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鳴神伊月の来訪



 鳴神伊月様は、銀の髪に涼しげな青い瞳をした精悍な顔立ちの男性である。

 由良様のほうがやや背が低く、体格も細身だ。


 座卓に座るお二人に、お茶と、ハチさんが買ってきてくれた小さな花形の干菓子を出して退室しようとした私を、由良様が呼び止めた。


「薫子、ここに」

「でも、お邪魔ではないでしょうか」

「一緒にいてもらって構わない」

「伊月もこう言っている。ここにいて欲しい」


 鳴神様が仕事の話があると玉藻の屋敷を訪れたのは、昼過ぎのこと。

 朝から来訪を知らされていた私は、お菓子を用意したり、シロとクロと一緒に掃除をしたり、それから早めのお昼ご飯の準備をしたりと動き回っていた。


 お昼ご飯に用意をしたおいなりさんを、由良様たちはとても喜んでくれた。

 同じ味だと飽きるだろうと思い、中身のご飯を、しそ入りと、刻んだたくあん入りと、カリカリ小梅入りと、色々作ってみたけれど、どれも好評だった。

 

 美味しいと言って食べてもらえるので、自然とお料理に熱が入ってしまう。

 お料理も、お洗濯も、そういえば私は嫌いではなかったのだと、あらためて気づくことができた。

 季節の移ろいを眺めながら、日々の暮らしを送るために体を動かすことは、嫌ではなかったのだ。


 今は、シロとクロが手伝ってくれて、由良様が褒めてくれて、ハチさんがお礼を言ってくれるのが嬉しく、ありがたいことだと感じる。


 鳴神様は約束の時間に、四つ足に翼のはえた青い虎に乗って現れた。

 それは鳴神様の使役する、窮奇という使い魔だという。


 窮奇は元々は、妖の一種。

 人を襲う妖だった窮奇を鳴神様が調伏して、使役しているのだと由良様が教えてくれた。


 これは、由良様の法力で形作られているシロやクロ──シキとはまた違う存在だという。

 鳴神様は窮奇の体を軽く撫でながら「これは、偏屈でろくでなしの妖だ。天邪鬼に、似ている」と言っていた。

 窮奇はふいっと顔を背けると「ここは狐くさい。それに、なんだその女は。旨そうだ」と言って、鳴神様に頭をごつんと殴られていた。


 玉藻家の客間で、座卓を挟んで鳴神様と対峙している由良様の横に、私は遠慮がちに座った。


「薫子さん、先ほどはすまない。窮奇は、性格が悪いのだ。人を食うようなことはないから、安心してほしい」

「はい。お気づかい、ありがとうございます」

「それにしても、香り立つような生の気だな。婚礼の儀式の時には、感じなかったものだが」


 私に謝罪した後に、鳴神様は由良様に尋ねる。


「どういうことだ?」

「薫子の力は、長くその体の中に押し込められていたようだ。周囲も本人も、神癒の力があるとは気づいていなかった。その力が今は、開花し、制御がきかない状態になっている」

「ん? つまり、お前は神癒の巫女ではない女を娶ったということか、由良」

「あぁ。八十神から俺の元に嫁いできたとき、薫子には神癒の力はなかった。俺はそれでもいいと考えた」

「……それは、いけない。我らは神癒の巫女と契り、力を継いでいくことも役割だ」


 鳴神様の眉間に、皺が寄る。

 表情の少ない生真面目そうな顔が不機嫌に歪むだけで、知らず背筋に緊張が走るような威圧感が増した。


「薫子さんが、神癒であったからよかったものを。何の力もない女性を娶るというのは、我らの立場としては、あってはならないことだ」

「申し訳ありません」


 頭をさげる私を、由良様が片手で制した。


「薫子は、謝る必要はないよ。伊月。俺はお前に、俺のことや玉藻家のことに口を出してもらいたくはない」

「……そうだな。余計なことだった。……薫子さん、すまない。君を責めたわけではないのだ」


 由良様らしからぬ冷たい口調だった。冬の雨を思わせる声音で咎められて、鳴神様は目を伏せると、すぐに謝ってくれる。

 私は困ってしまい、膝の上に置いた手にきゅっと力を込めた。

 高貴なご身分の方に謝られるというのは、どうにも落ち着かない。


「いえ、大丈夫です。お気づかい、ありがとうございます。鳴神様のおっしゃる通りだと、私も思っていましたので」

「その話は、俺と薫子の間ではもう終わっている。お前が余計なことを言うから、薫子が気に病むだろう。真面目なのはいいが、その真面目さを他者に強要するものではない」

「あぁ。その通りだ。無我や、白蘭にも言われたことがある。家のものたちにもな」


 鳴神様の大きな体が、今は小さく見えた。

 少し怖い印象があったけれど、よい方だ。鎮守様であるのだから、当然だろうけれど。


「余計な話をした。薫子さん、君はとても強い神癒の力を持っているようだ。窮奇が思わず話しかけたくなってしまうほどに。あれは、捻くれ者だから。気が乗らなければ滅多に言葉を口にしない。それほどに強い力を持つ君の身は、危険で──これは、由良から話があったか」

「はい。私は、私の力は、悪鬼や魍魎たちの食事となると」

「そう。それだ。今回の、仕事の内容にも関係している」


 鳴神様が机の上を示すと、いつの間にかそこには新聞が置かれていた。

 

「ここには『切り裂き魔の被害者か? おさまらない凶行』と書かれている」


 由良様が文字を指先で辿りながら、私に教えてくれる。

 ひらがなはある程度は読める。漢字は、読めないものもある。

 被害者、凶行、と、私は心の中で繰り返した。



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