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2. 婚約破棄されるまで、あと9年弱




「ちょっとあなた!やっと見つけましたわよ!」

「……うるせぇ」



天使の顔した悪魔と出会って早三ヶ月。


ジュリアは王妃教育のため王城に通いつつ、厳しいレッスンと勉強をこなしながら、たびたび薔薇園を訪れていた。


いつ行っても空振りに終わる日々。しかし今日ようやっと見つけることができた……のだけれど。



(それを……『うるせぇ』とはなによ!)



……まぁたしかに、薔薇のアーチの近くの芝生で寝転がるプラチナ色を見つけた瞬間、叫んでしまったのは少しはしたなかったかもしれないけれど。



薔薇のアーチを途中で離脱し、少年の前に立つ。

その位置がちょうど、ぽかぽかと心地の良い陽光をさえぎる形となり、少年は迷惑そうに邪魔、と吐き捨てる。



「どけ、ガキ」

「どきませんわ。あなたがわたくしに謝るまでは」


「ああ?」



心底不快そうな顔でにらみつけてくる。



「なぜおれが謝る必要がある」

「あやまることだらけですわ!」



腰に手を当て、負けじとにらみかえす。



「たとえば前に会ったときからですがそのたいど!レディにたいして失礼じゃありませんこと」


「レディ?ガキにはガキ相応の対応をしているだけだ」


「こ、こんな足場のわるいところにいるというのにエスコートもしないですしっ」


「お前が自分で来たんだから自業自得だろ」



ハッ!と鼻で笑われる。

ほんと、口の減らないやつですわ……!



「その『お前』とか『ガキ』とかいうよび方も気にくわないですわ!わたくしにはちゃんとジュリアという名前が――――」


「名前で呼んでほしいのか?」



ふいに真剣な目で問われ、一瞬、言葉に詰まる。


名前で呼んでほしいのか?

この男に?わたくしの名前を……?



「あ……あなたに名前をよばれるなんてごめんですわっ!」

「どっちだよ」



ああああ!つい!

すぐに後悔するけれどもう遅い。


くだんねぇ、と言って起き上がったかと思うと、少年はゆるやかな芝生の丘を登りはじめてしまう。


ジュリアはあわててその背中を追いかけようとして、

「ちょ、ちょっと待ちなさ……きゃあ!」


ずるっ、といやな音を立てて足もとが滑った。


芝生と言えど身体を打ちつければ痛いに決まっている。

ジュリアはとっさに目をぎゅっと瞑り、痛みに備えて覚悟を決めて――。






べちんっ。






顔面から地面に倒れ込んだ。



「…………っ」



いたい。

ものすごくいたい。


しかも、変な転び方をしたせいであちこちすりむいた。


痛みをこらえて上半身を起こすと、いつの間にやってきたのか、少年が目の前に立っていることに気づく。


ジュリアはゆっくりと顔をあげた。

涙に揺れる視界の中でさえ、彼の表情ははっきり見える。



「チッ。おいお前、」

「も……もんだいない、ですわ!」



少年は少し、驚いたようだった。

赤い双眸に映る自分が、唇を吊り上げてにっと笑う。



「こんな、ことで……なくような、わたくしではありませんわ。だってわたくしは、いずれこの国の、国母となる身ですもの」



お母さまが言っていた。

あなたはこの国の国母になるのよ、と。

そしてそれが大事なお役目であるのだと。


意味は、正直なところまだよくわかってはいないけれど。



「わたくし、意外と、負けずぎらいですのよ」



なめんじゃないですわよ。

そんな気持ちを込めて少年を見上げる。


すると、



❨え…………?❩



手、が差し出された。


一体なにが起きているかわからず、差し出された手と、少年の顔を交互に見やる。少年の顔が、徐々に苦虫を噛み潰したかのような、不機嫌そうなものになっていく。


これは……もしかして?


おそるおそる、手を重ねてみる。

するとそのままグッと強く掴まれ、身体ごと引き上げられた。



「あ……ありがとうございます……」

「ふん」



戸惑いながらお礼言うとそっぽを向かれてしまう。

……ええと。この手はどうしたらいいのかしら。



「あの……もう大丈夫ですわ」



繋がれたまま離されない手に困惑していると、



「……来い」

「え?ど……どこに行くつもりですの?」


「うるせぇ。いいから来い」



少年はジュリアと手を繋いだまま、足場の悪い芝生の丘を降りていく。


薔薇のアーチがかかった石畳の道を順路どおりに進むとやがて階段が見えてきて、ジュリアはようやく行き先を察する。



「四阿に行くならそうおっしゃいよ……」

「……チッ」



四阿につくと手を離され、「そこに座れ」と命令される。

かなり癪に障る言い方だが、諦めて言われるがまま椅子に座った。


するとつぎの瞬間、



「ななな、なにを……っ!」



少年はジュリアの足もとにひざまずき、ドレスの裾から覗く足首にそっと手を添えたのである。


激しい羞恥に襲われ叫びだしそうになるが、ふと足首にじんわりと温かい光が当てられていることに気づいた。


わずかに感じていた足首の痛みが、次第に引いていくことがわかる。



「あなた……治癒魔法がつかえるのね」



ジュリアは素直に感心した。

限られた人間しか使えないという治癒魔法が使えるなんて。

天使のように美しい顔にはぴったりだけど、なんとなく意外だ。



「ロミリオでいい」

「え?」



それはあまりにも突然のことで。

ジュリアは一瞬、それが少年の名前だと気づけなかった。



「そう。……あ、ありがとう、ロミリオ」



少年……ロミリオから返事はなかったけれど、まるで治癒魔法をかけられたみたいに、胸の中が温かくなっていく。


一応……認められたということかしら?


なんだか照れくさくて、この時間がはやく終わってほしいような終わってほしくないような、どっちつかずな気持ちになる。


そんなことを考えながら、ジュリアはしばらくの間、ロミリオのつむじを眺めていた。





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