第2話:VSモズ
「お前は、何が、欲しいんだ?」
心地よい光の中で、遠くから女の人の声が聞こえる。俺は応えた。
「母さんと妹を、助けて欲しい」
「……それはできない」
「じゃあ、何も要らない。お願い事はしない主義なんだ」
「出世もしていないし、金もない。彼女もいない。欲しいものが多そうだと思ったがな」
「俺には家族も、友達もいる。欲しいものがあったら自分で何とかするよ」
沈黙。女の人の戸惑いが、全身に伝わって来た。でも俺だって譲れない。
「出世していないのは先輩を助けたから、金がないのは寄付してるから。全部、俺が選んだ道だ」
「へえ。やっとうまく力が使えそうな奴が現れたな」
嬉しそうな声が聴こえて、意識が遠のいていく。やがて声は一切聞こえなくなった。俺は確信していた。 この先にはきっと、素晴らしい世界が広がっている。だって様々な声が、俺を歓迎してくれていたから。
だから目を開けた時―――
巨大な木に吊るされていた時は、何かの間違えかと思った。
それは樹齢1000年を軽く超えていそうな、巨大な木だった。無数の枝が下に垂れ下がり、もはや根になっている。社会科の資料集で見たことがある。南国で神聖な木として扱われる、バニヤンツリーだ。 25歳になっても受験時代の知識を覚えている俺を、誰か褒めてほしい。 しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。
「おいおい!ちょっと待てよ!」
とりあえず 精一杯声を出してみるが、辺りには人気がない。広大な草原が広がっているだけだ。 虫や鳥がいるみたいで、風に乗って音が聴こえてくる。ざわめきが心地よい。ちょっとした観光地として話題になりそうだ。 ただし滞在時間は 0分、バスツアーで通り過ぎるのみ、車窓からの景色でお楽しみください。
「ぅう……」
頭上から呻き声が聴こえてくる。腹に力を込めて上を見上げると、そこにいるのはRPGでありがちな勇敢な女騎士でも、可憐なお姫様でもなく、ボロ切れをまとった色白の女の子だった。白髪の天然パーマで顔は隠れていてよく見えないが、たいして力にならなさそうだ。若白髪は成功の予兆と言われるが、どう見ても一文無しだ。というか寝てないか、あいつ。
一匹の鳥がやってきて、彼のパーマをそっとくちばしでつまんだ。赤茶色の頭、白い腹、翼の先がほんのりと黒く、毛はふわふわ。心和む光景だ。もしその鳥が、小鳥だったとしたらだが。
その鳥は、全長2メートルほどある、バカデカい鳥だった。
「オノ!」
鳴き声もキショい。声量もデカい。樹木全体がざわざわと揺れる。まるでご馳走を前に、木も喜んでいるようだ。木の枝にいる俺たちは、これから捕食されるのだ。この光景には、どこかで見覚えがあった。
「おい、お前!起きろ!食われるぞ!」
「うーん?」
「モズだ!獲物を捕まえて食べるために、木に刺してるんだよ!」
「うむ、すごい。オリは物知りだな」
「感心してる場合か!あと俺はオリじゃない。イオリだ!」
このままでは上にいるホーム・レスさん(仮名)と諸共、食べられてしまう。
「安心しろ。今、助けてやる」
彼女はそう言うと、目を閉じた。ぶつぶつと何かを呟くと、風が吹いてきた。そよ風は鋭利な風となり、俺の身体に巻かれた枝を切ってくれた。地面に叩きつけられると覚悟した直後、地上付近で突風が起こり、衝撃を和らげてくれた。ナイス・ソフト・ランディング。
「お前も早く降りて来いよ!」
「無理。もう、お金ないし」
「金?」
「そ。精霊を呼ぶにはお金がかかるんだ」
俺は唖然とした。まるでRPGのような世界観なのに、資本主義が働いているらしい。それで品位も心も失う奴を、どれほど見て来ただろう。その中では最後の金で俺を救ってくれる優しい女の子が、食べられてしまうのだ。
「くそ。どいつも、こいつもカネカネ言いやがって……」
「オノ!オノ!!」
巨大なモズは声を上げて、大きく口を開けた。俺は地面に落ちていた枝を手に取った。
「おい、風!この枝を乗せて、あの鳥にぶつけてくれ!」
辺りに風が吹き、俺はそれに枝を託した。枝はモズの翼に当たり、そいつは逃げて行った。
「良かった!今、助けてやるからな!」
俺は風に合図をして、女の子の枝を切ってもらった。彼は下に落ちて、盛大に尻もちをついた。もう風は起こらない。時間切れなのかもしれない。
「どうして私を助けてたんだ?今まで通りかかった人は、誰も助けてくれなかったぞ」
女の子は大きくてオレンジ色の瞳を俺に向けた。どこか南国の太陽のようだと思いながら、俺は言った。
「困ってたから。困ってる奴を助けるのは、当然だろ。俺からもひとつ聞いて良いか?」
「うむ」
「どうして俺の名前を知ってるんだ?」
彼女が答えようと口を開いた時、遠くから懐かしい鳴き声が聴こえて来た。全く嬉しくない。それはついさっき聞いたばかりの声で、しかも数が増えている。辺りを見わたすも、木の他には何もない。つまり隠れそうな場所がない。
「鳥の天敵を呼べば、何とかなるかもしれない」
「呼ぶって?」
「召喚する」
「もちろんレンタル料がかかるんだよな?」
彼女は頷いた。不安そうな瞳を見れば、とんでもなく高いことが分かった。くそ。モズの天敵はヘビ、ネコ、カラス、ハヤブサとか猛禽類だ。となると、選択肢は決まっている。
「来てくれ!ヘビ!」
「ヘビ!?そんなの払えるわけないだろ!」
「頼む!俺の全財産をやるから!」
無数のモズが、俺たちに襲い掛かって来た。あんな化け物にかかってこられたら、ひとたまりもない。突然、彼らは動きを止めた。ズズン、ズズン……という地響きが起こる。いつの間に現れたのか、俺たちの背後には、モズたちと比べ物にならないくらい、巨大なヘビが口を開けていた。
モズたちは慌てて逃げて行き、しかし一匹が木にぶつかって墜落した。どうやら翼を痛めていて、うまく飛べないようだ。おそらく先程、俺が枝を投げつけた奴なのだろう。ヘビはシューシューと何かを訴えている。彼女は驚いた様子で、首を縦に振った。
「何て言ってるんだ?」
「あれを食べることで、今回の支払いはチャラにしてやる。そう言っておる」
ヘビはモズに向かって、ゆっくりと歩を進めていく。モズは黒くて大きな瞳を、哀し気に俺に向けて来た。次の瞬間、俺は反射的に叫んでいだ。
「待ってくれ!そいつを食べないでくれ!」
この一言が俺の運命を大きく変えるとは、あの時は思いもしなかった。