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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 序鐘 ◇ どうして ――――――
85/197

◍ 金の生る木に見えるもの


 貞糺ていれいは事情を聞くと、通り沿いにある自分の店に、皐月たちを招いた。

 李彌殷リヴィアンの各所が火災に見舞われた四ヶ月前、ここ、遊淳ヨウチュン街も火の海に呑まれるところだったが、幸い、消火活動が間に合い、被害は外壁だけで済んだ。


 狭い分、売り物が溢れかえって見える店は、正確に言うと元反物屋で、今は古着まで扱うただの服屋だ。

 入口近くに装飾品などの小物と、一押しの装い一式。壁面棚に生地類。帯類は立屏風ついたて状の木枠や階段の手すりを上手く使い、掛け軸を見せるように垂れ下げている。

 異人街が近いため、幅広い人種に対応できる品揃えだけが自慢だ。



「これなんてどう? 嘉壱さん」


 奥の勘定台の背後に、小さな中庭と、白塗りの重厚な蔵がのぞき見える。

 貞糺は我が事のようにはしゃぎながら戻ってきて、蔵から引っ張り出してきた衣を当てがって見せた。自分の体にだが、皐月に似合いそうな色柄を選んでいた。


 目指す印象イメージは “傾国の天女” ―――などという、壮大な企みがなされていることを知らない当の皐月は、店先でしゅんとひいなを相手に遊んでいる。青丸も助安と世間話中だ。


 嘉壱は悪人面で「おお、いいな」と口端をつりあげた。

「でしょ~?」と小声で返す貞糺も、目を細めた能面のような微笑み方が、どことなく悪人面。


 庶民の娘は普段、立領たちえりや交領の筒袖にズボンを合わせたりもするが、上流階級のお嬢様、演劇女優などは、優雅な古い時代の着衣―――大袖のさんスカート、模様が織り出された披帛ストールを腕にからめる。

 動きやすい衣と、格調高い華麗な衣を、時と場合(TPO)で着こなし分けるのが当代の華瓊楽カヌラ国文化である。

 嘉壱と貞糺が見立てたのは、後者の古典的な一式だった。



「でも、本当に半額以下でいいのか? 貞糺さん」


 勘定台に寄りかかり、嘉壱は今一つ腑に落ちない顔で尋ねた。


「元の通り返してくれれば、何も問題ありませんよ」


 貞糺は火災被害後、貸衣装屋も兼ねようと思いついたことを明かした。元々、種類豊富なのがこの店の売りであるが、品質では正直言って、到底大店(おおだな)に敵うものではない。


「衣食住とは言うけど、衣は必要以上の枚数や良品には手が出にくいからさ? 普段着以外は貸すほうが、まだお金になると思って。現にこうして、何かと入用いりような人もいるわけだし」


 大包袱ふろしきに包んだ一式を嘉壱に差し出しながら、貞糺は苦笑気味に笑った。汚されてシミ取りに出す羽目になるのも、許容範囲と思うことにした、と。

 実は、それを引き取ってきた帰りに皐月たちと遭遇した。だが、毎度悩まされているわけでもなく、素直に弁償してくれる客もいる。


「なるほどなぁ」


 嘉壱は人原じんばらでの商売に関心が高い。華冑王家の菊嶋家に養子として迎え入れられる以前は、むぐらにて、義兄弟たちと信じられないほど貧乏な生活をしていた。ぶっちゃけ、人様の衣食住を強奪することは、日常茶飯事であった……。聞かれない限り黙っているが。




   ×     ×     ×




 *――ああ、そうだ、貞糺さん


 店前まで見送りに出てくれた貞糺を顧み、最後に皐月が眉を少し下げた。

 本当ならば、最初に打ち明けるべきであった。衣のレンタルに応じてもらった後で言うのは、余計に気が引けた。



 *――防火服として貸してもらった、火鼠ひねずみの皮衣なんだけど…


 *――ああ! 燃えちゃったんでしょう?

    あれは気にしなくていいのよ。

    やっぱり偽物だったって分かったわけだし



 貞糺は言いにくそうな雰囲気を察し、先回りして答えた。火浣布かかんふとしても、結局粗悪品だったということだろう、と。

 だが、蕣がとんでもないことを口走った。



 *――それだったら、オイラたちが回収しましたよ?

    伏魔殿で売ったらいくらになるかなぁ、と思って…


 *――バカっ。蕣坊ッ、てめぇ…っ


 

 あの火災の最中、皐月がひいなと戦っている時に脱ぎ捨てた皮衣。色柄もなく、泥だらけになったそれが、まさか幻の一着とは誰も思わなかったのだろう。一件落着後、各所から出た粗大ゴミを物色していた青丸と蕣は、偶然にそれを拾い上げ、三つ口の両端を「にしし」とつり上げた。

 ねぐらに引きずって帰り、火にくべたところ、案の定、汚れだけ焼け落ちて、元の純白に戻った。

 人工火鼠の皮衣―――火浣布だとしても、物は売りさばきようと心得ている。だが、そうは問屋がおろさないと来た。



 *――返せ?


 口調は柔らかいが、何故か怖い……。

 そろってお座りさせられた二匹は、至高の主に言いつけられ「……。へい」とうなだれた。




   ×     ×     ×




 貞糺の店を出た皐月は、窃盗罪をなすり付け合う青丸と蕣、マイペースな嘉壱、助安、そして、ハイペースなひいなの手招きに牽引されながら、李彌殷リヴィアンの城外南に広がる田園地帯を行くことになった。

 穏やかな広い河に荷船が行き交い、その岸辺に、巨大な奇岩状の山と稲田、農村が点在している。

 刈り取り作業中のところは、鳥にとって格好の餌場となっていた。白鷺しらさぎが次から次へと舞い降り、波打つ穂の上には、蜻蛉トンボが飛び交っている。


 しばらくして見えてきたのは、山肌の小高い所に築かれた石垣。それが、棚田状に家々の基礎となっている壇里タリャン村だ。

 総代であるリン家は石垣の最上段にあり、黄土色をしたカピカピの土塀に囲まれていた。家自体も周囲のものよりやや大きく、前庭も広い。鬼灯ほおずきが干された縁側や、農具が集められた蔵もある。

 


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