◍ 金の生る木に見えるもの
貞糺は事情を聞くと、通り沿いにある自分の店に、皐月たちを招いた。
李彌殷の各所が火災に見舞われた四ヶ月前、ここ、遊淳街も火の海に呑まれるところだったが、幸い、消火活動が間に合い、被害は外壁だけで済んだ。
狭い分、売り物が溢れかえって見える店は、正確に言うと元反物屋で、今は古着まで扱うただの服屋だ。
入口近くに装飾品などの小物と、一押しの装い一式。壁面棚に生地類。帯類は立屏風状の木枠や階段の手すりを上手く使い、掛け軸を見せるように垂れ下げている。
異人街が近いため、幅広い人種に対応できる品揃えだけが自慢だ。
「これなんてどう? 嘉壱さん」
奥の勘定台の背後に、小さな中庭と、白塗りの重厚な蔵がのぞき見える。
貞糺は我が事のようにはしゃぎながら戻ってきて、蔵から引っ張り出してきた衣を当てがって見せた。自分の体にだが、皐月に似合いそうな色柄を選んでいた。
目指す印象は “傾国の天女” ―――などという、壮大な企みがなされていることを知らない当の皐月は、店先で蕣とひいなを相手に遊んでいる。青丸も助安と世間話中だ。
嘉壱は悪人面で「おお、いいな」と口端をつりあげた。
「でしょ~?」と小声で返す貞糺も、目を細めた能面のような微笑み方が、どことなく悪人面。
庶民の娘は普段、立領や交領の筒袖に褲を合わせたりもするが、上流階級のお嬢様、演劇女優などは、優雅な古い時代の着衣―――大袖の衫と裙、模様が織り出された披帛を腕にからめる。
動きやすい衣と、格調高い華麗な衣を、時と場合で着こなし分けるのが当代の華瓊楽国文化である。
嘉壱と貞糺が見立てたのは、後者の古典的な一式だった。
「でも、本当に半額以下でいいのか? 貞糺さん」
勘定台に寄りかかり、嘉壱は今一つ腑に落ちない顔で尋ねた。
「元の通り返してくれれば、何も問題ありませんよ」
貞糺は火災被害後、貸衣装屋も兼ねようと思いついたことを明かした。元々、種類豊富なのがこの店の売りであるが、品質では正直言って、到底大店に敵うものではない。
「衣食住とは言うけど、衣は必要以上の枚数や良品には手が出にくいからさ? 普段着以外は貸すほうが、まだお金になると思って。現にこうして、何かと入用な人もいるわけだし」
大包袱に包んだ一式を嘉壱に差し出しながら、貞糺は苦笑気味に笑った。汚されてシミ取りに出す羽目になるのも、許容範囲と思うことにした、と。
実は、それを引き取ってきた帰りに皐月たちと遭遇した。だが、毎度悩まされているわけでもなく、素直に弁償してくれる客もいる。
「なるほどなぁ」
嘉壱は人原での商売に関心が高い。華冑王家の菊嶋家に養子として迎え入れられる以前は、葎にて、義兄弟たちと信じられないほど貧乏な生活をしていた。ぶっちゃけ、人様の衣食住を強奪することは、日常茶飯事であった……。聞かれない限り黙っているが。
× × ×
*――ああ、そうだ、貞糺さん
店前まで見送りに出てくれた貞糺を顧み、最後に皐月が眉を少し下げた。
本当ならば、最初に打ち明けるべきであった。衣のレンタルに応じてもらった後で言うのは、余計に気が引けた。
*――防火服として貸してもらった、火鼠の皮衣なんだけど…
*――ああ! 燃えちゃったんでしょう?
あれは気にしなくていいのよ。
やっぱり偽物だったって分かったわけだし
貞糺は言いにくそうな雰囲気を察し、先回りして答えた。火浣布としても、結局粗悪品だったということだろう、と。
だが、蕣がとんでもないことを口走った。
*――それだったら、オイラたちが回収しましたよ?
伏魔殿で売ったらいくらになるかなぁ、と思って…
*――バカっ。蕣坊ッ、てめぇ…っ
あの火災の最中、皐月がひいなと戦っている時に脱ぎ捨てた皮衣。色柄もなく、泥だらけになったそれが、まさか幻の一着とは誰も思わなかったのだろう。一件落着後、各所から出た粗大ゴミを物色していた青丸と蕣は、偶然にそれを拾い上げ、三つ口の両端を「にしし」とつり上げた。
ねぐらに引きずって帰り、火にくべたところ、案の定、汚れだけ焼け落ちて、元の純白に戻った。
人工火鼠の皮衣―――火浣布だとしても、物は売りさばきようと心得ている。だが、そうは問屋が卸さないと来た。
*――返せ?
口調は柔らかいが、何故か怖い……。
そろってお座りさせられた二匹は、至高の主に言いつけられ「……。へい」とうなだれた。
× × ×
貞糺の店を出た皐月は、窃盗罪を擦り付け合う青丸と蕣、マイペースな嘉壱、助安、そして、ハイペースなひいなの手招きに牽引されながら、李彌殷の城外南に広がる田園地帯を行くことになった。
穏やかな広い河に荷船が行き交い、その岸辺に、巨大な奇岩状の山と稲田、農村が点在している。
刈り取り作業中のところは、鳥にとって格好の餌場となっていた。白鷺が次から次へと舞い降り、波打つ穂の上には、蜻蛉が飛び交っている。
しばらくして見えてきたのは、山肌の小高い所に築かれた石垣。それが、棚田状に家々の基礎となっている壇里村だ。
総代である藺家は石垣の最上段にあり、黄土色をしたカピカピの土塀に囲まれていた。家自体も周囲のものよりやや大きく、前庭も広い。鬼灯が干された縁側や、農具が集められた蔵もある。




