第1話:ながされて異世界島
~八神銀行、西山研修所~
俺の働く国内最大のメガバンク、八神銀行では『やられたらやり返す、倍返しだ』という名言が生まれた。もちろん、あれはドラマだけの話だ。実際は良くて『ケンカ両成敗』、最悪『言ったもん負け』。
だから俺はずっと黙っていた。どれだけ上司に理不尽な扱いをされても。同僚に実績を横取りされても。もちろん、営業成績は散々だった。でも、こんなところで負けていられない。過去に失踪した母さんと妹を探さなくてはならないからだ。
勤続年数が3年を越えたある日、研修所で昇格試験が行われることになった。VRを使った「リアル人生ゲーム」で、没入感がやたらすごかった。銀行という組織は、何にでもお金を掛ける組織なのだ。若手行員の給料をのぞいては。
とにかく俺を含む4名から成るBチームは、最高金額を叩き出すことができた。ラストで起きた、ミラクルのお陰だった。母さんたちが消えてから、たまにそういう時がある。でも幸運は長くは続かなかった。
実績が、Aチームに全て奪われてしまったのだ。
ゴールの直前に、財布をすられてしまったらしい。
「ひどいじゃない。伊織くんの実力と実績よ!」という、同じチームの円城寺さんにAチームのリーダーは「他人の目にうつるものが全てだよ!」と、笑っていた。このゲームで奪われなかった功績があるとすれば、同期のマドンナ・円城寺さんからの呼ばれ方が「神代」から「伊織くん」に昇格したことくらいか。
チームで昼食を食堂で食べた後、教室に戻り、人事部の結果発表を待っていた。Bチームは所持金ゼロ円、最下位は確実だ。あのゲームでは金が全てだった。円城寺さんは隣の席で、がっくりと肩を落としている。俺は声をかけた。
「そんなに落ち込むなよ。途中で孤児院に募金をしたり、ホームレスに寄付したり、困ってる人たちを救えたじゃん」
「あの時は『無駄なことするな』と思ったけど、ラストで功を成したわよね……でも、これで次の異動先が決まるんでしょ?飛ばされたらどうしよう」
「そうしたら、そこで頑張ればいいだろ」
彼女は涙をうるませながら、申し訳なさそうに俺を見上げた。
「せっかく伊織くんのお陰で、優勝できそうだったのに……」
伊織くん、というのが俺の名前だった。貧しい親が残してくれた、唯一のものだ。
「他に残してくれたものといえば……」
俺はスーツの内ポケットに手を入れて、それを感じた。すると彼女が声をかけてきた。
「中に何かあるの?」
「うん、御守」
「財布の中に入れない方が良いわよ。威力が弱まるんだって」
「そうなのか? いつも財布に入れてた」
それなりに威力があったけどな、と思いながら御守を財布から取り出す。才色兼備の円城寺さんが占いを信じるというのも、新たな発見だった。
すると、教室前方の扉が開いた。研修クラスの担任である、人事部の黒川調査役が入ってきた。黒いパンツスーツが似合う、長身の女性だ。漆黒の髪をポニーテールで1つに束ねていて、あだ名は『軍曹』。バリバリのキャリアウーマンで、彼氏いない歴=年齢という噂もある。
「おい。お前ら、静かにしろよ」
まるで俺の心を悟ったかのように、こちらを睨みつけながら彼女は言った。
「今からお前らの配属先を読み上げる」
クラスにどよめきが送る。それもそのはずで、今回行われるのは試験だけで、結果を後日聞かされると思っていたからだ。
「店から、全員分の人事考課はもうもらってる。今回のゲームで一発逆転した奴もいるが……」
軍曹の目が、Aチームが座っているテーブルへ移る。彼らはハイタッチをして喜んでいた。
「逆に左遷と捉えるものもいるかもしれない」
心なしか、彼女の瞳は俺たちBチームの方へ向けられていた。
「では今から発表する。名前を呼ばれたものは前に出なさい。辞令の紙を渡すから、受け取るように」
卒業証書をもらうように、一人ずつ前へ出て行って受け取って行った。Aチームは銀座支店、虎ノ門支店、名古屋支店と、いわゆる名店に配属されている。
円城寺さんは頬杖をつきながら「いかにも出世コースの初任店ね」とため息混じりにつぶやいた。
「円城寺愛菜!」
「はい!」
彼女は慌ててキリッとした顔を作り、スカートを翻して、足早に歩いて行った。
「青山支店の配属を命じる!」
表参道に古くからある支店で、Aチームのメンバーに負けず劣らず大きい店だ。「さすが円ビル、社長令嬢!」とAチームのリーダーが野次を飛ばし、彼女は睨んでから席についた。
「次……ん?」
次は俺の番なので腰を浮かしていたが、軍曹から名前が呼ばれない。このまま中腰でいるのも何なので、俺は前に出て行った。彼女は戸惑いながら、言った。
「ルイ・クラーク・ディ・オーリ、まほうのくに支店……」
ついこの前に言葉を覚えた子供のように、たどたどしかった。数秒の沈黙があり、教室は爆笑の渦に包まれた。いつもはポーカーフェイスの軍曹が、珍しく困った顔をして俺に辞令表を差し出した。
「くそ。聞いてないぞ。こんなの」
辞令表を受け取ろうとすると、彼女はぐっと顔を寄せてきた。二人にしか聞こえない声で、言った。
「お前の頑張りは知ってる。辛い中、よくやってるよ。もう少しの辛抱だ。何とかしてやるからな」
俺は驚いて顔を上げた。聞き返そうとすると、紙からまばゆい光が放出された―――!
光は赤色、緑色、青色。そして金色と茶色と色を変えながら、俺を包みこんだ。辺りが全て光になると、様々な声が聞こえてきた。
「待ってたぜ!何百年ぶりだろうなぁ!?」「嬉しいですねえ」「ついに来たか」それらはクラスメイトの誰とも違うものだった。不思議と嫌な気持ちはしない。むしろ心地いいくらいだ。
「待ってください、まだ早いでしょう!それに、彼は私の大事な……」
軍曹の焦る声が響く。その言葉はどこか遠い部屋の出来事となり、別の世界のものとなった。
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