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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
 越境画師・蒐【 秘密の匂わせ裏話1 】
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◍ 師匠は花人で畵仙。の謎……


 花人の国において、行方を告げぬ失踪は “足抜き” という掟破りに値するのだという。

 しゅうは諸事情を認められ、正式な手続きを踏んだ上で花人を辞めたというが、彼は筆頭様に見張られていた。というより、見守られていた。とにかくまだ、繋がっている―――。



 朝の仕事を一通り終えた仁華ジンファは、休む間もなく昼の仕事を与えられた。

 夜の仕事も与えられるが、もちろん使用人としての家事である。

 時おり、過ぎた冗談や戯れ、奴隷扱いに耐えなければならないとはいえ、自分の役割にブレはない。……いや、もちろんそれでいいんだけど―――。


 仁華はブラブラさせている足先に、二羽の軍鶏しゃもを眺めていた。宮廷貴族のなぐさみや、賭け事として催される闘鶏用の家禽。

 庶民の間では、ただの愛玩用、食肉用だったりもする。雄鶏を改良したこいつらは闘争心が強いはずだが、しつけられているのか、大人しい上に仲良しだ。


(家禽、……か)


 飛べない鳥。意味のない翼――……。


 実は、仁華に発現する人外の証は、砂猫の鉤爪だけではなかった。それがちゃんと機能するものであれば、もう少しマシな仕事ができたかもしれない。過酷な旅路を行く絵師の役に立てたかも――……。




 

 蒐の家からほど近い沢の対岸に、骨董品が玄関先にまで溢れ返っている古民家がある。仁華はここにお使いに来ていた。

 そして、今更ながら考え込んでいた。


 真澹村しんたんむらの家々は “壺宿こしゅく” と呼ばれている。元来は、仙人や精霊が住まう洞穴を示した。

 ようするに、俗世間から距離を置きたい、引きこもり勝ちな変人たちの巣窟というわけだが、うてなは真澹をお宝の山と見なしている。現に、蒐集家たちの情報力と所蔵品コレクションに目をつけ、売り買いに来る花人や、西原商人の密かな交流地となっている。


 悪用する目的でいる者との取引がないとは言い切れない。守衛・監視が必要だろうというわけで、送り込まれたのが蒐ではないかと囁かれてきた。

 いずれにしろ、やましいことがなければ、追い出そうとする必要もないから、皆、彼とは普通に接しているが―――。


 真澹しんたんでの闇取引の抑止力となることが、蒐に課せられた特殊任務で、本当はまだうてなに属している花人ならば、よく分からない点がいくつかある。

 蒐はなぜ、 “風景の蒐集家” という絵師の仮面を与えられたのか。しかも、わざわざ現地に赴いて自作するとあっては、真澹を長らく留守にしなければならない。いまひとつ、番人の用をなさないと思うのだ。



仁華ジンファちゃん」


 思考にかぶさってきたその声を、仁華は自分に対する呼びかけとは認識していなかった。

 先ほどから、背後で人の話し声が弾んでいたため、まだそれが続いているのだろうと思ったが、「仁華ちゃん?」と疑問符を付けられ、ようやく我に返った。


「ああ、要朗ようろうさん」


「ごめんね、放ったらかしにして。先客は仁華ちゃんだったのに」


「いえ、むしろ気を遣っていただいて……、すみません」


 癖の強い短髪に金縁の丸眼鏡、粗末な半褲はんこを履いた職人風の男が、傍らに胡坐した。

 彼の家は、蘆那珠アシナス王国という東扶桑ひがしふそう系の熱帯地域に多い造りだ。土間に入って左手が、客をもてなす骨董品の陳列場所になっている。奥が棕櫚竹しゅろちくと私室に囲まれた中庭になっており、諸霊を祭る廟と蔵、井戸などが集まっていた。人目につかない空間だ。


 仁華はここで独り、要朗を訪ねてきた西原商人が帰るのを待っていた。

 三月という時期にちなんで、名器・十二花神杯の一つ、桃花が絵付けされた器にお茶を貰い、冷えた指先を温めていた。

 仁華は西原商人が嫌いなのだ。石や羽の装飾品を髪に編み込み、象牙色の外套をまとったその姿を村の中で見かけるたび、用のない脇道に入ったり、背を向けたりする。

 茶器に書き入れられている詩はまったく読めなかったが、思考に耽る導入口となり、いい退屈しのぎになった。


「お前たちも、遊んでくれて、ありがとね」


 仁華は足回りを行ったり来たりしている軍鶏しゃもに、少しだけ笑いかけた。



「蒐に風鎮を頼まれたんだったよね」


 要朗は “割れ物” の蒐集家である。骨董品全般ではなく、割れる素材の繊細な美を求めるという……。やはり、仁華にはよく分からない人種であるが、彼は人当たりがいい。しかも、真澹の蒐集家の中でも謎めいている蒐のことに、比較的詳しいようだった。


「はい。今回は青く染付けした陶器に、鬱金色うこんいろの花結びがついたのがいいそうです。買い手の方の趣味だそうで」


「儲かってる? 最近」


「いえ、半年ぶりの収入です」


「だろうね……」


 朗らかに即答され、親友の商売下手をよく心得ている要朗は、苦笑を返した。


 仁華は普段、どこか不機嫌に見える顔つきか、そうでなければ幸薄い表情をしている少女だが、最近は嫌みのこもった笑みなら、すぐさま浮かべられるようになった。


「仁華ちゃん、強くなったよね」


「蒐師匠(せんせい)のお陰です」


「だね……」 


 要朗は苦笑に苦、だけ上乗せした。


「まぁ、一緒に暮らしてれば色々不満はあるだろうけど、蒐の風景画は一つ売れれば大金が手に入るからさ。気長に付き合ってやって?」


 仁華は正直、蒐のことがよく分からない。なぜ、拾い物の自分を傍に置くのか……。

 “師匠” と呼ばせてはいるものの、蒐に仁華を弟子とするつもりはなく、仁華自身も、今のところ希望していない。身の回りの世話をする使用人や助手が必要なら、もっと適した人間がいるはず。


 このまま、なんの知識も身に着けずに居候していていいのか。本当は何か、求められているんじゃないかという気持ちのモヤモヤは、焦りであり、不安でもある。


 真澹の蒐集家が扱う所蔵品、兼、商売品やその情報は、おおよそ普通ではない。神が支配した時代の “神器” にまで及ぶゆえに、素人がやたらには扱えない。

 仁華も、蒐の画に、宮廷画家が描いたもの以上の価値が宿っていることは分かっている。


 “越境画” と呼ばれているこれは、文字や画を操る神仙―――畵仙がせんが描いたものに匹敵するとして、一部高値で取引されている。

 文字通り、描かれているその土地に、越境という瞬間的空間移動ができる代物だ。界境を通らないため、時化霊トケビに受ける影響を気にする必要がない。

 使い方によっては、敵地に攻め込む手間を省けたりもできるわけで、蒐の場合は信用している人間の受注にしか応じないし、売り買いもしないと聞いている。



「ちなみに、どこへ移動できる越境画が売れたの?」


「え? ああ、売れたと言っても、身内にですよ」


「身内?」


 仁華はハッと、顧客情報を口走った自分に気づいて、けれども、そもそもは要朗に、その話をうかがいたくお使いを買って出たということもあり、やや躊躇いがちにだが打ち明けることにした。


「 “奥座衆おくざしゅうの花人” が来たんです。真昼間から平然と」


「?」


 要朗は一泊置いて、「ははは!」と笑い飛ばした。

 無駄に声を潜め、蒐の異常な性癖でも知ってしまったかのような仁華のおぞましい顔は、ある意味、傑作だった。彼らをなんだと思っているのか。


「そりゃあ、昼間にだって普通に来るさ。彼らはそもそも、野に暮らして人間の中に溶け込んでいるんだからね。というか、越境画目的なら、たぶん奥座衆くらいしか今まで訪ねてきたことないと思うよ?」


「そ…、そうなんですか?」


 え、それじゃあ――。


「あの人も、去年来た人も!? その前のお爺さんも…っ!?」


「いや、実際に見てないから、全部がそうだとは言い切れないけどぉ……」


 要朗は丸眼鏡の柄を押し上げ、米神をぽりぽりと掻く。

 蒐のもとを訪れてきたのは、正確に言うと “野守のもりの奥座衆” だろう。


「蒐はもともと、公向きの夜覇王樹壺セレンディアじゃなくて、 “奥庭おくにわ” っていう地下組織の花人だから…」


「地下組織?」


「あ、や、別に怪しい連中じゃなくて、むしろ、悪者を見つけだすのを主な仕事にしている花人の庭だよ」


「それって、やっぱり諜報員ってやつですか?」


「あ~とぉ…、俺が詳しく教えたってのは内緒ね?」


 要朗ははぐらかすように立ち上がった。ご所望の風鎮が余っていたか、確かめねば……。


「実は、一つ売れたので、また一つ、越境画を増やすために、旅に出るとか言い出したんですよ、蒐師匠」


 頻繁な越境が必要であるゆえに、手軽さを求む客は、彼の画に金を出せばいい。しかし、彼自身は少なくとも一度、自らの足でそこに赴かなければならない。当然ではないか、と突っ込みたくなるだろうが、奥座衆が接触してきた直後だ。越境画を描きに行くというのは口実で、なにか別の任務を背負っているのではないだろうか。


「任務――……、ねぇ……」


 要朗はそう考えていいものかどうか、分からないというように、追いすがってくる仁華の声を受けながら呟いた。

 蒐がなぜ真澹に滞在し、風景の蒐集家を名乗ることにしたか――、 “回国する花人” になる必要があったのか。

 彼が背負ってきたものを、仁華はまだ知らされていないらしい――……。



「訪ねてきた奥座衆は、次に画にして欲しい場所の話とかしてたー?」


 蒐はどこに行くというのだ。


 店の陳列棚の方から声を張ってくる要朗に対し、仁華は不安顔をうつむけた。


「分かりません。でも、筆頭様絡みだとしたら、ちょっと心配というかぁ……」


 筆頭様か。確かに、彼の捜索を蒐が手伝っていたことは知っている。



*――足抜きなんかするはずがない。

   あの人は、誰よりも耐え忍ぶ性格だった……



 越境画として、蒐が溜め込んできた穹海山原、各界国の風景は今や数百に上る。壺中天に秘蔵しているものを含めれば、一千近くはあるかもしれない。

 だが、そのすべてを駆使し、何度往来して捜しても、蒐が大樹として頼ってきた主は見つからないまま、二年が過ぎた――。


 奥庭は鎮樹王将と呼ばれる大黒柱を失って、元来、彼を退位させたく思っていた連中に、荒らしかけられていると聞く。

 果たして、一日でも早い城主の帰還を望むがゆえの、再捜索以来か……? 何か進展があったのだろうか。


 それとも、()()()に関する、進展だろうか―――?




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