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おつかれさまの会



 由良様が金色の鳥を飛ばして連絡をすると、すぐに鎮守府から事後処理の方々がやってきた。


 赤い月の描かれた黒装束は、月帝様のお膝元で働いている証で、彼らが現れると警邏官の方々はうやうやしく頭をさげた。


「怪異がらみの事件はスッキリしなくて嫌なんだよ。まぁ、スッキリする事件なんてまずねぇがな」


 五頭さんが心に溜まっている澱を吐き出すようにして呟いた。


「結局、なんだったんだ? 由良の嫁さん……薫子さんだったか。あんたは、何かを見たのか?」


「はい。……瀬尾さんの妹は、女学院で被害者に虐められていたようです。被害者、恵美子さんに。でも、それだけではなくて、何人ものクラスメイトが彼女を無視して、暴言を……」


「魍魎は悪意や殺意に敏感だ。僅かに小指の爪の先程に人を消してしまいたいと思うだけで、運が悪いと――その心の隙間に入ってくる。つけこまれたのだね」


 由良様が私のたどたどしい説明を継いでくれる。


「瀬尾さんは、妹さんの凶行に気づいて、止めようとして自分を差し出したようです。……だから、由奈さんは瀬尾さんの姿になることができた。擬態、というのですよね」


「そうだね。喰らった魂の形になることができる。魍魎は、人間のふりをするのがうまい。記憶を読んで、巧妙に人の中に隠れる。だが、それも食べ過ぎると駄目だ。どんどん獣の本性が顔を出す。本人の僅かに残った人格も、ゆがめてしまう」


 由良様の言葉に、私は頷いた。

 枝垂桜の丘で見た少女は、あの怪異とは違う。心があった。後悔があった。苦しみや、悲しみで満ちていた。


「やりきれねぇな。瀬尾の妹は被害者で、瀬尾は巻き込まれたのか」


「瀬尾さんも、瀬尾さんの妹さんも、それから喰われた被害者たちも……巻き込まれた。怪異に巻き込まれるとは、強者に理不尽に命を狩られることに似ている。幼子が蟻を踏み潰すように。被害をここで、止めることができたことをせめてもの慰めとしたほうがいい」


「あぁ。分かる、が……でもな。瀬尾には家族が妹一人きりだったようだ。戸籍を辿れば他もいるかもしれねぇが。後処理は、いつものようにうちと鎮守府で行う。……事件解決への協力、感謝します」


 五味さんが敬礼をして、鎮守府の処理官たちの方に向かっていく。

 処理官の中から、髪を真っ直ぐに切りそろえた少年が現れて、私たちに会釈をした。


「はじめまして、薫子様。鎮守府から派遣されました、処理官長の月華と申します」

「月華様。はじめまして、玉藻薫子と申します」

「もっと、肩の力を抜いて頂きたい。僕はしがない処理官で、薫子様は神癒の巫女様。僕の方が身分が低いのですから」

「いえ、そんな……」


 私は戸惑いながら、黙り込んだ。

 月華様はにっこりと微笑むと、私たちに向かいもう一度両手を胸の前で組んで礼をする。


「魍魎の討伐、ご苦労でした。ですが、どうにも凶鳥がまだ騒がしい。油断をなさらぬように」

「まだ騒がしいとは、どういうことだ、月華?」

「はっきりと何かとは言えず、わかりかねますが……何か、よくない前兆があるのかもしれません」

「それは、いつものことだろう。凶鳥が騒いでいないときのほうが珍しいぐらいだ」

「それもそうなのですけれどね。……鳴神様には僕の方から魍魎の討伐は片付いたと連絡を入れておきましょう」


 それでは――と、月華様は私たちから離れていく。

 入れ替わりに、ハチさんとシロとクロが戻ってきた。


「薫子様。この後、由良様は七鬼様の元に報告に行くのですが、魍魎の居所が判明したのは薫子様のおかげ。死目の力についても、確かなものだと思います。薫子様も同行されるべきかと考えるのですが、どうでしょうか」


「ハチ。俺は、薫子に負担をかけたくない」


 由良様がハチさんの提案をすぐに否定した。

 私は由良様の手をそっと握る。


「私、負担とは思っていません。少しでもお役に立てるのなら、嬉しく思います。もし、ご迷惑じゃなければ……」

「迷惑なわけがないだろう。では、共に行こうか、薫子。……だが、今日はもう遅い。明日にしよう」

「明日でいいのですか?」

「あぁ。七鬼様は逃げないからね。それに、報告などはいつでもいいんだ。本当はね」


 由良様はそう言うと、いたずらっぽく微笑んだ。


「今日は皆、頑張ってくれたから。何か食べて帰ろうか」

「いいんですか?」

「いいのですか?」

「シロはクリームソーダがいいです」

「クロもです! ソーダ味で、緑色で、アイスクリンが乗っているあれがいいです!」


 シロとクロはいつの間にか、猫から人の姿に戻っている。

 私と由良様の手を握りながら「やった」「わぁい」と飛び跳ねた。

 ハチさんはやれやれと溜息をつきながら「だから、由良様たちの邪魔をしてはいけないと言っているのに」と首を振る。


「あの、ご迷惑じゃなければ、皆で一緒に……では、いけませんか?」

「いえ、しかし」

「ハチ。薫子がいいと言っているのだから、一緒に来るように」

「……分かりました」


 魍魎は倒されて、瀬尾由奈さんは消えてしまった。

 あとの処理は、他の方々がうまくやってくれるのだという。

 私たちにはもうできることがない。


 皆に会釈をすると、由良様と共に停めてあった自動車に乗り込んだ。

 一緒にいたはずのシロとクロはどこかに消えてしまった。


 二人の姿をきょろきょろと探していると「店につけばまた出てくるよ」と由良様が教えてくれた。

 

「どこにいきましょうか、由良様」

「どこでもいいよ。クリームソーダのあるところなら、どこでも。薫子は?」

「私も、それで」

「ハチは?」

「僕は……そうですね。では、つぼ漬けカルビを」

『え!』

『お肉!? クリームソーダは!?』


 どこからともなく、シロとクロの声がする。


「冗談だ。喫茶店だな。いつも通りに」

『ハチの馬鹿!』

『薫子様はつぼ漬けカルビなんて食べないんです! ね? そうですよね?』


 姿は見えないのに、元気な声が響いている。

 私はなんだかおかしくて、口元をおさえてくすくす笑った。


 由良様がにこにこしながら、私の頬を撫でる。


「由良様?」

「笑った顔。好きだと思って」


 途端に、頬が染まるのを感じる。

 ハチさんやシロやクロが気をつかってくてたのか黙り込むのが、むしろ恥ずかしかった。



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