廃病院の前で
家から車で30分ほどのところには、廃病院がある。近いというかは微妙だが、全国的に有名な心霊スポットがその距離にあるというのもあまり気持ちのいいものではない。ただ、俺があそこに行くことは二度とない。これは、過去に心霊スポット巡りが好きな友人と、一度行った時の話だ。
「うわ、雰囲気あるな」
友人の運転する車で、山道を進み、廃病院の前までやってくる。病院は2階建てで、そこらにある個人病院ほどでそれほど大きくない。
「ここって何の病院だったんだ?」
家の近くにあるとはいえ、これまではあまり興味がなく詳しくは知らない為、友人に訪ねると、スマホで調べてくれる。
「えっと……心療内科だってさ。病んだ人がたくさん来て、院長が病んで病院を閉めたらしい」
「ええ……いや大変なんだろうけどさ、ミイラ取りがミイラになるみたいな」
「で、ここに入ろうとすると」
バン、と窓を叩く音。驚いて、友人と顔を見合わせる。
「……お前、ビビらすなよ」
「い、いや俺じゃねえよ」
なら、誰が叩いたんだ? いや、そもそも叩いた音じゃなく、虫がぶつかった音なのかもしれない。そう思うようにしよう。
「で、入ろうとするとどうなるんだ?」
「あ、ああ……徒歩なら何かに引っ張られて、車なら窓を叩かれる……」
「………」
まさに、今起きたことじゃないか。
「そ、それでも入ろうとしたら」
再び、バン、という叩く音。直後、
「ひっ!?」
バンバンバン! と車の窓やドア、天井とそこら中を叩かれる音。やがて音はしなくなり。
「か、帰ろうぜ」
「あ……ああ」
流石に怖くなりそう提案すると、友人も同意する。友人は震える指でエンジンボタンを押すが。
「あ、あれ?」
「何やってんだよ、早く動かせって」
「い、いやエンジンかからねえ」
「はぁ!?」
こんな時に何をやっているんだ。友人は何度もボタンを押しているが、エンジンはかからない。
「どうすんだよ、ここから町まで歩きだと1時間以上かかるぞ!」
「わかってるよ!」
最悪助けを呼んだ方がいいかもしれない。だが、俺のスマホは圏外だ。友人がスマホを落としたので、それを使おうと拾う。
「スマホ借りるぞ!」
画面は点いたままで、そこには、廃病院の怪奇現象のまとめサイトが表示されており。
「……これ……」
「なんだよ、誰か連絡着いたか!?」
「……入ろうとすると、車のドアが開かなくなる。そして、エンジンがかからなくなり、後部座席のドアが開いて……」
ガチャ、と後部座席が開く。
「……ロ、ロックかけとけよ!」
「かけてたよ! ていうか開かなくなるんじゃないのかよ!?」
周囲に明かりがないため、暗く、外に何がいてもわからないほどだ。やがて開いたドアの隙間から、白い手がすっと車内に入ってくる。
「うわああああ!!」
それを見た瞬間、友人がパニックになり、クラクションを鳴らし、エンジンボタンを連打する。すると。
「あ!」
エンジンがかかる。
「早く、早く!」
アクセルを踏み込み、車が急発進する。ドアが開いたままだが、気にせず俺たちは町へ降りていく。
「………」
「………」
山を下り、コンビニの駐車場で俺達は放心状態になっていた。
「……あれって」
「……ちゃんと情報集めてからにしろよ」
「いや……マジで出るとは思わないじゃん」
ともかく、コーヒーでも飲もうと車を降り、後部座席を閉めようとした時。
「うわ……」
車中に残った手形。そして……後部座席の取っ手部分だけ、赤い手形が残っていた。
「なんだよ、どうし……うわ、手形……」
車全体についた手形に驚く友人に、赤い手形の事を伝える。友人は何も言わず、手形を拭き取るが、赤い手形だけはどうやっても落とせなかった。翌朝、朝一で車を洗車機に通し、専用のクリーナーも使ったが……手形は落ちず、今でも友人の車に残っている。
車の手形以外には何も変化はないが、あの暗闇から現れた白い手は何だったのか。まとめサイトにも手については書かれていなかったし、後部座席のドアが開いて、というところまでしか書いていなかった。だが、今でも、はっきりと思い出せる。部屋を暗くすると、暗がりから現れるんじゃないかと思ってしまうほどに。
完