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食人鬼のこと



 新聞に並ぶ文字は、どこかおどろおどろしい。

 細かいことは色々書いてあるけれど、半分ぐらいしか読むことはできなかった。


 ――文字をもっと読めるようになりたい。


 新しいことが知りたいなんて。そんな欲求が湧いてくるのが、不思議だった。

 今までの私では考えられなかったことだ。

 そんなことが許される環境ではなかった。


 由良様の元にきて、私の世界はまるで違うものへと変わった。

 鳴神様の言うように、何の力もない私が由良様に嫁ぐなど許されないことだっただろう。

 偶然――神癒の力が発現したから、由良様の傷が癒えた。


 けれどそうでなければ、由良様はあのまま。

 それでも私でよいのだと言ってくれた。

 

 それがどれほどありがたく得難いことなのか、鳴神様に咎められて、あらためてよく分かった。


 私は、恩に報いなくてはいけない。

 そのためにはもっと、役に立てるように、しなくては。

 学ぶことはきっと、多い。


「七鬼様から仕事を命じられただろう、由良。俺も、同様に」

「あぁ。人食いが出たかもしれないと。鎮守府の凶鳥が予言を。今のところ、静かなものだが……」

「人食いは、派手に動かなければ見つけるのが難しいからな」

「人食いというと……悪鬼、という……」


 静かに鳴神様と由良様の話し合いを聞いていた私は、思わずそう口にしてしまい、頭をさげた。


「申し訳ありません、口を挟んでしまいました」

「構わないよ。気になることがあれば、聞いて欲しい」

「鎮守府の情報や、帝都守護職の仕事内容を詳しく知っている者は少ない。勝手に話をしてすまなかった。薫子さんに分かるように、説明するべきだった」


 反省したように、鳴神様が言う。

 先程のこともあってか、鳴神様は私にとても気をつかってくれているようだった。


「人を食うもののけ、あやかし、怪異――は、少なくない。人を喰らうのは、純粋に食事の意味合いが強い。その中でも悪鬼と呼ばれるのは、人を食った人のこと。食人鬼とも呼ばれる」

「一度人を食うと、その本性が鬼になるという意味だね。真白が、そう。真白の場合は九尾の血が流れているせいで、手に負えない悪鬼に成り果てたが、普通の人間でも――もののけになることがある」

 

 淡々と鳴神様が説明して、その後を由良様が継いだ。


「魍魎は人に憑く。魍魎自体はあまり力のあるあやかしではないんだ。そうだね……ほこりに似ているかな。ふわふわと実態がなく、さまよっているもの。それが人に憑いて、人を食わせる。人を人喰いに変えてしまう」

「なぜ、そんなことを……?」

「多少、知恵が回るのだね。人として人を食ったほうが、人を食いやすい。木を隠すなら森に……というだろう」


 由良様の声は静かで、落ち着いている。

 今日の天気について話をするように、人を食べる人について話をしている。

 それだけ、帝都守護職の鎮守様たちにとって、悪鬼や食人鬼はすぐ隣にいるような存在なのだろう。


「やつらは討伐されることを警戒しているために、慎重だ。被害が増えれば足取りを追えるが、目立つ行動をしないようにしている。悪鬼の場合も同じ。人としての知恵があるからね」

「我らはできるだけ被害が広がる前に、奴らを捕らえるか、討伐をする必要がある。人を食えば食う程に、奴らは力を増す。食えば食う程により飢えるようになり、おそろしい事件を起こす」


 鳴神様は湯呑をとると、一口お茶を飲んだ。

 ことりと、受け皿に湯呑を置いて腕を組み、口を開く。


「我らも、怪異の居場所が分かるわけではない。そのため、鎮守府には凶鳥がいる。大きな黒い烏の姿をしている。凶鳥は、凶事を予言する鳥だ。怪異の出現を教えてくれる役割をしている」

「七鬼様は、凶鳥の予言に従い、我らに仕事を依頼するという形だね。今回は、食人鬼が現れたと。……それで、この新聞記事を持ってきたというわけか、伊月」

「あぁ」


 切り裂き魔という人殺しが事件を起こしているという内容の記事である。

 先月に一人。今月に、二人。


 事件の場所は、西地区と、北地区。

 西地区は由良様が、北地区は鳴神様が守る場所だ。

 おそろしい内容の記事を読んでいると、足元から寒気が這いあがってくるようにして、背骨をひやりとさせた。


「警邏隊が、調べている事件だ。だが……この切り裂かれた遺体。どうやら内臓が抜かれていたらしくてな」

「……っ」


 私は息を飲んだ。

 切り裂かれた人。抜かれた、内臓。

 それは、つまり――。


「伊月。あまり詳しい話はしなくてもいい」

「あ、あぁ、すまない。……デリカシーというものが、俺にはないらしい」

「家の者に叱られたのか」

「まぁ、そのようなものだ」

「……薫子。大丈夫か? 君に秘密を作りたくなくて、同席してもらった。できれば、俺の仕事の内容を知って欲しいと思い。だが、怖いだろう」

「大丈夫です。少し、驚いただけで。私も知っておきたいです。危険なお仕事をする由良様を癒やすのが、私の役割ですから」


 由良様は私の手をぎゅっと握って、「ありがとう」と微笑んだ。

 鳴神様は困ったように「それは、俺の帰った後で頼む」と言った。


「――ともかく。この切り裂き魔の犯人が、人喰いではないかと、俺は思っている」

「なるほど。確かに、そうかもしれないな」

「事件を起こす期間が、狭まっているだろう? 一人喰えば、二人、二人喰えば四人、四人喰えば八人。その飢えはひどくなり、人ではないものへと成り果てる。……次の事件を起こす前に、捕らえたい」

「確かに。……だが、探したところで見つけることができるわけでもないのだけれどね」


 私はふとあることに気づいて、由良様の腕をそっと掴んだ。


「薫子?」

「私は……とても、美味しそうに見えるのだと、聞きました。でしたら私が、囮に」

「駄目だよ」

「ですが。私は、役に立ちたいです」

「……駄目だ。そうだろう、伊月」

「あぁ。それはとても危険なことだ。俺は君に囮になってもらいたくて、来訪したわけではない。情報を、由良と共有したかっただけだ。薫子さん、しばらくは気を付けていて欲しい。この近辺に、人喰いが潜んでいる可能性があるのだ」

 

 私の提案は、すぐに却下されてしまった。

 余計なことを言ってしまっただろうかと目を伏せると、由良様の手が私の手にもう一度重なる。


「咎めているわけではなくて、心配をしているんだ。危険なことは、させない。大丈夫だよ、薫子。これでも、ずっと帝都守護職として働いてきたのだから」

「……はい」


 優しさが、ありがたかった。

 役に立てるかもしれないと思ったけれど――私は余計なことをするべきではないのだろう。



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