カイと二人でキッチンへ向かった。カイは料理が得意らしく、一緒に作ることになった。リビングの時計は七時を指していて、俺も空腹だったので、ありがたい申し出だった。冷蔵庫をのぞいていると、カイに後ろから声を掛けられた。


「あの場面では、抱きしめるべきでしたよ。頭ぽんぽんじゃなくて」


どうやら他にも、学ぶべきことは多そうだ。


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