第4話:それはそれとして
「勇者はわかるけどさ、何でもう1人が銀行員なわけ?」
「どうしてって、旅にお金は必要だろう」
「そうだけど、そこは普通、魔法使いとか、戦士とか……」
彼女は俯いた。
「彼らは、この前の戦争で、みんな連れて行かれた」
沈黙。 俺が返す言葉を探していると、彼女が代わりに言葉を紡いでくれた。
「だからこの島には戦力にならない人たちだけ残されているんだ」
「でも君は魔法が使えるだろう。 だから 勇者なんじゃないのか?」
「私が魔法を使えることは、誰にも知られていない。それに私が勇者に選ばれたのは別の理由だ」
再び彼女は悲しそうな笑みを浮かべた。語りきれない何かがある時、人はこういった表情を見せる。俺は 質問をやめて、 代わりに勤めて明るい声を出した。
「じゃあさ、まずは 腹ごしらえしに行こうぜ」
彼女は驚いて顔を上げた。
「今は夕方だろ。まずよく食べて、よく寝る。出発は、それからでも遅くないんじゃないのか?」
「あぁ、そうだな。まずは私の家に行こう」
やっと明るい顔が見れた。そうそう、やっぱり女の子には笑顔がよく似合う。
「その前に、名前、教えてくれないか?」
「レア」
「レア。良い名前だな。よろしく。」
彼女は微笑んだ。俺も微笑みを返したが、彼女から返された言葉で笑みは消えた。
「ここからレアの家まで、どれくらいかかるんだ?」
「歩いて3時間!」
「は!?」
「あ、泳いだ方が早いな。2時間で着く」
「無理だろ……って、こら脱がない!」
ボロ切れを脱ぎ、上下ホワイトのビキニ姿になったレア。あいにく俺にその趣味はないので、目のやり場に困ることはない。俺の趣味は年上だ。彼女がまだ幼い女の子で良かった。とか言っている場合ではない。すぐ横で準備運動を始めて、今にも飛び込もうとしている。
「レア、他に手段はないのか?」
「あるが、金がかかるぞ。残高をタップして、『サレクサ、現在地からカラマイカ通りまでで行く手段と金額を教えて』と言えば分かる」
俺はスマホを開き、『∞』をタップした。言われた通りに聞くと、車、船、自転車、自家用ジェットなんて選択肢も出て売る。ちなみにちゃんと徒歩と泳ぎも出て来た。泳ぎってデフォなのか、ここでは。
俺は試しに所要時間が15分と最も短い「自家用ジェット 10万/時間」を押してみた。すると機械音の後で「ジェット機ですね。かしこまりました。3分後に到着します」と、スマホが告げた。
沈黙。それがどれだけ まずいことだったかは あの木にくくりつけられても平常心 だったレアの顔を見ればよくわかった。
「オリ、何してるんだ!?」
「押してみただけだけど……」
「どうやって支払いしたんだよ!?」
「支払い?」
「ええい、見せてみろ」
レアが俺の近くに来て、スマホを奪い取った。いつの間に結んだのか、彼女の髪の毛は2つのおさげに結われている。確かにこの方が泳ぎやすそうだ。というか、本当に泳ぐ気だったのか。
「支払い済み、だと……」
彼女は俺を見つめた。そよ風に乗って、微かにココナッツの香りが漂ってきた。レアが使うシャンプーなのだろうか。
「ここに来る前に 何かスキルを授からなかったか?いつも配属される銀行員は、何かしらのスキルを授かってくるんだ」
「いや。俺、辞令を受けた直後に来たから、何も引き継ぎは受けてないんだ」
「そうか。噂には聞いていたけど、もしかしたら、これは本当に……」
頭上から轟音が聞こえてきた。俺はレアを引っ張って、慌てて木の後ろに逃げ込んだ。派手なアロハシャツと短パン姿のサングラスの男が ジェット機から降りてきて、 白い歯を見せてにやりと笑った
「オリ様、迎えに来ました!」
金髪のロングヘアをたなびかせ、やばい系の人かと思いきや、きちんと敬語を使えるらしい。声もいたって陽気で、俺はほっと胸をなでおろした。前言撤回、 人は見た目に寄らない。その証拠に彼の姿を見るや否や、レアは嬉しそうに駆けて行った。
「カイじゃないか!」
「おーっ、レア!」
嬉しそうにハグをする二人。先程までデカい鳥とヘビがいたことを忘れれば、ここは美しい夕日が沈む、自然豊かな南の島なのだ。「それはそれとして」と、母さんもよく言っていた。いつも困ったことがあった、すぐ後に。絵葉書にできるくらい美しい海と、たくましい木に、俺の心も次第に和らいでいった。
「でも、カイ、どうやってここに来たんだ?捕まってたんじゃ?」
「脱獄したのさ!もちろんな!」
それはそれとして置いておけない言葉が聴こえて、俺の和らいでいた心は、緊張によって再び縮み上がった。
「デリバリーって便利だよな!俺みたいなのでも簡単に金稼げるから!ハハハ!」
「レア、別のを呼ぼう。金ならいくらでもある」
「嫌味な金持ちみたいなこと言うな。我が友の誘いだぞ」
金髪のアロハはジェット機に乗り込んで、操縦席から「追手が来る前に、早く乗れ!」 と叫んでいる。俺がため息をついて乗り込もうとすると、 レアから名前を呼ばれた。
「礼が、まだだったな。ありがとう」
「別に、配属されてここに来ただけだから。これがこの世界の銀行員の仕事なら、給料分の働きをしただけだ」
「女神がお金のスキルを授けるのは、百年に一度と言われている。人々があまりに欲にまみれているからな。きっとオリの魂が、きれいだったんだ」
とびきりの笑顔とともに、レアは続けた。
「オリが来てくれて、本当に良かった!」
そうして脱獄者が操縦するジェット機の元へ、軽やかに走って行った。やれやれ、と俺は思った。 金がジャブジャブにあってどこにでも行ける今なら、研修所に戻ることも可能だろう。 でも、しないでおくことにした。 きっとジェット機から眺める、海や、空や、島は絶景だろうから。それはそれとして。
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