表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 序鐘 ◇ どうして ――――――
91/198

◍ 酒楼・宵瑯閣 | 手合わせ


 と――いうわけで、早速、足を運んでみることにした。


 大通りには、翠天平珞街すいてんびょうらくがいという巨大な歓楽街の様相が広がっている。

 あちらからも、こちらからも客引きの声がして、弦楽器の音色が絶えない。

 紅灯がにじむ川面の上に急勾配の反り橋が掛かっており、同じ景観が鏡合わせのように続く。

 各楼閣は至近距離で隣り合っていて、出入りする男女が身を寄せ合い、橋を行き来している。


 教わった酒楼はこれら大店おおだなの並びにはないが、確かに繁盛しているようだった。裏通りにもかかわらず、吸い込まれて行く人の姿自体が客引きになっていた。

 お役所帰りの高官風情から、福耳の豪商、鬼女房がいそうなどこぞの亭主まで、次から次へ。



「 “宵瑯閣しょうろうかく” ……」


 見上げた扁額へんがくの金字を読み上げ、いざ踏み出す。

 宵瑯閣の客層は、旅客や常連に限られていたはずだが、たったの三日で様変わりしたようである。

 一体どうしたことか。

 廊下の頭上に幾重にも連なってきた最後の羅帳を潜ると、吹き抜けの中心部に出て視界が開けた。

 万華鏡を思わせる色調の提燈ランタンが、浮遊しているかのように沢山――、そして


「ほぉ」


 男は口端をつりあげた。想像していた以上の賑わいだ。

 透かし彫りがされた木製の腰壁が、各階に巡っている。一階から流水紋、雲紋、花枝紋と意匠が異なり、天女のような格好をした給仕兼酌婦が、忙しなくも愛想よく行き交っている。


 食器の触れ合う音。ざわざわと嵩張(かさば)りあう客の話し声がうるさいくらいだった。

 歓楽街の嫉妬深い酌婦らが、何故か惜しむことなく教えてくれた噂の舞姫。はてさて、彼女は一体どこに……。


 店内を見回していると、円卓についていた初老の福耳客が、ちょうど手を上げて女将を呼びつけた。



     |

     |

     |



「なあ、今日は彼女、踊らないのかい?」


「はいはい、踊りますよ。ちょっとお待ちになって下さい。もうすぐですから」


 愛想笑いを打ち消すや、女将は正面にある舞台に猛ダッシュした。


「ちょいとっ! 紗雲さくもちゃん!? まだ準備できないのかい!?」


 舞台袖の暗がりから白い手が出る。 “ちょっと待って” という意味だろう。彼女はどういうわけか、声が出ないのだという。 



 *――声は出ないが、金の生る木に育つことは保証してやる……



 連れてきた金髪青年がそう太鼓判を押した通り、申し分ない上玉の娘だったが、店の切り盛りを考えると、女将としては難しいところだった。

 迷っていると、青年が―――「こいつは珍しい舞を会得している」と言って娘を押し出し、その手に、あるものを握らせた。 





     |

     |

     |

     :

     *





 なにこれ……。

 そう問いたげな娘の上目遣いに、金髪青年が胸を張った。

 三日前である。






       ――――【 最強の猫パンチ? 】――――



「俺の愛剣、風越ふうえつだ。華瓊楽カヌラに派遣が決まった時、菊嶋家当主からお守り代わりに持たされた名刀よ」


 青年が手渡したのは、二つで一つの双剣の一方で、鮫肌の茶色い鞘に収まっていた。柄頭つかがしらから鬱金色うこんいろの剣緒を絡めてある、東扶桑ひがしふそう式のなかなか重厚なこしらえだ。


「二刀流なんだよ、俺。こっちは乱景らんけい


 だからなんだ……、と娘は片眉をつり上げた。


「ちょっと抜いてみろ」


 なんで……、と重ねて問いたげだったが、声が出せない娘は渋々、束の方を上にスライドさせた。

 怪しい彩光があふれ出るにつれて、刀身が両刃もろはだと分かった。


「珍しいだろ。扶桑式で両刃と言えばおおよそ神器級の骨董品。今は短刀にしか見られないからな。これでいっちょ手合わせついでに、女将へのアピールタイムと行こうぜ」


「っ?」


 娘は顔を跳ね上げ、咄嗟に風越を抜き切った。



「おお、思った通り。なかなか良い反応」



「ちょ…っ、ちょっと!」


 蒼白になって制止を叫んだのは、女将であった。


 娘はしばらく青年の了見をうかがうように鬩ぎ合っていたが、馬鹿らしいとばかり跳ね返した。

 青年は鼻で笑って、今度は剣先を当て、ハエのようにしつこく、速く、軽い衝撃を続けざまに与える。


 鋼が弾き合う音が、やかましいくらい連続した。昼日中の小さな裏庭で、にわかに真剣勝負が始まってしまった。


 剣を弄玉ろうぎょくのように操りながら、足掛けをくらわそうとしたり、回し蹴りを放ったりする青年に、娘は後退を強いられる。

 だが、反り身となってかわし、翻って攻撃を弾き、文字通り掠りもしない。



 早い―――。女将は舌を巻いた。

 青年は娘に余裕があると見たのか、徐々にスピードアップしていった。


 いつの間にか、旋風を巻き起こすほどの回転を加えた打ち合いになった。

 何者か知らないが、本来二刀流と言うことは、これが青年の十八番なのかもしれない。

 はたからしても目が回るような、全方位に隙を与えない攻撃。今は手数が半減している分、倍の回転をかけているだろう。


 しかし、娘に焦りの色が浮かぶ様子は一向にない。むしろ、舞っているような身のこなしで、青年の方が精神的に追い込まれてきたと見える。

 歯噛みした彼が、思い切って踏み込もうとした瞬間、娘がまとう深紅の大袖が、その視界を覆うように広がった。


 女将が見開いた目の中でも、息を呑んだ感覚と一緒に、それがひどくゆっくりと花開いた。

 思わず強張ったその一瞬の隙に、乱景が


「っッ…!?」


 ヒンヒン…と金属のたわむ音を発し、青空にはね上げられた。





「……嘘だろ」


 青年は空になった手の中に視線を飛来させ、呆然と呟いた。


 娘も同じような顔をして固まっていた。目くらましの猫パンチを放ち、その隙に逃げたていで、庭を取り囲む雲牆うんしょうの上に飛び乗っていた。

 その目が「……お前、どんだけ弱いの」と青年に訴える。

 


「いややや…っッ、俺は弱くねぇっッ! 今のはお前がおかしいッ!! 何が起こったっ!?」


 娘は塀を乗り越えて入ってきた黒猫のように、言い訳をまき散らす青年の前を飄々と通り過ぎる。



「すごいじゃなあーい…っ!」


 女将は娘が只者ただものでないと確信した。

 精彩に欠けていた心の中に、キラキラとした生気が蘇ってくるような喜びが溢れた。




     |

     |

     |

     :

     *




 ―――実は、宵瑯閣は元旅館で、先々代は客を引き入れるために、店先で持ち前の芸を披露し、一代で大繁盛させたやり手であったのだ。

 増設した楼閣は宿泊客の娯楽場とし、毎夜のこと、踊り子たちが華やかな衣装を翻していた。


 現在は、その名残にすがって、ようよう経営を続けている状態であった。軽業や歌などを披露する特色を継いではいるものの、どれも三流で客足は激減。茶館として昼間も営業し、楽器を演奏するなどしているが、盛り返すことができず。


 別館の宿は、今や地方から働きに上京した従業員の寄宿舎と化している。こんな店だからこそ、あの金髪青年は目をつけたのかもしれない――。

 


「じゃあ紗雲ちゃん、頼むわよ?」


 

 舞台袖に潜んでいる化け物は準備を整え、深呼吸のような……? 長大息をついた。


 とりあえずうなずく気配を受け、女将は前夜以上の期待を抱いた。胸の前で右拳を握りしめる。

 店内は、異様なざわめきに揺れていた。不安、興奮、期待、疑心の()い交ぜになった空気が、逆に女将の心をワクワクさせるようになっていた。


 声も出ない。酒も飲めない。おまけにまだ十代だと聞かされた時には、正直使い物にならないと思ったが、今はとんでもない “金の生る木” を得た気分だ―――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ