表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
 越境画師・蒐【 秘密の匂わせ裏話1 】
69/197

◍ 迷える年頃の猫娘


 啓蟄けいちつ。冬篭りしていた虫たちが、目覚め出す頃――。


 山襞やまひだの合間を蛇行している沢は、ところどころ渡れるようになっていて、人や獣の往来も活気づいてきている。

 頭上には索道が交錯し、山菜などを詰めた籠を滑車に取り付けて送りあうこともできる、なかなか便利なところであった。


 真澹しんたんという仙境のようなこの渓谷に、蒐集家たちの村がある。




 ――* * *――






 ふと、鼻先に紅い花弁が散り落ちてきて、立ち止まっていた仁華ジンファは視線を上げた。

 朝日が射した山肌に、紅梅の点描が見られる。日陰で湿っぽい蒼湶祠そうせんぼこらの敷地にいるため、余計に輝かしく、貴重な温かみに感じられた。

 梅の次は桃花が盛りを迎える。そうなると、今は小さな柳の芽も本格的に吹き始め、春の色と香りを濃密にしていく。




 *――うてなを思い出すなぁ……



 紅い飛花を浴びていると、最近耳にした、懐かしそうな呟きがよみがえってきた。


 そろそろ雀が囀りはじめてもいい時刻だが、今朝は冷え込んでいるせいか、まだなんの気配もない。


 つい、物思いに耽ってしまい、近くの滝の音を聞いているうちに首回りが寒くなった仁華ジンファは、身震いして急ぎ足となった。

 その両手で持つ大きめの籠からは、ぐちゃぐちゃに押し込まれている着物の袖やら、裾やらが垂れている。







          ――――【 象徴の鳥 】――――



 石階段を下ったところで、風を切る黒っぽい影とすれ違い、思わず振り返った。

 燕だ。この先にある洞窟から、飛び出してきたらしい―――。



「あら、野良のらちゃん。おはよう。早いわねぇ」


 起き抜けの遊女のような隣人にも遭遇した。


「野良じゃないです仁華ジンファです。お早うございます。綾羅りょうらさんも珍しく早いですね。顔を洗いに来たんですか?」


「そういう仁華ちゃんのそれは――?」


 綾羅はいつもの如く、興味深そうに笑う。脂粉が香ってきそうな緋の衣から、白く豊満な四肢を見せつけるように。


 彼女は古着や端切はぎれの蒐集家だ。正確に言うと、そこに籠っている “情念” を集めているため、やはり、なかなかの変わり者であった。


「もしかして “あいつ” の下着?」


 唇を吊り上げて笑われ、仁華はため息交じりに、ドサッと籠を置いて返した。


「寝巻と敷物です。師匠せんせい、昨日から風邪引いてて…」


「鬼でも風邪ひくんだねぇ。毛布代わりに添い寝でもしてやったらどう?」


「こんな神聖な空気に満ちた場所で、よくそんな冗談が言えますね」



 仁華が “野良” と呼ばれたのは、そもそもが野良猫のような余所者だったからだ。

 人外との混血――いわゆる脈持児みゃくじご

 ところどころ目に付く仁華の特徴は、西原の砂漠に生息している、砂猫のそれを思わせる。

 山姥のような乱髪だが、正面から見ると十五、六の生意気な小娘。

 前髪の一房が白茶けた金色で、その下からのぞく瞳ははしばみ色。

 誰彼かまわず睨みつける豪胆。口の利き方も、はじめは今よりずっと悪かった。



「頭に耳が生えてりゃあ、そんな目つきでも、多少はかわいく見えるのに。ホント残念」


「私に生えるのは、一瞬で窓帳カーテンをズタズタに引き裂ける鉤爪だけ。毛布や抱き枕代わりに差し出せる毛皮も、尻尾もありませんよ」


 水がないところで育った砂猫の遺伝子のせいか、雨が苦手なのに、滝行をさせられているような姿でいたところを哀れまれ、気が付いたら真澹しんたんで暮らすことになっていた。

 正確には、事あるごとに “命の恩人を自称する男の奴隷として” である。


 仁華は自分に大した異能がないことを早口で並べ立て、少しムッとして黙った。

 それは、獣扱いされた腹立たしさからではなく―――、



 役立たずだということを、最近、頻繁に意識するようになったからであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ