終章:稲荷祭り
神社に向かう参道の両端には、沢山の屋台が並んでいる。
浴衣を着た恋人たちや、親子連れや、友人たちが楽しそうに笑顔を浮かべて、参道を歩いている。
夜道には沢山の提灯が飾り付けられていて、暗闇を照らしていた。
私と由良様も、参道を手を繋いで歩いている。
参道に足を踏み入れたはじめのころこそ「由良様!」と畏まっていた人々だけれど、シロやクロに「由良様はでぇと、なのですよ!」「邪魔をしないでください!」と大声で言われて、苦笑しながら「それもそうですね」と、気をつかわないでくれるようになっている。
ハチさんはシロやクロに強請られて、ラムネを買ったり、トウモロコシを買ったり、水笛を買ったりと忙しそうだ。
由良様はゆったりと歩きながら、興味深げに屋台を眺めていた。
「実を言えば――顔に怪我をする前の俺には少し、気取ったところがあって」
「気取ったところ、ですか?」
「あぁ。なんといえばいいのか。こういったところには、あまり近づかなかった。俗世と関わらないようにしていた、というのか。……今思うと、若気の至りだ。恥ずかしいな」
由良様が何に照れているのか私にはよくわからない。
何とかえしていいのかわからずに、私は首を傾げた。
「もっと世間を知っていれば、薫子に色々と教えることができただろうに。こういったところにある食べ物を、口にしたことがほとんどないんだ」
「私も、はじめてです。……はじめてのことをご一緒できて、嬉しいです」
「……ふふ、そうだな。では、何か食べてみようか。それとも、金魚でもすくおうか。庭の池に住まわせれば、シロとクロも喜ぶ」
由良様は私の手を引いた。
金魚は――すぐに紙が破けてしまって、すくえなかった。
由良様も同じように「難しいものだな」と、破けたポイを見ながら、難しい顔をしていた。
私たちは顔を見合わせて、くすくす笑った。
金魚がすくえなかった。ただそれだけで、楽しい。
「あ! 由良様、薫子様、金魚すくいですか!?」
「いいなぁ!」
「シロとクロもやるか?」
「いいのですか、ハチ!」
「今日はおこずかいをたくさんくれますね、ハチ!」
可愛らしい浴衣を着たシロとクロが、私たちの後ろから顔をのぞかせた。
金魚すくいの店番にお金を渡すハチにお礼を言ってポイを受け取ると、私たちはすぐに紙が破けてしまったのが嘘のように、金魚をすくいだした。
「ま、まってください。そんなにすくわれたら、金魚がいなくなってしまいますよ」
「あっ、ごめんなさい、楽しくて」
「金魚がたくさんで、楽しくて」
「これは、失礼しました。シロ、クロ、そのあたりで」
シロとクロは、水を入れた袋に入るだけの金魚を受け取った。
それから「でぇとの邪魔をしました」「せっかくのでぇとなのに。ハチ、わたあめを食べます」「ハチ、りんごあめも食べます」と言いながら、ハチさんを引っ張って、人混みの向こうに消えていく。
その慌ただしい背中を眺めて、私と由良様はもう一度手を繋ぐ。
「わたあめ、りんごあめ」
「薫子も食べてみるか?」
「はい。由良様も、一緒に」
「あぁ。そうしようか」
はじめて買ったわたあめは、ふわふわで大きくて、りんごあめは赤くて可愛らしいかった。
人混みの中で食べるのは大変だったので、私たちは神社の境内へと避難をすることにした。
境内は暗く、人の姿はほとんどない。
皆、参道の散策を楽しんでいるのだろう。
神社の石段に座ると、眼下に明るい参道と、屋台の明りと、人々の姿を見降ろすことができる。
隣に座った由良様が、さくりとりんご飴を齧った。
「これは、すごい」
「すごいですか?」
「あぁ。硬くて、柔らかい」
「硬くて、柔らかい?」
「あぁ。薫子、ほら」
りんご飴をさしだされたので、齧ってみる。
確かに、表面はカリカリと硬く、中のリンゴはさっくりと柔らかい。
甘くて爽やかな味が口に広がる。
「……美味しい?」
「はい。美味しいです」
「よかった。……こうして祭りを楽しめるのは、君のおかげだ。ありがとう、薫子」
頬に、くすぐるように触れられる。
私は目を細めた。
あの時――私の神癒の力は、死の淵にあった由良様やハチさんたちを救った。
私はただ必死で、気づいたら、玉藻の家で眠っていて、シロとクロが、由良様とハチさんが、心配そうに私を覗き込んでいた。
月帝様と七鬼様からはお見舞いのお手紙が届いていた。
落ち着いたら一度話をしようと、お手紙には書いてあったけれど、由良様はまだ急がないと、私の療養を優先させてくれている。
気になることはたくさんあるけれど――それは今はまだ、考えなくていいのだと言ってくれた。
考えて考えて考えすぎると、身動きがとれなくなってしまう。
だから今は、少し休んだほうがいい。
お祭りも、あることだし。
そういうわけで、私たちは稲荷のお祭りに遊びに来ている。
はじめて着た浴衣は可愛らしくて、楽し気に歩いている人々の姿を見るだけで、元気がもらえるような気がした。
「私は、何も。……由良様がご無事で、皆が無事で、よかった。私……また、一人になってしまうのは、嫌です。あなたを失うのは、嫌」
「それは……何故?」
甘えたように、由良様が言う。
珍しい態度に、私は目をぱちりとしばたかせた。
促すような視線に、頬が染まっていく。
きっと、暗いから――見えないだろうけれど。
「……それは」
「それは?」
「あなたが、好き、ですから……」
由良様が「薫子、持っていて」と言って、私にりんご飴を渡した。
両手にわたあめとりんご飴を持った私の腰を、由良様が引き寄せる。
着物にあめがついたら、べたべたになってしまう。
両手を広げる私を抱きすくめた由良様の顔が近づく。
視界がぼやけて、唇が重なった。
重なる唇は、促すようにして離れては、私の唇を啄む。
唇を薄く開くと、しめりけのあるあたたかいものが、私の舌をからめとり、優しく触れた。
切なさと羞恥と、どうしようもない愛しさに、私は眉を切なく寄せる。
遠く、花火があがるヒュルヒュルという音が聞こえる。
瞼の裏に光が差し込み、人々の歓声とともに、音が弾けた。
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