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「旦那様、○○してください」シリーズ

【書籍化・コミカライズ】旦那様、離縁してください〜避けられ続けてもう限界です〜

作者: 鬼多見 青

誤字脱字報告をしてくださりありがとうございます。

全て適用させていただきました。


※続編公開中。タイトルは「旦那様、手加減してください〜離縁を拒否されてから溺愛されています〜」

「旦那様、離縁してください」

「……は?」


マリアの発言の後、たっぷりと5秒は間をあけ、レオナルドはかろうじて声を発した。

夫婦の会話がないどころか、レオナルドに避けられ続け、顔を合わせることもほぼない毎日を過ごしてきたマリアにとって、本日のレオナルドの反応はなかなか良いものに思えた。

何故なら、少なくとも今、しっかりと二人の目は合っているのだから。


大きな窓から差し込む春の陽の光。

朝食のために用意された銀色のカトラリーが、白いテーブルクロスの上でキラキラと美しく光る。


かつてはマリアも、レオナルドの整った横顔を見つめては胸をときめかせていた。

毎朝同じ食卓を囲み、明るい金色の髪と、深みのある緑色をした瞳が朝日に晒されて、眩しいほどの透明感を持つ瞬間を見るのが好きだと思った。

だけど、早い内からそれは苦痛になった。

美しい、好ましいと思えばこそ、悲しみはより深くなった。


「もし、離縁は外聞が悪いということでしたら、私が愛人を持つことをお許しください。

侯爵家の妻としての義務は、引き続き果たします」


離縁を却下されたときのことを考え、愛人を持つ許しを請うマリアの口元は、薄っすらと微笑んでいた。

レオナルドは、無表情のまま短く問う。


「何故」

「寂しいから、ですわ」


マリアは、伏し目がちに呟くように答えた。

ここで強がっても、もう何一つ意味をなさないだろう。

立派な屋敷、経済力のある美形の旦那様、かわいい一人息子。使用人達にも良くしてもらって、本邸に住む義理の両親との関係性も特に問題なし。

政略結婚としてはほぼ満点。見方によっては贅沢とすら言えよう。


「さびしい、から……」


ポツリと呟くように復唱し、レオナルドは黙り込んだ。

俯いたレオナルドの表情は分からなったが、マリアは幾分かスッキリした気持ちで、朝日にきらめくカトラリーを手に取った。

既に言うべきこと、言いたかったことはなくなってしまった。


野菜が入ったコンソメスープは、今日も安定の美味しさでほっとする。

焼き立ての丸いパンにオムレツ。

お皿に添えられたグリーンリーフとトマトは瑞々しく、見目も色鮮やかで目を楽しませてくれる。


マリアは、レオナルドに避けられるようになってから、果てしなく繰り返される沈黙のお食事タイムを、料理の見た目と味に向き合うことで気を逸らすようになった。

その結果、飾り付けや微妙な味付けの違いにも気づくようになり、シェフや厨房担当の使用人たちとは随分仲良くなれたので、これはこれでいいことなのかもしれないけれど。


ちらりと斜め横のレオナルドの手元を見ると、朝食を食べる手はすっかり止まったままになっている。

その暫く後に、「旦那様、そろそろ出発のお時間です」と壮年の執事に声をかけられる。


レオナルドは、いつもは完食する朝食を半分程度残し、無言で席を立った。



*****



「レオナルド。何があったんだ」

「何が、とは」

「その生気のない目は何だ。それに、この程度の書類仕事、お前は普段絶対に間違えない。なのに、この数時間で2回も、しかもくだらない凡ミスをした。何もない方がおかしい」


はー、と盛大なため息を吐いて、レオナルドを半目で見ているのは、この国の王太子ガブリエルだ。

王族の証である銀髪と紫水晶のような瞳を持つ美丈夫は、レオナルドの友人かつ相談相手でもある。


「とりあえず一旦休憩だ。30分は人払いを」


ガブリエルが言い放つ。

王城の執務室内には、ガブリエルとレオナルドのみが残された。



*****



マリアはその日の午後、自室で窓の外をぼんやりと見ていた。

孤児院への慰問の後は、特に予定がなかったからだ。


いつもなら、何かしら屋敷の仕事があったり、刺繍や読書などをしている時間帯だが、今朝のレオナルドとのやりとりを聞いていたであろう使用人達に気を遣われたのかもしれないとマリアは思った。

1歳を過ぎた息子のラファエルはお昼寝中で、乳母が見てくれている。


(離縁することになったら、ラファエルを連れて伯爵家に帰ろう。

旦那様は29歳だから、すぐにでも再婚されるでしょうし、次の奥様ができれば、きっとまた後継ぎもできるはずだものね……)




マリアは、2年と少し前にレオナルドと結婚した。

ミルクティーのような柔らかい茶色の髪と瞳の持ち主であり、顔立ちは中の上。

身長が低く、小柄な割には胸が少し豊かな他は、至って普通の伯爵令嬢だった。


政治的に中立で、特に秀でても劣ってもいない、しかしそれなりに格式高い家柄ということで、当時17歳だったマリアが、見目麗しくていつもクールだが、なかなかお相手が決まらない侯爵家の長男27歳に嫁ぐことになった。


しかし、レオナルドの仕事が忙しいという理由で、婚約期間中に本人同士は一度も会うことなく結婚式の日を迎えた。

つまり完全に政略結婚だった。


結婚当初は、夫となるレオナルドの顔面偏差値の高さに衝撃を受け、無口さと無表情さはさほど気にならなかった。

それに、もしかして愛されているのではないかと思うくらい、マリアは毎晩のように身も心も蕩けさせられた。

その結果、あっさり妊娠したわけだが、どうしたことか妊娠がわかった途端、レオナルドはマリアと距離を置き始めた。


悪阻があったこともあり、まずはスキンシップがなくなった。

その頃はまだ、体調を聞かれる程度の会話があったのだが、ある時、無理に食事にこなくても良いと言われた。

妊娠中で体調も悪く、それもそうかと思っていたところ、出迎えも見送りもいらないと言われた。

そのあとは、まるで坂を転げ落ちるように疎遠になっていった。


安定期に入ってからは、マリアから声をかけても素っ気なくなり、出産後にはとうとう目も合わせてくれなくなった。

食事だって別々のままだ。今朝はたまたま、タイミングが合っただけ。




(後継ぎは産んだ。屋敷のことはそれなりにやっているし、社交や領地のことはお義母様に教えてもらいながら勉強している。

侯爵家の妻としてはそんなに悪くないと思うのだけれど、どうしてこうも嫌われるようになったのかが分からないわ。

そもそも、後継ぎさえできればもう私は用済みで、関わりたくもないのかしらね……)


今日はゆっくりなさってください、という柔らかい言葉とともに、侍女が淹れてくれたいい香りのする紅茶は、もうすっかり冷めてしまった。


政略結婚とはいえ、少しでも仲良くなりたい。

できればいつか愛し愛されたい、などとと思った過去の自分が惨めで、目の前の世界が滲んだ。


窓の外に広がる春の空は驚くほど青く、澄んでいる。

風に揺れる木々、咲き誇るミモザの黄色い花が視界に入り、レオナルドの色を思い出してしまう。

胸が痛い。もう、疲れた。


「マリア」


(ああ、ついに幻聴まで聞こえるようになった。

旦那様が名前を呼んでくれたことなんて、数えられるほどしかないのに。あの頃から無口だったけど、夜は同じ部屋で過ごしていたし、今思えば幸せだったな……)


「マリア、おい。――泣いて、いるのか?すまない、ノックをしても返事がなかったから」


不意に肩を掴まれ、マリアはビクリと身を震わす。

振り向いて顔をあげた時、溜まっていた涙がこぼれ落ちた。

そこには眉根を寄せたレオナルドがいた。


「旦那様?」

「すまない。今朝の返事だが、離縁はできない」


端的な回答。すまないと言う割には、真っ直ぐにこちらを見つめてくるフォレストグリーンの瞳に申し訳無さそうな色はない。

しかし、当日中に答えを出してくれるという振る舞いを考えると、やはりレオナルドに誠実さはあるのだろう。


理由にもよるが、離縁すると外聞が悪いのは事実であり、却下されることは想定の範囲内だ。

ならば離縁は諦めて、他に心を向けるしかない。


「そうですか。では愛人を」

「ダメだ。許さない」


レオナルドは目を細め、厳しい口調で即答する。

その台詞に、マリアはつい感情的になって少し声を荒らげた。


「――どうしてですか?私はもう、疲れたのです。

寂しいのは嫌。避けられるのも素っ気なくされるのも嫌。

私だって人間です!私を愛して、ちゃんと私を見てくれる人がっ、ほしいのです……っ……」


涙が溢れて止まらなくて、マリアは、しゃくり上げながら訴えた。


「マリア」

「名前っ、もう呼ばないでください!私は、もう、旦那様を忘れたいんです……っ」


マリアマリアと、何故今更名を呼ぶのか。

これまで数えるほどしか呼んでくれなかったくせに。


「ダメだ。忘れるなんて許さない」

「全部だめって、なんで?酷い……ひっく」

「マリア、聞いて、」


いやいやと頭を横に振るマリアに向かって一歩踏み出し、レオナルドはマリアを抱きしめた。


「マリア。――マリア、好きだ」


初めて言われた好きの二文字に、マリアは思わず固まる。

しかし、タイミング的に、離縁を突きつけた結果無理やり引き出したようなものだ。

恐らくは、売り言葉に買い言葉とか、言葉の綾とか、そういう類のものだろうと瞬時に絶望した。


「嘘です」

「嘘ではない。私は、君を好いている」

「うそ」


「嘘ではない。今更だが、これは政略結婚だ。

君は、10も歳が離れた初対面の私に嫁がされ、好きでもない相手に体を開き、早々に元気な子まで産んでくれた。

しかも、侯爵家の妻として、ラファエルの母として、とても良くやってくれている。

もうこれ以上望んではいけない、君は義務を果たしたのだから自由になるべきだと思って、君を避けた。

君に関わると、気持ちが抑えられなくなるからだ。

もっともっと、君が欲しくなってしまう」


「うそ……信じられません……」


「何度でもいうが、嘘ではない。本当だ。

しかし私は、君に自由にしてほしいのに、君が他の男のものになるのが嫌だ。

今朝、君が他の男に身も心も委ねるのを初めて想像して、一瞬で腸が煮えくり返った。

――絶対に嫌だ。そいつを許せない」


「そんな……まだ愛人になってくれる方を探してもいないのに」

「ダメだ。そんなものは探さなくていい」


抱きしめられたマリアから、レオナルドの表情は伺えない。

しかし、食い気味にダメだを連発する苦しげな声に、レオナルドはもしかしたら本気かもしれないと、マリアも感じ始めた。

否定されるかもしれないと思いつつ、マリアは茫然としつつ尋ねた。


「もしかして、やきもちですか……?」


レオナルドは一瞬言葉に詰まる。

しかし、少し苛立った口調で認め、マリアをぎゅっと強く抱きしめた。


「ああそうだ、嫉妬して何が悪い。

君は私の妻だ。離縁も愛人も認めない。

私の想いが君の負担にならないなら、もう遠慮はしない。そのつもりでいてくれ」



*****



それからのレオナルドは、まるで別人のようだった。


まず、マリアが離縁を希望して却下された日の翌日、レオナルドは王城へ出仕しなかった。

こんなことは結婚式の翌日以来で、流石にそれはまずいのではないかとレオナルドに尋ねると、殿下が3日間の休暇をくれたとのこと。

今後は、週に一度か二度は休暇を取れるようにするとのことだった。

執事に聞いてみても、旦那様は働きすぎなのだ、これまでが異常だったのだから丁度良いのだといい笑顔をしており、周りの侍女たちもうんうんと頷いていた。


次に、基本的にタイミングが合うときは毎回食事を共にするとレオナルドが言い出した。

実現すれば1日3回は顔を合わせるようになるわけで、これならば仕事で遅くなる日も、朝に1回は会えるということなのだろう。

この流れで、朝の見送りや帰宅時の出迎えも復活した。


更にレオナルドは、暇さえあればマリアに、そしてラファエルに構うようになった。

マリアと時間を過ごしては、好きだ、可愛い、私のものだと、真っ直ぐに目を見つめて、恥ずかしげもなく甘い言葉を贈り、薄っすらとはにかんだ笑みを浮かべる。

それは周りに使用人がいようがお構いなしに繰り広げられ、目撃した使用人達は声にならない悲鳴を上げて身悶えたり、驚きに目を見開きながら、冷静を保つ努力をした。


特に休暇初日は、マリアには免疫どころか心の準備すらない状況だったため大変だった。

マリアは、レオナルドに見つめられ、愛を囁かれ、ニコリとされた瞬間、ぶわっと赤面した。

恥ずかしさとくすぐったさに泣きそうになって、思わず俯いて「あ、ありがとうございます…」と戸惑いつつも返事をしたところ、堪らなく愛おしいという顔になったレオナルドに抱きすくめられ、マリアはますます真っ赤になった。


どこへ出しても恥ずかしくないようにと、幼少期から伯爵令嬢としてそれなりにきちんと育てられ、侯爵家に迎え入れられるまで真面目に生きてきたマリア。

既に既婚者かつ出産経験者とはいえ、異性から好意を向けられ、色恋沙汰に向き合うといった経験は全く無く、初心な反応をしてはレオナルドを喜ばせた。


優秀な使用人たちは、甘酸っぱい空気に胸焼けを起こしそうになりつつも、これまで萎れた花のようだったマリアの変化を微笑ましく思い、また、人形のような美貌を持つレオナルドの人間らしい一面に親しみを感じるようになった。




こうして、「初々しく若い妻にメロメロな美形の旦那様」という新たな風景が、侯爵家の別邸に誕生した。

使用人達がこの風景を見慣れてきた頃、レオナルドの両親が不意に訪ねてきて、レオナルドの変わり様に目を剥く日は近い。



先程、日別ランキング上位に自分の作品があって驚きました。

沢山の人に読んでいただけて嬉しいです。


感想も拝読しました(お褒めも批判もいただいております)。個別のご返信は基本的にしておりませんが、元気が出ました。ありがとうございます。

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