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真白と由良 2



 私と由良様を挟んで、七鬼様と月帝様が、真白さんと咲子さんが並んでいる。

 混乱しながらも、私は咲子さんに向かって手を伸ばした。

 

 悪鬼は、巫女を食べる。

 巫女は人喰いにとっては、格好の餌だ。

 そう、由良様から聞いている。

 

 それならば、悪鬼と成り果てている真白さんの傍にいては、咲子さんの命が危ない。


「咲子さん! こちらに……! その人は、危険です!」

「あぁ、ひどいなぁ。はじめましてなのに、俺を危険だというのだな、お前の嫁は。女の教育がなっていないのではないか、由良」


 真白さんは、笑いながら肩をすくめる。

 それは――真白さん自身の言葉のようだった。

 魍魎に操られていた由奈さんとは違う。餓鬼に支配されていた、女官の方々とも違う。


 明確な、意思がある。真白さんとしての人格が、そこにある。


「黙れ、真白。何故、出てこれた? 何故、薫子の妹が、ここに」

「親切な御仁が、俺を助けに来てくれたのだ。牢から出ることさえできれば、あとは俺が――全てを支配することができる」

「魅了の瞳を使ったのか。七鬼様を乱心させて――咲子の心も、乱したのか」

「乱した? 違うわ! 私は真白様を愛している。真白様は私を愛してくれている。お嫁さんにしてくれるのよ。出来損ないの由良なんかよりもよほど素敵な人と、私は結婚するの。お姉様よりもずっと、幸せになるのよ!」

 

 夢を見るように笑いながら、咲子さんが言う。

 その瞳ははっきりと、私を睨んでいる。咲子さんの怒りに皮膚が燃えるように、ひりついた。

 私は――咲子さんから嫌われている。

 

 そんなことは、よくわかっている。

 けれど――。


「咲子さん、その男は人を、巫女を喰らうのです。あなたの命もきっと……!」

「私が羨ましいのでしょう、お姉様! だからそのような馬鹿げたことを言うのだわ。玉藻家の当主に相応しいのは真白様! そして、月帝様はもういらない。由良も、鳴神も、もういらない!」

「鳴神様……?」

「ええ。私の魅力が分からない馬鹿な男だわ。私をいらないと切り捨てた。私を不幸にする人たちなんて、全員死ねばいい。お姉様も、死んで。真白様に無残に、喰われてしまえばいい!」


 咲子さんは、くすくす笑った。

 果たしてそれは、咲子さんの本心なのだろうか。

 ――どうしてそこまで、他者を憎むことができるのだろう。


 あぁでも。それでも。

 咲子さんの命なんてどうなってもいいなんて、思うことはできない。

 振り払われても、拒絶されても、私は咲子さんを救わなければ。

 だって私は、姉だ。

 たった一人の、姉なのだから。


「由良様……どうか、私の力をお使いください。私の、全てを。真白さんを倒せば、七鬼様は正気に戻るのですよね」

「あぁ。九尾の力には、人の心を操る魅了というものがある。真白はそれを、七鬼様と咲子につかっているのだろう」

「でしたら……どうか」


 今できることは、しなくてはいけないのは――真白さんを倒して、七鬼様と咲子さんを正気に戻すことだけだ。

 

 私は両手を組んだ。目を閉じると、桜の舞い散る丘の情景が瞼の裏に広がっていく。


「――あぁ、巫女の力だ。香しい、異界の力だ。巫女の体を、異界の力が通り抜けていくのがわかる」


 嬉しそうに、真白さんが言う。

 咲子さんは、憎々し気に私を睨みつけて「私にも力があります、真白様!」と、真白さんに自分の体を押し付けた。

 由良様の体が、変化していく。

 髪がのびて、尖った耳が頭からはえる。

 腰のあたりからは、九本の尻尾が――大輪の花のように広がっている。


「いいなぁ、由良。いくら巫女の力をそそがれようと、俺は九尾にはなれない。出来損ないの長男だからな。由良は、いいなぁ。ずるいな。羨ましい。憎いな。殺したい」


 ぽつぽつと紡がれる剥き出しの感情は、まるで子供が駄々をこねているようにも聞こえた。

 真白さんは薄笑いを浮かべながらそう言って、私を指さした。


「食いたいな。お前を。由良に愛されたのだろう? 由良の愛した女を、目の前でずたずたにしたい。内臓を引きずり出して、惨たらしく、ぐちゃぐちゃに喰ってやろう。由良のすまし顔が、怒りと悲しみで歪むところが見たいんだ、俺は」


「……なんて、残酷なことを」


 思わず私が呟くと、真白さんは口の端をさらに吊り上げた。


「両親も、使用人たちも由良の前で喰った。だが、由良は泣きもしなかった。怒りもしなかった。それどころか、俺を哀れんだのだ。俺を殺さず、命も救った。それが俺には気に入らない。善人ぶっているその顔を、悲しみと怒りで歪めたいんだ」


「……あなたは何も分かっていません。由良様は、傷ついています。怒って、います」


「黙りなさい、お姉様。玉藻の嫁になったからとえらそうに! 役立たずの、薄汚い寄生虫の分際で!」


 由良様は落ち着いた眼差しで、月帝様をちらりと一瞥した。

 月帝様はその体を貫こうとする七鬼様の爪から、両手をのばして身を護っている。


 月帝様の周囲には繭のように、護符の防護壁ができている。


「申し訳ありません。七鬼などに不覚をとるとは。由良、私は大丈夫。真白を、断じなさい」

「わかりました」

「薫子。その力、私も分けて貰いますよ」


 月帝様の言葉と共に、全身に気怠さが纏わりついた。

 体から、無理やり――力を、引き出されているような気がする。


 血液を無理やりに、奪い取られているようだった。


 私の瞼の裏側の桜の丘が、現実に現れるようにして――床から枝垂桜の大樹が現れる。

 桜の花弁が舞う中で、私は、大きく翼を広げる――真っ白な美しい、龍の姿を見た。



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