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神癒の役割



 こみあげてくるのは、胸が詰まるような切なさだった。

 

 桜吹雪の中を手をつないで歩いていく、兄妹の後ろ姿がある。

 

『できれば、由奈の花嫁姿を見たかったな』

『無理をして、女学校になんて通わせなければよかった』

『あぁでも。化け物から解放してくれて、ありがとう。もう俺たちは、大丈夫』


 青年の――瀬尾さんの声が頭に響く。


 もっと早く、気づけていれば。

 もっと早く、助けられていれば。

 罪を犯す前に――なにかできることがあれば。


 誰も傷つかずにいられたのに。

 誰も不幸になることなんて、なかったのに。


 どうしてこんなに――ままならないのだろう。


 命が、魂が天に向かう。それを見送りながら、せめてもう、苦しいことがおこらないようにと願った。


「……薫子。無事に、送ることができたね」


 両肩に、大きな手が置かれる。景色が、枝垂桜の丘から路地へと戻る。

 青白い顔をした女性も、女生徒の姿も。それから、由奈さんの姿も消えていた。


「由良様。……私は、うまくできたのでしょうか」

「あぁ。無事に、魂は空に還った」

「……これで、よかったのでしょうか」

「他にできることはなかった。失われた命を、戻すことはできない。それは、人の理から外れる行いだ。それに――魔性に魅了された魂は、戻ることはない。あの子に、生きる道はもう、なかった」


 由良様は悲し気に目を伏せる。


「冷たいようだけれど……俺たちも、万能ではないんだ」

「由良様。ごめんなさい。……責めているわけではないんです。由良様も、悲しい気持ちなのに」

「悲しい気持ち?」

「はい。そう、思いました。やりきれない、悲しい気持ちです」

「そうだね。……ありがとう、薫子」


 桜の花弁が、路地に舞っている。

 呆然とそれを見あげていた五頭さんが、ふと意識をとりもどしたように「皆、無事か!?」と、倒れている警邏官の方々に駆け寄っていく。


 ハチさんが巻き込まれた方々の無事を確認している。

 

 シロとクロは、大きなオタマジャクシみたいなものの尻尾を噛んだり、ボールみたいに爪のある手で弄んだりしていた。


『薫子様! これが魍魎です』

『これが、悪いやつです』


 それは、まるまるとしたオタマジャクシにしか見えない。

 ただ黒々としていて、顔も口もない。

 不気味さは感じるけれど――先程見た化け物とはまるで違う。


『こいつらは、弱いんです、とても』

『こいつらは、人に憑くことでしか、強くなれないのです』

『人の心が弱っているとき、そこにつけこむのです』

『殺意や悲しみや恨みや憎しみに敏感に反応して、そこに入り込むのです』


 シロとクロはそのオタマジャクシのようなものを、半分に引き裂くようにしながら、ばくりと食べた。

 まるで、水まんじゅうでも食べているようにも見える。

 そんなものを食べて大丈夫なのかと、驚いて目を見開くと、シロとクロは満足気にぱたりと三又に別れた尻尾を揺らした。


『育ったやつはまっずいですが、小さいのはまずくないのですね』

『シキたちのご飯になります』

『シキたちは、小さい魍魎を食いますから、やつらは普段は隠れているのですよ』

『まったく、弱いくせに人に憑くと厄介なのです』


 シロとクロは私の体にそのふわふわな体を摺り寄せると、それから軽やかな足取りでハチさんの元に走っていく。


『ハチ! クリームソーダです!』

『頑張ったので、ご褒美です!』


 いつも通りのシロとクロの様子に――日常に戻ったような安堵感を覚える。


「薫子。心も体も疲れただろう。よく頑張ってくれたね」

「いえ、私は何も。……少しでも役に立てたのなら、嬉しいです」

「もちろん。こんなに心強かったのは、はじめてだよ。神癒がいてこそ、俺たちは本来の力を発揮できる」

「それは、何故でしょうか」


 由良様は私の手をそっと握る。

 長い髪が、耳と尻尾が、元の由良様の姿に戻っていく。


「俺たちにはあやかしの血が流れている。かつて九尾が人とつがった。玉藻の家には、その血が流れ続けている。けれど、俺たちは人でしかない。人に過ぎたるその力の全てを、人の身では使いこなすことはできない」

「人の身では……」

「神癒の力は、異界に通じているのだろう。その力を受け入れることで、より俺たちはあやかしに近づくことができる。神癒が魂を空に還すことができるのも、死者の声を聞くことができるのも、その力の一端。君の力は強いから――これから色々なことが起こるかもしれない」


 私は小さく頷いた。

 舞い散っていた桜の花弁が消えていく。私の体に巡っていた、あたたかい、高揚感を伴うなにかも、おさまっていく。


「薫子、怖いだろうか」

「怖くはありません。私はもう、一人ではありませんから」

「君には、俺がいる。ハチも、シロもクロもいる」

「はい」

「ずっと、一緒だ。何があっても。何が起きても」

「はい……!」


 大通りでは、警邏官の車に怪我をした人たちが乗せられている。

 五頭さんやハチさんがそれを指揮していて、無事だった警邏官の方々が野次馬を追い払ったり、怪我人の救助を手伝ったりしている。

 手伝わなくてはと、私も皆の元に向かう。

 由良様が私のあとを、ゆっくりついてくる。


 薄い色をした秋空に、赤とんぼが二匹、並んで飛んでいくのが見えた。


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