◍ 諸刃の剣の人付き合い
*――大丈夫、大丈夫!
お陰で、なんとかなりそうな気がしてきたから。な! 皐月!
*――それは、お前だけだと思う……
壇里の坂道を下りながら、嘉壱は皐月の背中をバシンと叩いて、心配げな千春に手を振らせた。
「あぁ、そうだ」
何やら思い出した嘉壱に対し、皐月は歩き出してから初めて顔をあげた。
藺親子の見送りを受け、京城内に帰ろうという道の途中である。さすがに目立つ格好のため、マント状の外套を頭から羽織らされた。前がよく見えない……。
嘉壱がこちらを振り向き、立ち止まったことに気づくのが遅れ、危うくぶつかりそうになった。
「……?」
外套を下ろされ、釵の辺りに何かを飾られた。視界の隅に揺れたそれは、ソヨゴの赤い実であった。藺家の庭から一枝手折ってきたらしい。
「う~ん……。やっぱり花も添えたほうが良さそうだなぁ」
「ですね」
「ちょっと探してきやすよ」
今一つ不満げな嘉壱に同調し、青丸と蕣が、秋風の吹き渡る野中に飛び込んでいった。
道端の草を掻き分け、嘉壱も白菊などが無いかと見渡す。
「ねぇ…」
「あー?」
ふと口を開いた皐月の声色は、相変わらず抑揚に乏しかった。だが、次に発せられた言葉には、どことない陰りが感じられた。
「お前らは――……、どう思ってんの……」
彼の心情に珍しく微妙な変化が生じたのを嘉壱は敏感に察知したが、あえて手を止めず、気づかぬフリをすることにした。
「どうって何が」
「 “人付き合い” とか――……、難しいって思ったことないわけ?」
皐月がどうして急にそんなことを訊ねてきたのか―――、どんな返答を望んでいるのか、実は、こっそり千春との会話に聞き耳を立てていたため、汲んでやれないことはなかった。
誰であれ気の合う相手を友と呼び、そこに、国境や人種の柵を意識する必要もなく、好きな仕事に就いて。好きになった相手と結婚して。家族を作って、大往生する―――そんな人生は、花人にとって夢のまた夢。
人間との距離が近い反面、共感しようがない部分も多く、人原から足が遠のく奴は、確かに珍しくない。
人間にとっても、花人と関わるということは、いわば諸刃の剣なのである。決して相性がいいとは言えない。
「俺たちが、どうして “花人” と名乗り始めたのか……、そこに秘められた意味合いは、たぶん、他のどんな呼び名よりも重く、厳しく、残酷だ」
《 其の一、決して抗わぬこと 》
「でも、さっき言った通り、萼では共存を叶えてる。花神子と常葉臣を架け橋にして、一緒に同じ土地を耕してるし、王家は傭兵集団とは別の一面で、色んな付き合いを広げてきた。すべてが夢のままってわけでもない」
世界三大鬼国などと恐れられる夜叉の血筋ながら、人間と交流してこれたのは、やはり華冑王家が中心となって体現してきた掟という “桎梏” があったお陰だと思う――……。
「ありまりたよ~!」
「女郎花なんてどうです?」
黄色い粒を集めたようなそれを咥え、戻ってきた青丸と蕣が、皐月の背中を駆け上った。
二匹が新たに添えた華を一歩引いて眺め、「うん。悪くない」と、今度こそ満足そうにうなずいた嘉壱に、皐月は渋面を作った。
「…って、お前さ。こんな格好させておいて、一体どこで俺を働かせる気?」
「なんだ。まだ気づかねぇのか?」
「女装コンテストで優勝賞金狙い……とか?」
「それ仕事じゃねぇし。ただの大会荒らし。ウソだろ、お前……」
「何が」
眉をひそめ、本気でいぶかし気な皐月を前に、そりゃそうか、と嘉壱は嘆息を漏らした。
気づいていたら、今ごろ脱兎の如く、この場から逃げ出していていいはずだ。せっかく面白いものが見れるかもしれないのに、千春にまで世話になっておいて、それは困る。
《 其の二、決して逃げ出さないこと 》
微妙にズレている気もするが、現状を見る限り、皐月もやっぱり、花人ということでいいのだろうか……。
「まぁ、着いてからのお楽しみだ」
嘉壱は誤魔化すように笑った。
―― * * * ――
人間の世界は、花人が大敵とする、怒り・欲望・無知の坩堝である。その三毒に狂わされる恐ろしさをよく分かっている民族でありながら、花人はあえてそれと隣り合わせの日々を、やり過ごしている。
試されていると思って、とにかく耐え続けてきた。
これがいつか、夢にまで見た大きな実を結ぶというが、証明できるのは “かの瞳” を発現した者のみ。
“其は、破暁の如く” と、語り部は伝えている―――。
◆ ◇ ◆
〔 読み解き案内人の呟き 〕
【 女郎花 】
秋の七草のひとつ。花言葉は「美人」「約束を守る」など。
(2021.11.26 投稿内容と同じ。長文だったため、2022.01.09 分割)




