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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 序鐘 ◇ 月下の対峙 ――――――
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◍ 鬼魅の森


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     |



「…ォォォぉぉおおおおおお――――……ッッッ!!!」



 語尾が絶叫に変わってから数十秒後。

 鬱蒼(うっそう)とした森を打ち抜いている黒い湖面が、大口を開けて待っているド真ん中に、嘉壱は派手な水柱を上げて墜落


 と、思いきや


「ぅぉおわわわわ…っッ⁉」


 寸前で妙な空気抵抗を受け、水面をえぐりながら、ぐんぐんと岸に迫っていく。

 (つばめ)さながらの超低空飛行の末、投げられた石ころのように水を切って切って、飛ぶかっ!? と見せかけての超高速連続でんぐり返しを披露し





 気づけば、ずぶ濡れで座り込んでいた…………。



「~~~…っ」


 怒りに震え上がった嘉壱は、ガバっと後ろに腰をひねった。


皐月さつきぃっッ!!」


 不時着したのは月を頂く絶壁の真下だ。湖岸の手前には紅葉もみじの巨木が根ざした島があり、周辺の岩場に、大量の紅い葉が舞い散っている。

 幾重にも棚引くその下枝の闇から、生木を踏む音が聞こえてくる。


「てッめぇ~~ッ、どうしてくれんだこの様あァーっッ‼」


 本当ならどついてやりたいところだが、紅葉の雲霞をやっとのことで潜り抜けてきた少年は、木の葉まみれの襟足を痛そうにさすっていた。



「ハ――? 俺のせいじゃないでしょ」




 



       ――――【 ムカつく謎の美少年 】――――




「…っ~~~……」


 わけあって、自力ではどうすることも出来なかった嘉壱は、プイっと腰をひねり戻すしかなかった。


「~~……まぁ、死なずに済んだだけマシだとは思ってやるけどよッ。界境の暗闇は、なんでも時化(とか)して “化け物” にしちまうんだぜッ?」


 近頃の華瓊楽カヌラ国は、産霊(ムスビ)の力が弱まってるせいか、その “時化(とけ)る” 作用のせいで、無駄に出入り口が増えている。

 どんな見当違いな場所に転がり出ることになっても、機転よく対処できるという前提で、整備されていない抜け穴を利用することは日常茶飯事とはいえ、さすがにとんでもない位置から吐き出されてしまった。


「普通の人間だったら、マジで今ごろ~…」


「あの世行き――でしょ? でも、俺にとっては “ここ” も、似たようなもんなんだけど」


 かったるそうに端折られ、嘉壱は内心で舌打ちした。



 この少年の名は “須藤皐月(すどうさつき)” ――。

 今のところ確かなのは、超文明社会の超最先端育ちということくらいだ。

 十代半ばの少年少女が通う高校とやらの学問所で勉学に勤しむ身だが、何処にいても浮いてしまうらしく、嘉壱がそんな彼の暮らしぶりを垣間見たのも、ごく最近の話。


 協調性ゼロ、デリカシーゼロ、やる気ゼロの色白猫背野郎なのに、いわゆる眉目秀麗。黒髪が似合う超絶美形男子で、とにかく――ムカつく奴には違いない……。



「んだよッ。四六時中寝ぼけ面な割に、記憶力はいいみてぇだなぁッ」


「この間も同じこと聞いたし。どうせなら理解力がいいって言ってくれる? ()()()()が講師だった割りには」


 誰かさん――嘉壱はいまいましげに膝を押して立ち上がった。


 気持ちを切りかえて辺りの様子をうかがうが、森は冷えきった空気を満たし、沈黙している。

 すべてが無表情な地上にくらべ、夜空はまるで別世界のように、星ひとつひとつの距離を感じるほどに深い。

 天空の薄雲を突きやぶる巨大な奇岩群が、夜目にも黒い影を落として、不気味な威圧感を放っている。


 あれらの頂には少し前に、斉団峡(さいとんきょう)の風の主である羊頭翼(ヨダク)の群れが棲みついたらしく、近隣の村から、山羊や鶏などの家畜を狙われる被害報告が相次いでいるという。

 尾は三又に分かれ、蜥蜴(とかげ)の皮に覆われており、頭は羊。眼球は赤く、瞳は縦に裂け、餓鬼(がき)の胴体を持つ。

 その筋張った翼は蝙蝠(こうもり)のものに似ている反面、暗いところが苦手な鳥目ゆえ、

 


(奴らに見つかる心配はねぇはずだけど――……、暗婁森(アンファール)の南側か。 “鬼魅(きみ)の森” の中でも、ここは特に、魔窟の多いポイントだったな)




*――お前にひとつ、頼みたいことがある……




 またしても、忘れるなと釘を刺すように、 “鬼上司” の声が鼓膜の内奥からよみがえってきた。

 懸念を抱きながらも顔にはださず、嘉壱はハタと左横を見た。気がつくと、皐月が何食わぬ顔で肩を並べている。


「なんだ? お前」


 界境を越える前までは、襟足すら結べない長さだったその髪が、濃い墨の伝い落ちる勢いでぐんぐんと伸び、今ようやく腰下で止まった。


 嘉壱の髪は、肩につく程度の長さのまま伸びてこないが、穴から放り出される前のキャラメル色から、やや色素が薄くなって金髪に近くなっていた。

 瞳は茶褐色から、南国の遠浅の海を思わせるライトシアンへと変色している。


 一方の皐月は何処へ行っても、ありふれた黒眼(こくがん)に黒髪という、常人の様相と聞く。

 髪が伸びたのは、頭髪に “時化霊(トケビ)” の影響を受けやすい体質だからであって、特殊な人間である印ではない。摩訶不思議ではあるが、注目したのは服装だった。


 皐月は思春期の割に、まったくと言ってしゃれっ気がなく、黒っぽい半袖のスポーツウェアを羽織り、両ポケットに手を突っ込んだ格好のまま、ぼへーっと突っ立っているのだ。



「そういえば、こっちで着る服は? まだ持ってないんだっけか」


「必要ないでしょ。お前らと関わるのも今回で…」


「ラストになればいいけどよ? なんだかんだ言って二度目だぞ、お前。二度あることは、三度あるって言うだろ」


 あきれ気味の嘉壱は、白地のプリントTシャツに、カーキ色のカーゴパンツをはき、ゴシック系のブレスレットまでしていたが――、


 それらの装いは、清楚な芳香を放つ桜のような花弁を噴いて、徐々に別物へと形を変えてきている。


 夜中のコンビニにたむろしているような今時の様相から一転、見事な花筏(はないかだ)を膝まわりに漂わせ、軍靴を履いた武人に変化し、嘉壱は嫌な思い出があるように湖心を眺めやった。


「俺みてぇに、ちゃっちゃと衣装替えできねぇのかよ」


「……」


「この辺りは盆地だから、特に冷え込むだろうしぃ……、今日のところは、俺の上着でも羽織っとくか? とりあえず」


 仕方ねぇな~、と大げさにぼやいてやりながら、脱いだ上着を差し出した嘉壱だが、見事にスルーされた。


「おいッ!」


「なんか汚いからヤダ」

 

「ここでそう来るか普通ッ!? イヤならいいよッ、お前はそのムダに長い髪の毛でも首に巻いてろ菊人形野郎っッ! ひとがせっかく…、って聞いてんのかコラあああーーっッ!!」


 さっさと岸へ向かいだす背中は、聞いてないと言っている。


「ガイドを置いていけると思ってんのかっ!?」


「別に頼んでないし。 “あの人” が呼んでるんでしょ? 一刻を争う緊急事態だって」


「そうだけどよぉッ」


「――?」


 皐月がふと、水面に映っている自分の影を見つめた。

 突然プラグを抜かれたロボットのように動かなくなった彼に、嫌な予感がした嘉壱も、自分の膝頭で揺れている水面を見下ろす。


「皐月…ッ!」


「なに? “このあぶく” 」


「バカッ! ボケっとしてんじゃねぇ!」


 言うが早いか、ザバザバと水を蹴って、皐月の背を追い越したが


「ッ…!」


 突如、行く手を阻むように、背丈を超える水柱が上がった。あっという間に辺り一帯を同じ現象で囲われ、嘉壱は背中をあずける格好となった皐月を一瞥し、歯噛みする。


「いいか――? 何が出てきても、ビビんじゃねぇぞ。俺は今回、一切助太刀できねぇんだからな」


「ハ?」


「さっきここに落ちてくる途中言ったろっ!? “白花(びゃっか)” を忘れちまったから、今日は全部お前に任すしかないって!」


「ああ」


 皐月は首肯ではなく、思い出したような返事をして半眼になった。


「忘れたっていうかー…、さっき公衆トイレで使い切っちゃったんでしょ? 消臭剤代わりに」


「!? そっ…」


(そんなことに使うわけねぇだろっ!! 確かに、いい匂いがするもんだけど…っッ)

 内心では歯を剥きつつ、嘉壱はぎゅっと目をつむってプライドをかなぐり捨てた。


「そおだよおっッ! でなきゃこのオレ様が、デキの悪い新米のお前に頼って、こんなところに無様な不時着なんかするはずが…っ」 


「……。」


「とにかくッ! 頼むから気ぃ引き締めていけよ…っ!?」


 ふざけたことを言っているようだが、からかっているつもりなどない。


「うぉお…ッ!?」


 次の瞬間、肝試しのセットにビビったような声を上げて、嘉壱は振り返った格好の皐月を残し、忽然(こつぜん)と姿を消すことになった。




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