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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 序鐘 ◇ どうして ――――――
76/197

◍ 再召喚


 

   *



 踏みしめる落ち葉の中に、(くぬぎ)の実。

 道沿いには、烏瓜(からすうり)の色づきが見られる季節となった―――。



 薬草摘みを終え、裏山から帰った桐峰柴(きりみねしば)は、熊のような巨体に似合わず、木戸を閉める音に繊細な気を遣っていた。

 自分の起床は、この邸に住む誰よりも早いのだ。


 例の砂漠化が深刻であった当初は、ドクダミでさえ手に入らない地域が存在し、傷病者は無論、医者も追い詰められた上、多くの人間が飢餓(きが)の脅威にさらされた。

 またいつそんな状況に陥るとも限らないと、今では各自で様々な生活品の備蓄が心がけられている。少しでも役立てばとはじめた特製の薬箱作りは、弱肉強食の極致を知ってしまったこの国のことを思うと、もはや欠かせない日課である。


 背負子を下ろしたところで、柴はふと聞こえてきた話し声に眉を(ひそ)めた。

 おかしいな。こんな早朝から客人だろうか……?





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 汝、人にして人にあら不―――。


 俗に “花人(はなびと)” と呼ばれる彼らは、欲望の悪果から生じた生来の罪人として蔑まれてきた。

 花人の祖先は欲深い人間であり、天花園(てんげえん)と言う楽園に存在した霊薬・甘露を、花神(かしん)から奪い取ろうとしたため、贖罪の生き地獄に一生を費やす鬼にされた。そんな民間伝承を、あろうことか正史として認めているからだ。 

 

 花人は貧民に財福を、痩せ地に豊穣をもたらし、他国の平和にも尽くすのが定め。来世こそ、このごうから解放されるべく。ゆえに、悪に染まれば同族とて容赦せず狩るという。


 しかし、彼ら自身も含め、誰もがすべてを鵜呑みにしているわけではない。現に、蔑んだり哀れむ者がいる反面、花人は恐れられてきた。

 それは、彼らの本性が好戦的な夜叉の一種――善とも悪ともつかない神代じんだいの破壊者、 “夜覇王樹セレイアスの民” に違いないからである。




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「まさか……、また嘉壱に命じて、 “あいつ” を呼び寄せたんじゃないだろうな」


 たちまち甦ってきた腹立たしさに、柴の体は突き動かされた。



 *――花連よ……



 思い出されてくるいつかの苦言。あれには久々、針の(むしろ)に座る思いを味わった。

 過日、一般庶民の少女を巻き込んだ上に、あろうことか市街の一部を壊滅させてしまったことで、自分たちはお偉方から剣突を食わされる羽目になった。だが、それも “あの御方” のお陰でなんとか緩和された。さすがに立て続けとなることは避けたい。厄介事を増やされるのはもう御免だ。



「ここか……」


 邸の各庭は牆垣(しょうえん)で画されている。円洞門を潜ったところで、それらしい客間を前にし、確信を得た―――その時


  ダタンッ! 



 突然の派手な物音に、柴は思わず首をすくめた。








     ――――【 彼を鬼にしてはならない、再び 】――――



 透き通った金色の朝日が、各棟の中庭に差し、徐々に染み渡ってきている。

 朝露に濡れた菊花。御簾を下した回廊に敷かれている真っ赤な毛氈(もうせん)。どちらも色濃く、この季節らしい、厳かで神聖な雰囲気をかもしていた。


 ゆっくり息を吸うと、鼻腔びこうの奥から全身を浄化されていくような空気が張り詰めている。ただでさえ、身がひきしまる赴きだというのに



「もう一度聞く」



 沈黙を破ったその少年の眼は、氷刃のごとく冴えまくっていた―――。


 ここ数日で一気に色彩が深まった山の斜面を、雲霧が緩慢に流れる獅登山の早朝。

 神仙が優雅に舞う姿が拝めそうなここは、現にそれらしい光景に出会えなくもない世界なのだが、今の彼が視界に入れても、おそらく小蝿(こばえ)同然に黙殺するだろう。



「今日、俺をここに呼び寄せた理由は――?」


 若干十七歳にして、目つきがその辺のゴロツキよりヤバい……。


「だ~かーらぁ~…」


飛叉弥(ひさや)っ、飛叉弥っ!」


 すばやく手招きしてきた背後の部下に、紫苑色の着物をまとった白髪青年――蓮壬はすみ彪将ひゅうじょう飛叉弥は青筋を立てた。


「なんだッ」


「なんだッ、じゃねぇよお前っ、いくらなんでもマズイって…ッ!」


 あたかも爆弾を前にしているかのように距離をとっている金髪頭――菊嶋嘉壱(きくしまかいち)は声量を抑えながらも、唾を浴びせる勢いで訴える。


「知らねぇかんなっ⁉ またそんなムチャクチャ言ってると…っ!」




     |

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 柴は隙を見て、部屋の正面に近い植え込みの影に移動した。

 障子がちょうど死角になっているため、全容とはいかないが、相変わらずふてぶてしい上司の飛叉弥――その背後に、何やら必死の同胞―――嘉壱の姿が確認できた。


 離れた所からでも、十分に伝わってくる緊迫した空気。今まさにそこは、一触即発の事態に直面している。

 先ほどの物音を立てたのは、彼らではないだろう。おそらくだが、死角にいる人物が卓子を思いっきり殴りつけたのだと思う。


 自分たちは世界三大鬼族――萼国夜叉(きょうごくやしゃ)とも呼ばれる生粋の軍鬼人。中でも鬼畜と恐れられ、同胞ですら慰撫(いぶ)に努める飛叉弥を前にして、(はばか)りもせず激昂するとは……


 ちょっと考えられない。何事だ、一体……。

 半眼になっていた柴だが、次の瞬間、死角にいる〝あいつ〟であろう客の思いがけない言葉を耳にし、目を剥くこととなる。



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