◍ ある村の惨劇跡
華瓊楽国王都・李彌殷から、南に約十五里。
秋草の葉先に、重たい風が吹きつける。
嵐が来そうな生暖かさだ。青空の低いところを、鉛色の雲が移動している。
「誰かいますか~……?」
左右を見渡しながら、対黒同舟花連・弓使いの土将―――喜梨啓丁は不安顔をしていた。
傭兵集団である萼国夜叉――花人に属していることを示すため、戦闘の際は “梨琥” という花銘を名乗り、呪具的な装飾品や夜深藍の武装に身を固めるが、今はその必要がない。旅客の格好をしている。
訪ねた村のどの家からも、応答がないことは分かっていた。だが、念のため様子を見て回っているところだ。
聞こえてくるのは、家々の廂間下を転がる藁蓑のかすれた音だけ。と思っていたところに、でんでん太鼓のような音が響いた。どこからか吹っ飛んできた井戸の鶴瓶が、一つ先の辻を弾みながら横切ってゆく。
「ここが……?」
啓は背後から近づいてくる足音を振り返り、眉を下げて尋ねた。
「ああ。数日前に、〝例の被害〟にあった釜入村だ」
「啓は初めて? 隠形鬼絡みの現場を見るの。最近、四補領の辺りでも似たような惨状が見つかったって聞いたけど…」※【隠形鬼:姿かたちを隠し、不可思議なことや災いを起こす】
「…うん、まぁ」
啓は前に向き直り、ある家を見つめた。
柴垣の一部が戸になっている。外れかけのそれを押して、家の前に作られている畑の間を歩いていく。
「雅委、礼寧……」
ふいに引きしまった声色で呼ばれ、奇抜な格好の男女は顔を見合わせた。
銀髪頭に白帯を巻きつけ、男は髪を逆立たせている。女の方は背に流している。薄めの褐色肌に濃緑と朱色を基調とした衣、白い毛皮をまとい、金の装身具を全身に散りばめた巫術師の様相だ。腰に小刀を携帯しており、山賊のようでもあるが、彼らは某山神の使者。瞳は穀神の脈持に多い榛色をしている。
「この土、何か変わったニオイとかしないか?」
地方行政の監察・民情探索を秘密裏に行っている別機関から報告が挙がり、同案件につて統括している治安担当の邏衛軍に情報が引き継がれ、この遠方の村に関しては、花連に調査が命じられた。
〝黒同舟絡み〟が疑われると、いつもこうなる。件の組織を壊滅させる以外に、汚名返上と贖罪が果たされることはないと考えられてきたのだから、たとえ火の中水の中、花連が当たるのが筋というわけだ。
しかし、そもそもが、人原全体の平安に貢献してきた国柄であるため、同族から超一級の犯罪者を出した肩身の狭さはありつつも、皆に冷眼を注がれてきたわけではない。進んで手を貸してくれる協力者もいる。
例えば彼ら。南壽星巉では古株の頂きに位してきた神代種族、白神狼の末裔。范燦寿の使者だ――。
雅委と呼ばれた男が歩み寄り、啓の足元にある畝の土を一つまみした。手の平の上で嗅ぐが、すぐに眉を顰める。
「分かんね……。血腥いばっかりで、反吐が出そうだぜ」
「礼寧は? 他に何か感じるとか」
「そうだわねぇ……、あたいはむしろ、華瓊楽の荒れ地にしちゃぁ、上等な土だったんじゃないかと……」
「ここは〝晒野村〟だよね。しかも、平地よりその特色が強い……」
自給自足が当たり前で、廓も農道もすべてお手製。昼夜問わず鬼魅が発生する山奥ゆえに、自衛団は常時、気を抜けない地域だ。
街から逃げてきた盗賊を相手にすることもあっただろうが、凶暴な野生動物との格闘が日常茶飯事の晒野村民が、こうも呆気なく殲滅されてしまった状況からして、少なくとも人間の仕業とは思えない。
釜入村の生活は、壽星桃が弱体化して起こった華瓊楽の不毛化により、厳しさを増したにも関わらず、破綻しなかった。たくましい農民であり、ある意味、誇り高い戦闘部族だったと想像できる。
啓は畑に面している家の土間に踏み入った。
礼寧もあとに続く。
「確かに、村周辺の見回りや警戒を怠っていたとは考えにくいけど、やっぱり当初の見立て通り、大鳥妖でも出現したんじゃないかしら……」
「たとえば?」
雅委が頭の後ろで手を組む。
礼寧は胸の下で腕を組んだ。
「羊頭翼――。あとは、ちょっと遠いけど、璃砂地方で異常に凶暴化してるって噂の嘔傲とか」
「どっちも四か月前に都や畝潤を襲撃した妖魔じゃねぇか。 “盲鬼化に似た自我を失う現象” が流行っていて、原因がそれかどうかを調査しなくちゃならないことに変わりはねぇ。釜入村の惨劇が二次被害だろうと、直接的被害だろうと」
正気を失った妖魔に殺されたのか、自分たちで殺し合ったのか、まったく関係ない別の事件なのかはさておき。
「根源を明らかにして絶たなけりゃ、被害は広まっていく一方だろ」
華瓊楽の辺境では今、こうした惨劇に見舞われたり、都市部からの配給に頼る生活を強いられる村が続出している。
大飢饉の心配はなくなったにもかかわらず、どうしてまた急に、配給を要する村が出てきたのか……。
「しかも、こういう自活に強い土地で、ってのが謎だよな。世界樹にも異常はないんだろ? なら、原因はやっぱり、各調査班が持ち帰るように言われてる、水とか土にあるとみて間違いない」
雅委が出した結論に異議はないが、啓の頭の中はすっきりしなかった。(……そっか。まだ雅委と礼寧は、知らないんだ)
この国を……、華瓊楽の天と地を支えている “現世界樹の守り人” の実態を。
「啓?」
「…ううん。ゴメン、なんでもない。ところで、燦寿様はどう捉えてるの? 今回の一件」
「どう……、って言われてもねぇ」
礼寧は言葉を濁し、目顔で雅委に同調を求めた。
現地に送られる全員が生命力の強い種族の脈持で、病毒に耐性を持っているというのも気になるところだ。なんらかの感染症流行に先駆けた調査だと考え、啓は実をいうと、恐ろしい想像をしている。
花連は四か月前にも、検体を持ち帰るだけという、今回と似たような任務をこなしている。異常に狂暴化した妖魔を仕留め、上の指示通り、死骸を壽星台閣の大研院に運び入れたのだ。どんな結果が出たかは知らされていない。
礼寧と雅委の主――、白神狼・燦寿太仙老は、国王の諮問機関・璧合院の一席に座す重鎮であり、地方の土地公とまで交流がある。
情報としては、もっとも信憑性の高いものをつかんでいそうなのだが、配下二人の反応は予想していた通りだった。教えられないから困っているのではなく、本当に何も知らなそうだ。
「そっちの大将は、どうなんだよ」
「蓮哥哥さんなら、少しくらい喋ってくれるんじゃない?」
「あぁ~、仕事適当だしな~。あの人」
啓は、調子に乗ってこきおろしまくる傍らの雅委を、ジトっと睨んでやった。(いくら適当だからって、言っちゃいけないことくらい、飛叉弥も認識していると思うんだけど……)
「あぁ、そうだ啓」
他人のことを言えない気質の雅委は、土間に散乱している生活道具を意味もなく手に取ったり、戻したりしていたが、ふいに声色を変えた。
重々しい雰囲気をまとった彼を見上げ、啓は首を傾げた。
「お頭様から、お前んとこの大将に伝言をあずかってたの忘れてた。実は…」
「……え?」
次に聞かされた内容に、啓は眉をひそめた。
◆ ◇ ◆
(2021.11.04 投稿内容と同じ。長文だったため、2022.01.011 分割)




