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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 序鐘 ◇ どうして ――――――
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◍ フォローと忠告

 

 武尊(ほたかは結局、何事もなかったように手を振って帰っていった。


 *――あぁ、そうだ一つ……




   *   *   *




「言い忘れたことがあった」


「なに」


 つんけんした見送りにも気分を害した様子はなく、武尊は歩き出して四、五歩目のところで引き返してきた。

 さっさと帰ればいいものを……。皐月はいらだちを露骨にしながらも、手招きされるがまま耳を貸した。


「今度、またふいに腕をつかまれたり、髪に触れられるようなことがあれば、怯えた表情の一つくらいせぬと……」




   *   *   *




 *――じきに化けの皮が、剥がれるぞ……?



「大きなお世話だよ、……たく」


 皐月は長い衣の袖を引きずり引きずり、宿舎の通路を歩いていた。

 武尊は東扶桑ひがしふそう出身のさすらい剣士だと、軽く身の上話をしたが、どうせにせの素性だろう。名前だって偽名に決まっている。


 皐月は肩に伸しかかってくる重みに耐えかねて、深いため息をついた。何だかだるい。いくら体力がないと言っても、このくらいの階段を上るくらい、普段はどうってことないはずなのに――……。



「よお! ……って、あれ? なんだよ、随分へばってんな、お前」


 見上げた階段の踊り場で、サングラスをかけた金髪野郎が面白そうに笑っていた。


「せっかく力仕事、避けてやったのによぉ~、って…どわっッ!?」


 嘉壱は思わず尻もちをついた。左肩上に、パラパラと壁の砕片が降ってくる。尋常じゃない飛び蹴りがめり込んだのだ。


「………よぉ、じゃねぇだろ。なに肉まんなんか頬張ってんだお前は」


「ぅわわ…っ! たんま、たんま!」


 笑っているが、瞳孔が開いているという異常な形相で上からのぞき込まれ、嘉壱は諸手を挙げた。


「さささ皐月ッ! とと…っ、とりあえず落ち着け! な⁉ 人格変わってるぞっ!? 言葉づかいが飛叉弥みたいになってるぞっ⁉ 自分を取り戻せ…っ」


「こっちが本来の俺だって言ったらどうすんの」


「ついに鬼だって認めんのかっッ!? 認めることになるけどいいのかっ!? …ぅおッ!」


 蹴り飛ばすように荒々しく嘉壱を追っ払った皐月は、ムスっと腕を組んだ。


「………、で」


「んで、って何が…」


「何がじゃない。何しに来たのかって聞いてんだよ」


「ああ…」


 嘉壱は、左肩の砕片と塵を払いながら返した。


「別に? どのくらい儲かってんのかなぁ~、と。ちょっくら様子見にきただけ」


「はッ?」


 皐月の切っ先のような目に、再び氷刃の冷たさが宿る。


「あいや、そのぉ~……、そんな眼で見るなよな。俺だって、こう見えてけっこう忙しいんだぜ?」


「どこが」


「どこがって…」


 嘉壱はさすがにムッと来た様子で、焦れたように壁に寄りかかった。


「だから任務だよッ、任務。決まってんだろうが。実は、お前がくる少し前から、山岳地帯の小村をターゲットに、惨殺事件が相次いでてな。問題になってたんだけど……」


 まぁ、この件については調査段階で、まだ正式に動いてるわけじゃないから、お前はとっとと借金の方を片付けちまえ。


「そんなの、言われなくても分かってるよ。てか、その村の件については俺、関係ないからね」


 自分が来たしたことに責任は負うが、それ以外は別だ。


「……また、そういう捻くれたことを」


 嘉壱は口をへの字にした。


 皐月は鼻から息をつく。


「じゃあ聞くけど―――、お前は俺を、仲間として認めるわけ……?」


 家族も同然の絆で結ばれている自分の部隊の一員として、加えてもいいと言うのか?


「そ、それは…」


 不意打ちだ。嘉壱はつい、視線をそらしてしまった。


「いいよ、答えなくて」


 皐月は鼻で笑い、ひらりと右手を振って、残りの段を上っていく。


「お前には呼び止める理由も、言葉も思い浮かばないだろ」


「え…?」


「ついでに一つ、忠告しておいてやるけど―――」


 そう切り出して足を止めたのは、嘉壱がこの会話の重要性を理解していないようだからだ。

 顧みると、案の定、軽くみはられている青翆玉ウォルスオクの瞳は、ただ次の台詞を待つことしか出来ないでいる。

 分かっている。だから、自分の気持ちに、素直に行動すればいい。



「安心しなよ。俺は別に、何も思わないから――……。下手なこと口にして、立場悪くなりたくないだろ、また」



 引きずる裾の影に、ぽつりと雨粒のような一言を落としながら、皐月は部屋に帰って行った。


 取り残されてからもしばらく、嘉壱はその場に佇んでいた。

 どういう反応を示すのが、正解だったのだろう。

 妙な余韻に浸されて考え出すと、なんとも言えない苦みを味わうことになった。






   ×     ×     ×






 園路から見上げた、敷地内にある寄宿舎の二階。

 目当ての部屋の窓には、明かりがついていなかった。

 なのに。


「ごめんよぉ、紗雲ちゃん。もう寝ちまって…………」


 部屋の扉を開けたお妙は、絶句した。同じような顔をして、上半身を(あらわ)にしたまま石化している紗雲と見つめあう。


「す……、すんません。部屋を間違えました」


 強張った声で謝り、扉を閉めた。お妙は深呼吸した。部屋の番号を確認する。間違えるはずがない。いや、仮に間違えたとしても、この階には女しか住んでいないはず。それがどうして……。

 もう一度、握りなおした取っ手に力を込め、押した。


紗雲さくもちゃん、あんた……」


 そこには、やはり紗雲の姿がある。ただし、切腹直前の武士のように正座した格好で、苦々しげに口を引き結んでいた。

 嘉壱と別れた皐月は、たった今、部屋に上がったばかりだった。鍵もかけ忘れていた。そもそも戸締りの習慣がないとろこにきて、さっさと寝ることしか頭になかったのだ。



「……つき」


「え?」


「本当は――……、須藤皐月って言います」


「すどう…、さつき君――?」


 お妙は通路の左右を確認して、部屋の中に転がり込んだ。


「男ん子だったのかい…っ⁉」


 道理で一人部屋がいいなどと訴えたわけだ。しかも、ちゃんと喋っている。そうか、声を出せば性別がバレてしまうからだったのか。


「あの…」


「いやぁ~、びっくりしたわ! まさか噂の舞姫が男ん子だったなんてさぁ! よく今までバレんかったねぇ」


「……はぁ、お陰様でなんとか」


「やや、あれじゃ誰がどう見ても女ん子だから、当然かもしれないねぇ。おばさんもびっくりだよ」


 三泊ほど沈黙が差した。



「――…………、すみません」


 前髪の影でポツリと呟いた皐月は、悄然として見えた。

 お妙は、なんだか急に頼りなく思えてきて、しおれたようになっている肩に手を添えた。


「なぁに。あんたも、何か仔細があるんだろ? 気にしなくていいさ。おばさん、口堅いから」


 これまで、誰も気づかなかったんだ。心配しなくても、今まで通り働くことが出来るだろう。


「何より、あたしはあんたの――……紗雲ちゃんの踊り、好きだからね」


「お妙さんは、どうして今頃…」


「ああ、いやねぇ? この部屋に忘れ物しちまってさぁ~………あ! これこれ」


 部屋の隅にあった巾着袋を手にすると、お妙は早々に出て行こうとする。


「じゃあ、今度こそ! 心置きなくゆっくりお休み?」


「あの…」


「ん? なんだい? どうした」


「や…、――……」



 ありがとう――………、ございます。



 お妙は少し驚いたような顔をしたが、大福のような頬を揺らし、にっこりと笑い返した。






   ×     ×     ×






 コオロギが鳴いている。

 なんとなく空を見上げると、すっかり月が傾いていて――……。

 立ち止まっていた嘉壱は、再びトボトボと歩き出した。


「あ、イッチー! イッチーってばぁ!」


 聞きなれた声に振り返る。満帆だ。どうしてここに。


「もぉ! 何処ほっつき歩いてるかと思えば。いつまでたっても帰ってこないんだもん。心配して探しにきちゃったじゃん」


「ああ…」


 満帆は瞬きした。様子がおかしい。


「なに? どうしちゃったのよ、浮かない顔して。らしくないね」


「なあ、満帆…」


「え?」


 嘉壱は自分でも覇気がないと思う声を発した。自覚がありながら、いつもの調子を出すことはおろか、背筋を伸ばすことすらも、なんだか億劫だった。


「自分の気持ちに素直に行動するって――……、けっこう難しいよなぁ」


「何それ…」


 満帆は聞き返すと同時に少し笑う。嘉壱には悪いが、本当にらしくない。変なものでも食べたんじゃないか。


「いや、皐月(あいつ)が俺にさ……」




 *――下手なこと口にして、立場悪くなりたくないだろ、また……




「なに? あの子と会ってたの⁉ ていうか、今どこにいるのよ」


「働いてる。翠天平すいてんびょう界隈の店で……」


 働いてる……? ああ、そういえば、飛叉弥がそんなことを言っていた。



 *――仕方がないだろう?

    俺が全財産はたいても、あの損害を埋めるのは厳しい



 だからと言って、相変わらず容赦のないことを、と非難できなくもない話だ。前回の一件で迷惑をかけた多方面への賠償を求めているらしいことは、満帆も聞いている。

 それはともかくだ。


「……ねぇ、嘉壱」


「あー?」


「あんた最近、少し変だよ……?」


 あの皐月という少年の送り迎えやら、護衛やらを任されるようになってからこっち、どこか遠く感じるようになった。


 思わぬ指摘に、嘉壱は振り向いた。満帆が真剣な面持ちだったのには、驚いたというより、ドキッとした。

 胸騒ぎのような不穏な感覚が、心中を乱していく。

 嘉壱はしかし、一笑に付した。


「なにバカなこと言ってんだ」


 自分はただ、飛叉弥の命令に従っているだけ。


「そう。なら――………、別にいいんだけど」


 自分たちは玉百合に仕え、飛叉弥について行くと誓った。

 死蛇九しじゃくと、死蛇九に加担する者たちの陰謀が明らかになり、元花人の蓮尉れんじょうあんやづさが敵一味と断定された時、すべての困難を分かち合う決意を共にした面子が、対黒同舟花連だ。

 自分たちは、救国救民に尽くしてきた自国と、花人の汚名返上を背負って、一枚岩の上に咲き続け―――、散る時はためらいなく散る。最低でも、そういう意地を示さなければならない部隊――……。

 

「あの子に、私たちと同じ覚悟ができるとは思えない……」


「あぁ…」


 確かな首肯を聞きながら、満帆はしかし、しっくりこなかった。

 皐月が嘉壱に言ったという台詞セリフが気になっていた。



 *――下手なこと口にして、立場悪くなりたくないだろ……



 四ヶ月前もそうだった。

 皐月は自分本位なふるまいをはばからない反面、他人の状況をよく見ている。

 時々、主観的でなくなるというのか、誰の立場から物を言っているか分からないというか――……、



 “視点” がおかしい。そんな気がする―――。






                     【 序鐘 ◇ どうして / END 】


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