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月帝神宮の怪 1



 月帝神宮の前に、ハチさんが車を停めた。

 

 月帝神宮には限られた人しか入ることができない。

 だからハチさんとシロとクロは留守番なのだと由良様が説明をしてくれる。


 神宮という名前の通りに、その建物は広大な広さの社のように見える。

 入り口に鳥居があり、狛犬が二匹並んでいる。


『入れ』

『許可をする』


 狛犬が私たちに話しかけてくる。由良様は足を止めて、狛犬たちをしばらく眺めていた。


「何か、異変があったか」


 由良様の問いかけに、狛犬たちは答えない。由良様は軽く首を振った。


「気のせいか。行こうか、薫子」


 私の手を、由良様が握る。石畳の道を抜けて、その先にある石造りの階段をあがる。

 月帝神宮には、七鬼様という由良様の直属の上官がいらっしゃるようだ。

 先の魍魎の件を、七鬼様に報告に来たのだ。

 

 巫女の家の者は月帝神宮の七鬼様や月帝様にお目通しが叶うけれど、私は月帝神宮に来たのははじめてだった。

 ご挨拶をするために、両親と咲子さんは幾度か行っていたはずだ。

 そういう時は華やかな着物を着るので、お母様や咲子さんの準備が大変だったことを覚えている。


 私も今日は、由良様に用意をしていただいた艶やかな牡丹柄の着物を着ている。

 由良様は黒に赤で花と川の描かれた着物だ。

 

 正装というものは特にないそうだが、月帝様の御前であるのでいつもよりも身なりには気をつけるのだと言っていた。

 とはいえ、由良様はいつも華やかなお召し物を着ているので、いつもとそう変わりはないような気もした。


「……妙だな」

「どうされました?」

「ーー血の、匂いがする」


 由良様が、石段をあがりきったところで、ポツリとつぶやいた。 

 私は由良様の手をきつく握りしめる。


「血の、匂い……」


 私には何も感じられない。

 けれど、嫌な予感をひしひしと感じる。

 開かれている門扉の奥には暗がりが広がっている。

 どこまでも深い深淵への入り口のように思えた。

 由良様は足を止めて、訝しげに眉を寄せる。


「月帝神宮には、七鬼様の守護が満ちている。入り口の狛犬も七鬼様の力だ。悪心を持つものや、部外者は立ち入れないようになっている。それは、不可侵の結界のようなもの。ここは、帝都の中でも一番安全な場所なんだ」

「……七鬼様とは、鎮守様と同じなのですよね」

「いや。七鬼様は俺たちとは違い、人ではない。数百年は、生きている。元は、鬼だ。人を食う、悪鬼だった」

「悪鬼が、人になったのですか?」

「過去、時の月帝様に調伏されて、名を与えられて改心したのだと聞いたことがある」


 由良様たちはあやかしより力を授けられているが、七鬼様はあやかしそのもの。

 そのために、由良様たちよりも格が上。

 月帝様を直接守護する立場にある。

 月帝様も七鬼様も人ならざる強い力をお持ちになっている。


 そのため月帝神宮とは、帝都の要のようなもの。

 月帝神宮が悪心あるものの手に落ちるようなことがあれば、帝都は滅びてしまう。


 由良様の説明に、私は頷いた。

 

「だから、きっと気のせいだろう。そう思いたい。だが、もし何かあったとしたら……とても、嫌な予感がする。薫子、ハチの元に戻れ。俺は、中に」

「……由良様。私は巫女です。あなたの傍に」

「だが」

「由良様の御身を癒すのが私の役目です。中に危険があるというのなら、尚更私は、傍にいます」


 足手まといかもしれない。けれど、傍にいたい。

 私は神癒の巫女だ。由良様と共にあるのが、私の役割。


 私がいることで由良様の本来の力を引き出すことができるのなら、危険な場所に赴く時ほど傍にいたほうがいい。


 由良様のお母様も、そうであったように。


「分かった。ハチとシキたちは、狛犬がいる限りはここに入ることができない。……あれを倒してしまわない限りは。狛犬たちがいるということは、七鬼様はご無事だということだろうが。ともかく、行こう」


 階段を登り切った先の回廊を抜けると、その先には扉がある。

 五芒星の描かれた巨大な扉は、由良様が触れると赤く光り、中心から円を描くようにして通路のように穴があいた。


 そのさきには、由良様の言っていた通り。

 濃い、血の匂いが満ちている。


 中庭のような、広間である。

 敷石の合間を、玉砂利が埋め尽くしている。朱色の柱が並んでおり、その屋根の下に伸びるいくつかの回廊の先には扉がある。

 

 竹林の手前に、手水がある。小川には金魚が泳いでいる。

 神社の前庭のような雰囲気の場所だ。


 白い玉砂利が赤く染まっている。 

 倒れている黒い着物を着た男性たちの上に、巫女服の女性たちが覆いかぶさっている。

 その口は、赤い。

 赤い口で、赤い洞窟に並んだ尖った小石のような牙がはえた口で、倒れている男性たちの喉元に噛みつこうとしている。


「人喰い……っ」

「薫子、俺の後ろに」


 由良様が私の体を、片手で隠した。

 私たちの気配に気付いたのか、巫女服の女性たちが一斉に、私を見据える。

 射抜くような瞳には、ギラギラと欲が浮かんでいた。


「いい香り」

「美味しそう」

「巫女だわ」

「極上の、巫女の匂い」


 女性たちが口々に、そう言った。

 私は怖気を覚えながらも、由良様の背中に手を添える。

 この方たちは、人だ。

 何かに操られているだけの人。


 だから、助けてさしあげなくてはいけない──。



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