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鳴神様の悩み



 鳴神様はどこか――眩しいものをみるような眼差しで、私たちを見ていた。


 それから干菓子を口に入れて、お茶を飲み干した。


「薫子さん。この干菓子、美味いな。窮奇にも食わせたいが、いいか?」

「はい。窮奇さんも、干菓子を食べるのですね」

「あぁ。精霊やあやかしは、甘党が多い。地蔵やら祠やらに、昔はよく饅頭を供えていただろう。それを奴らは食っていたのだな。その名残だ」

「そうなのですね。少し、可愛らしい気もしますが」

「そう可愛いものでもないよ」


 由良様がやや苦笑しながら言う。鳴神様は袂から包み紙を取り出して、干菓子を包んだ。


「もっと、お持ちしましょうか?」

「いや。これで十分だ。ありがとう、薫子さん」

「遠慮なさらず、おっしゃってくださいね。干菓子は、ハチさんが買ってきてくださったもので、まだ沢山あります」

「あぁ。ありがとう。……色々言って、悪かった。由良の怪我が治ってよかった。すっかり、部屋に引きこもってしまって、俺や無我などは心配をしていたんだ。白蘭は、あまり気にしていなかったようだが」

「薫子に、あまり恥を晒したくない。余計なことを言わないで欲しい」


 由良様は軽く眉を寄せて、首を振る。赤い耳飾りがゆらゆらと揺れた。


「……少し、羨ましい」

「何がだ? 薫子のことか。薫子は俺が貰った。だから、渡さないが」

「奪ったりはしない。お前はよい人と、結ばれたと思いな。……実を言えば」


 鳴神様はそこで逡巡するように黙り込む。

 それから小さく息をつくと、心の中のもやもやしたものを吐きだすようにして話し出した。


「八十神から、結婚の申し込みの手紙が来ていてな。相手は、咲子。薫子さんの妹だろう」

「……ええ、はい。妹、です」


 歯切れが悪く、私は答える。

 数日前、繁華街での記憶がよみがえる。

 咲子さんは確かに、白虎様と結婚をしたいと言っていたけれど――。


「こちらから、神癒の巫女を娶ると申し入れをすることはあるが、あちらからということはまずない。神癒の巫女は、十七から十八の年齢になれば娶ることができる。今は八十神から、薫子さん。皇からは白蘭の元に、椿と桜の双子の姉妹が嫁いでいる」

「白蘭様には奥様が二人と、確かにおっしゃっていました」

「あぁ。あれは、白蘭がどうというわけではなく、椿と桜が離れたくないと駄々をこねて、白蘭が二人を娶ったのだな」

「そうなのですね」

「蜂須賀の娘はまだ十五歳。斎の娘は十六歳と、十三歳。娶るにはまだ早い。確かに咲子を……というのは、そうおかしなはなしではないのだがな」


 蜂須賀――というのは、ハチさんの名前だ。ハチさんは、巫女の家の出身なのだろうか。

 鳴神様は悩まし気に目を伏せる。

 由良様が軽く首を傾げた。


「何か、悩むことが? 俺は咲子を娶りたいとは思わないが……かといって、あのような女は娶るべきではないと言える立場でもない。神癒の力は確かにあるようだ」

「……先程俺はお前に怒りを向けただろう。神癒の巫女を娶るのが我らの役割の一つだと。……実を言えば、俺はお前に嫉妬をしたのだ、由良。力を持たない薫子さんを娶ったお前が、羨ましかった」

「羨ましい、とは」

「……俺の立場では、咲子を娶らなくてはならない。だが……俺には想い人がいる」

「……なるほど」


 由良様は静かに頷き、私は、なにも言えなかった。

 それではきっと、咲子さんも鳴神様も不幸になってしまう。

 神癒の巫女を娶ることが義務だとして、そこに愛情がなければ――互いに不幸になるのではないだろうか。


「それは誰か、とは、無粋なことは聞かないが……薫子は、八十神から娶った。八十神が、薫子を娶れと言い送ってきたのだから、何の問題もなかったと考えている。だが、神癒の巫女以外の家系から女性を娶るとしたら、それは妾にする必要がある。……古くからの、決まりでは」

「そうだな。分かってはいる。理解しているんだ。だが」

「感情に飲まれる感覚を……以前の俺は理解していなかった。だが、今ならわかる。伊月、あまり思い詰めるな。道を踏み外せば、真白のようになってしまう」

「まさか。……そうはならない」


 鳴神様は首を振って、立ちあがった。

 何か声をかけたかったけれど、何を言っていいのか分からない。

 咲子さんとは結婚をしないほうがいい。

 好きな人と結婚をしたほうがいいなんて――軽々しくは、言えない。


「話すことができて、少し気分が楽になった。立場を考えれば、とても口にすることはできなかったからな」

「……伊月。蜂須賀や、斎から巫女を娶ると言えば、少し先延ばしにできるだろう。八十神に残る娘は咲子一人だ。八十神の家を咲子が継ぐことを考えれば、咲子を娶るというのはあまりいいことではない。鳴神から、血縁者を婿に送ればいい。お前の弟は、確か十五だっただろう?」

「俺のために、弟に婚姻を押しつけるというのも違うだろう」

「……そうかもしれないな。……感情だけで言わせてもらえれば、あの家は薫子をひどく扱った。誰にも相手にされずに捨て置かれて、惨めな思いをすればいいと思っている」


 由良様がはっきりとそう口にしたことで、鳴神様は肩の力が抜けたようにして笑った。

 私は由良様の隣で驚いていた。

 由良様がそんな風に考えていたことなんて、知らなかったからだ。



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