◍ 再召喚
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踏みしめる落ち葉の中に、椚の実。
道沿いには、烏瓜の色づきが見られる季節となった―――。
薬草摘みを終え、裏山から帰った桐峰柴は、熊のような巨体に似合わず、木戸を閉める音に繊細な気を遣っていた。
自分の起床は、この邸に住む誰よりも早いのだ。
例の砂漠化が深刻であった当初は、ドクダミでさえ手に入らない地域が存在し、傷病者は無論、医者も追い詰められた上、多くの人間が飢餓の脅威にさらされた。
またいつそんな状況に陥るとも限らないと、今では各自で様々な生活品の備蓄が心がけられている。少しでも役立てばとはじめた特製の薬箱作りは、弱肉強食の極致を知ってしまったこの国のことを思うと、もはや欠かせない日課である。
背負子を下ろしたところで、柴はふと聞こえてきた話し声に眉を顰めた。
おかしいな。こんな早朝から客人だろうか……?
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汝、人にして人にあら不―――。
俗に “花人” と呼ばれる彼らは、欲望の悪果から生じた生来の罪人として蔑まれてきた。
花人の祖先は欲深い人間であり、天花園と言う楽園に存在した霊薬・甘露を、花神から奪い取ろうとしたため、贖罪の生き地獄に一生を費やす鬼にされた。そんな民間伝承を、あろうことか正史として認めているからだ。
花人は貧民に財福を、痩せ地に豊穣をもたらし、他国の平和にも尽くすのが定め。来世こそ、この業から解放されるべく。ゆえに、悪に染まれば同族とて容赦せず狩るという。
しかし、彼ら自身も含め、誰もがすべてを鵜呑みにしているわけではない。現に、蔑んだり哀れむ者がいる反面、花人は恐れられてきた。
それは、彼らの本性が好戦的な夜叉の一種――善とも悪ともつかない神代の破壊者、 “夜覇王樹の民” に違いないからである。
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「まさか……、また嘉壱に命じて、 “あいつ” を呼び寄せたんじゃないだろうな」
たちまち甦ってきた腹立たしさに、柴の体は突き動かされた。
*――花連よ……
思い出されてくるいつかの苦言。あれには久々、針の筵に座る思いを味わった。
過日、一般庶民の少女を巻き込んだ上に、あろうことか市街の一部を壊滅させてしまったことで、自分たちはお偉方から剣突を食わされる羽目になった。だが、それも “あの御方” のお陰でなんとか緩和された。さすがに立て続けとなることは避けたい。厄介事を増やされるのはもう御免だ。
「ここか……」
邸の各庭は牆垣で画されている。円洞門を潜ったところで、それらしい客間を前にし、確信を得た―――その時
ダタンッ!
突然の派手な物音に、柴は思わず首をすくめた。
――――【 彼を鬼にしてはならない、再び 】――――
透き通った金色の朝日が、各棟の中庭に差し、徐々に染み渡ってきている。
朝露に濡れた菊花。御簾を下した回廊に敷かれている真っ赤な毛氈。どちらも色濃く、この季節らしい、厳かで神聖な雰囲気をかもしていた。
ゆっくり息を吸うと、鼻腔の奥から全身を浄化されていくような空気が張り詰めている。ただでさえ、身がひきしまる赴きだというのに
「もう一度聞く」
沈黙を破ったその少年の眼は、氷刃のごとく冴えまくっていた―――。
ここ数日で一気に色彩が深まった山の斜面を、雲霧が緩慢に流れる獅登山の早朝。
神仙が優雅に舞う姿が拝めそうなここは、現にそれらしい光景に出会えなくもない世界なのだが、今の彼が視界に入れても、おそらく小蝿同然に黙殺するだろう。
「今日、俺をここに呼び寄せた理由は――?」
若干十七歳にして、目つきがその辺のゴロツキよりヤバい……。
「だ~かーらぁ~…」
「飛叉弥っ、飛叉弥っ!」
すばやく手招きしてきた背後の部下に、紫苑色の着物をまとった白髪青年――蓮壬彪将飛叉弥は青筋を立てた。
「なんだッ」
「なんだッ、じゃねぇよお前っ、いくらなんでもマズイって…ッ!」
あたかも爆弾を前にしているかのように距離をとっている金髪頭――菊嶋嘉壱は声量を抑えながらも、唾を浴びせる勢いで訴える。
「知らねぇかんなっ⁉ またそんなムチャクチャ言ってると…っ!」
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柴は隙を見て、部屋の正面に近い植え込みの影に移動した。
障子がちょうど死角になっているため、全容とはいかないが、相変わらずふてぶてしい上司の飛叉弥――その背後に、何やら必死の同胞―――嘉壱の姿が確認できた。
離れた所からでも、十分に伝わってくる緊迫した空気。今まさにそこは、一触即発の事態に直面している。
先ほどの物音を立てたのは、彼らではないだろう。おそらくだが、死角にいる人物が卓子を思いっきり殴りつけたのだと思う。
自分たちは世界三大鬼族――萼国夜叉とも呼ばれる生粋の軍鬼人。中でも鬼畜と恐れられ、同胞ですら慰撫に努める飛叉弥を前にして、憚りもせず激昂するとは……
ちょっと考えられない。何事だ、一体……。
半眼になっていた柴だが、次の瞬間、死角にいる〝あいつ〟であろう客の思いがけない言葉を耳にし、目を剥くこととなる。




