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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アンバランス兄貴 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーむ……最近の映像作品は、なんともうまそうな料理が出てくるな。作画担当の人の技と苦労がしのばれる。

 ひと昔前だったら、野外は骨付き肉、屋内も輪郭だけの山盛りごはんとかがポピュラーな表現だったな。私もご飯より、登場人物たちのドラマ、バトル、コメディに注目していたからたいして気にならなかった。

 アニメも立派な宣伝。出てくるグッズは売れ行きがよくなりやすい。主人公のお約束、好物を食べてパワーアップする流れなんかは、ポピュラーな例だろう。笑えるくらいの偏食もいるしね〜、アニメには。


 ――ん? 笑えない偏食がリアルにはあるのかって?


 あ〜、そうだね。ベジタリアンとかも、肉大好きな人から見たら奇異の目で見られるだろうし、一概には言えないけど……いたよ。私の身内にね。


 ――その話を聞いてみたい?


 はあ〜、君も好きだよねえ。ま、構わないよ、そのときの話をしようか。



 私には、親子ほど年の離れた兄がいるんだ。細かいことは家庭の事情ってやつだ、突っ込まないでもらえると助かる。

 私が小学生の時分に、兄はすでに三十路。仕事場があまり遠くないこともあって、実家暮らしを続けていた。早く帰ることができると、食卓を囲むこともある。ただ、私の知る兄の食事風景は、なんとも奇妙なものだった。

 日によって……いや、バリエーションが多すぎて、どのような周期や法則があるのかつかめなかったんだ。

 周りのみんなが盛り付けられた様々なおかずを食べている横で、ひとりだけ日本酒をひたすらあおっていることがある。つまみも食べず、どんどんとだ。

 それでいて酔っぱらった姿を見たことは、一度もなかった。子供心に、身体に悪いんじゃないかと思ったが、家族は「さも当然」といわんばかりに、普通の会話に終始してしまう。

 かと思えば、次の日には米のみ、次の日には肉のみ、次の日には汁物のみ……。


 ――三角食べどころじゃない。三日食べ、四日食べ……いや、それ以上じゃ?


 あくまで、家にいる間での食事風景だ。仕事へ出ている間は、まともな食事を採っているのかもしれない。だが、酒飲みの日に関しては、朝からアルコールを振りまきながら出勤するわけだし、いかがなものか。


 そして私には、もう一つ不審な点がある。それは兄の就いている仕事について、何も知らされないということだ。

 家族なら多かれ少なかれ、仕事のことは耳にするだろう? 私の父は商社に勤めるサラリーマン、母親は現役の薬剤師。なのに、兄に関してはそれらの仕事の話が出てこない。その場に本人がいようと、いまいと。

 表向きにはできない仕事。自分のことが最大の関心事で、下手に疑いを持たなかった過去の私に感謝だね。首を突っ込もうとしなくてさ。

 

 

 そして私が小学校の高学年へあがろうとしていたとき。

 家庭科で裁縫の宿題が出されて――厳密には、私の作業があまりにはかどらず、授業内でも居残りでも終わりそうにないがための、特別措置だが――家でちくちく縫い針を走らせていたところ、ぷすりと指の先を刺してしまったんだ。

 たいてい痛さに気づいて、すぐに針を引くからケガはしない。でもこの時はざっくり刺してしまった感触があった。

 嫌だよねえ、針を引き抜くや、まち針についているような赤い玉がぷっくり膨れて、根っこから血が垂れてくる感触がさ……。

 

 すぐティッシュで拭ったんだけど、今日は血の止まりがかなり悪い。しばらく傷口を押さえる方向にシフトしたのに、まるまる3枚を血の海に沈めてしまった。

 鼻血は洗面桶いっぱいに出ても、出血多量になりづらいとは、聞いたことがある。だが指の先とかはどうだったろうか……。

 ばんそうこうに切り替えても、一枚目は一時間後に取り換える羽目に。二枚目がどうにか抑え込んだところで夕食を迎えたんだ。

 

 

 今日は早く帰ってきている兄。私より先に、お行儀よく席についている兄。「いただきます」は配膳が済んでいても、家族が集まってから行うようにしている。

 今日の兄の食事は、ムラサキキャベツのサラダ。いつものように、それ一品で中皿に盛り付けられて、家族が集まったのだけど……妙なんだ。

 ムラサキキャベツは、確かに暗めの赤い色をしている。だがこの色合い、何度か目にするものの中でも、妙に黒が目立っている。その中に、ほのかに混じる明るすぎる赤色。

 歯ごたえも妙だ。今回のムラサキキャベツ、葉の形をふんだんに残した大型のもの。それを何度かかみちぎって口へ運ぶ兄だけど、あの「シャキシャキ」と形容できそうな、新鮮な繊維を断っていく歯切れの良い音が響かない。

 ひとくち目からモソモソと、くぐもった音がする。兄が噛み千切った端からも、心もとない白い毛らしきものがちらほらと。

 

 キャベツって、あんなもの出したっけ?

 家族は相変わらずの平常運転。兄もまたもくもくと「ムラサキキャベツ」をほおばり、そのうえ二杯目、三杯目と手を付けていく。そりゃキャベツ単体であれば、たいしてお腹も減らないだろうからね。キャベツだったら……。

 私は早めに夕げを済ませ、席を立つ。そして母親が皿洗いを終え、台所を離れたタイミングを見計らい、もう一度向かったんだ。

 見るのはゴミ箱。狙いは私の使ったティッシュ。部屋で出たごみなどは、使う服を節約するため、台所のゴミ箱へ溜めることになっている。当然、私が血をたっぷり提供した、あのティッシュもだ。

 しかし、わずか数時間前のこと。他のゴミは健在なのに、なぜ私のティッシュだけ?

 

 

 想像が悪い方へ膨らむ一方の私は、もう兄と顔を合わせようとしなかった。済ませることを済ませ、さっさと布団へもぐり込んでしまう。

 明日から、兄の顔を見るのが少し怖そうだと思いつつも、眠気はぼつぼつやってくる。明かりを消していくらかし、時間もはっきりしなくなってきたところで、「どん」と部屋を揺らすものがあった。

 

 地震ではなかった。

 夏が近いこともあり、カーテンは向こうが見えるほど、薄いものを一枚だけ引いていた。その大きな窓の向こうには、本来ベランダやうちの畑、立ち並ぶ家々に、最近できた広い駐車場があるはずなのに、それがない。

 窓の向こうに、それら全体をほぼ覆いつくすほど、大きい影が張り付いているからだ。わずかに残る窓の隙間から入る明かりが、無数に張り付く三つ又の手の輪郭をうつし、生き物の気配をかろうじて匂わせる。

 

 どん、どん!

 今度は二回。部屋どころか、家全体がぐらぐら揺れた。と、ほどなく廊下を走り、私の部屋の戸を何度もノックする音。

 私の返事も待たず、ぐるりと回る鍵。そうして飛び込んできたのは、家のマスターキーを手にした兄だったんだ。

 寝ている私でなく、窓の相手をにらんでいる。そして窓の影はほとんど動きを見せないが、カーテンの足元には、ところどころ砕かれたガラスの破片が散らばっていた。

 中に入られる……!

 そう思った私の眼前をすり抜け、のしのしと窓へ近づいた兄は、だしぬけにマスターキーの一本をつまみ、自分の腕へ刺したんだ。


 それは、まるでホースで出したかのようだった。

 鍵を引き抜くや、兄の腕から飛び出した血のりは、先ほどの揺れでわずかに開いたカーテンのすき間。更にその奥の割られた窓の穴を、あやまたず通り抜けて大きな影に直撃したんだ。

 三度、揺れる我が家。だが前二回と違い、あのベランダの影が大きくのけぞり、たたらを踏んだがための振動だ。

 大きくのけぞりながら窓を離れた影は、なおものけぞりを続け、ベランダの手すりを軸に折れ曲がるようにしてこぼれていき、視界の外へ消えていく。


「大丈夫だったか?」


 さっと振り返った兄は、脈を取るように数本の指を腕の傷にあてがっている以外、普段通りの態度だ。

 あれほどの勢いの出血だったのに、指だけで抑えられるものなのだろうか? 私が突っ込もうとすると、先手を打って兄はまくしたてる。


「これでばれちゃったな……兄ちゃんはな、ヒーローなんだよ。あの偏った食事もヒーローには必要なのさ。

 でも、内緒にしとけよ。ヒーローは正体を隠してこそのヒーローだからな!」



 兄とはその数年後に、音信不通になってしまったよ。

 家族は次第に兄のことを話題に出さなくなり、私が振ろうとすると、怖い顔でにらんでくる。静かにタブーは構築された。

 いまだ兄との再会はなされていない。果たして会えた方がいいのか、会えないままでいた方がいいのか。判断がつかずにいるのだけどね。


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