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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 終鐘 ◇ 本性 ――――――
67/194

◍ 終わり良ければ全て良し…とならなかったら、どうする


 目が覚めたら、それなりの説明をしてやる必要があるだろうと思ってはいた。

 結局、何がどうなったのか。自分が眠っている間に、どれくらいの時が経ったのか――……。


 いや、それよりもまず知りたがられるのは、皆の安否だろうな。

 お前以外無事だと答えると、「なら、何も問題はない」という顔をされるから、いつも握り拳を震わせて怒号を上げる羽目になる。


 飛叉弥は今回もそんな自分を想像して、憫笑を浮かべる数日を過ごした。

 昔と何一つ変わっていない。どれほどの時が経ったとしても、おそらく、自分たちは何も変わらない。皐月が何も覚えていないとしても――……。


 何も知らないくせにと突き放されても、それでも、俺だけは知っていると言ってやりたいんだ。

 そして、皐月が自分を見失いかけるたび、何者か分からなくなるたびに、向き合って教えてやりたい。鏡合わせとなって――……。



 そう思ってはいたが、五日目――、パチリと目覚めた皐月の第一声は、飛叉弥に大変なショックを与えたのだった。



 *――あんた誰


 *――ウソだろ…っッ!?




 本当に勘弁してほしい……。









         ――――【 鳴り響く鐘の音 】――――



 李彌殷リヴィアンの街並みの一部は建て直しが必要だが、さっそく大工が腕を振るい、後片付けが進んでいる。結局、何がどうなったかと言うと、こうなった―――。



「おい、いつまでそうしてるつもりだよ……」


 嘉壱はとある蟄仙洞ちっせんどうの前で呆れていた。

 李彌殷リヴィアン襲撃から五日が経った。四世広場の鐘がゆっくりと打ち鳴らされ、正午を報せている。

 「おお」と歓声のようなものも上がって聞こえた。鳩の羽ばたきにまで、いつもより感慨深く耳を澄ます人々がいるのは、鐘楼が焼け落ちかけて修復中だったため。割と早い復活なので、感嘆の声でもあると思う。

 

 こいつもある意味、感嘆ものだ。散々ひとを心配させた割に、たった五日で回復しやがった……。


「いい加減、出て来いっての」


 やっと摩天に帰れる運びとなったのに、当の本人の耳には、この明るい鐘の音が、沈鬱な梵鐘にしか聞こえていないのかもしれない。

 救世主様と崇められるほどではないものの、一応、魔の手から少女を救う活躍を見せた皐月だが、心理的には指名手配犯同然になっていると思われる。

 どうやら、様々なものを破壊した自覚があるらしい。そういえば、群衆の中にいることに耐えられないとも聞いた。榕樹ガジュマルの根が形作っている卵型の穴に、すっぽり背を向けてハマっている……。


「道に人がいっぱい。怖い……」 


「ハ?」 


 地獄耳だが、耳穴をほじっていてよく聞こえなかった嘉壱は、いら立たし気に片眉をつり上げた。

 皐月について分かったことが一つ。彼は大人びている反面、時おり極端に子供っぽいことを言う。


「だって、広場周辺は城隍祭じょうこうさいとかいう祭で、大賑わいなんでしょ……?」


「大賑わいってほどじゃねぇよ。火災の後だからな」


 本来より規模は縮小された。誕生日がそれぞれ違うのは神の世界も同じで、李彌殷リヴィアンの都城隍は五月生まれ。元来、水路を司る農耕神であることも手伝って、都城隍の誕生祭は豊作祈願のような意味合いもある。


 今回は大変な災厄に見舞われた半面、信じられないことに、一人も死人は出ておらず、反って何もしないのはどうかと疑問視する声があり、結局、感謝を示すお供え物に関しては、例年よりもてんこ盛りになっていた。

 生花や果物類はもちろん、異界国の神々や偉人の霊も合祭されているため、麺麭パン、卵、焼き鳥まで、各神霊に適した種々雑多な物が捧げられている。


 ちなみに、蔓垂河まんすいがで最初に起こった爆発は、襲撃とタイミングが重なっただけの、まったく関係ない事故だった。

 城隍祭の締めに使われるはずだった、大量の爆竹と花火。今年は手違いがあり、準備が遅れていた。最速で運べる船での運搬に頼って、なんとか間に合いそうだと気を抜いた業者が、あろうことか、そこで我慢していた一服をしたそうだ。その煙草を取り落としたことが原因だったが、爆発の直前に河へ飛び込んだため、彼も無事だったらしい。



「よかったね……」


「お前も、もしかして五月生まれか? だから “皐月” って名前なのか」


「俺、十二月生まれ……」


「なんで?」


「なんでって言われてもね。……」


「もういいから出て来いよぉッ。待ってるぞ? お前のこと!」


 嘉壱は腕まくりをして、世にも珍しい黒眼を宿す花人を掘り起こしに取り掛かった。


 皐月は、むぎゅぅ~~~ッと、長い後ろ髪を引っ張られているのに、痛がるどころかびくともしない。


「誰も俺のことなんか待ってない。もう救世主とか呼ばないで。鼻で笑われるから」


「お前だろうが鼻で笑ってるのはッ。いや、終始お前だわっッ。振り返ってみるとッ!!」


「正義の味方とか笑えるじゃん。他人ひとってのはね、そう都合よく助けに来てくれるもんじゃないんだよ。困っている人がいたら助けましょうってのは理想だからね? 正義が勝つとは限らない。見て見ぬふりして、逃げるが勝ちって言うだろ」


「言わねぇよッ。お前の人生に一体何があったんだよお! この捻くれ野郎っ!」





 あれから五日―――。



 李彌殷リヴィアンの都は、少しずつだが日常を取り戻そうとしている。

 街路の所々では、軽快に杭を打ち込む金槌(かなづち)の音や、威勢のいい掛け声が響き渡っている。残念ながら、火事場泥棒は多発してしまったようで、 “瓦市がいし” と呼ばれる不法な市場では、いつにも増して盛んな交渉がされていた。

 だが、その分、邏衛士たちの眼も光っている。瓦市の商売人は、瓦のように品物を寄せ集め、散る時は一瞬で四散する連中であるが、逃がしはしないだろう。


「待てえええぇっッ!」


 今日も元気な探勲タムクンらしい静止の声が上がっている。

 その騒ぎを振り向いている通行人たちと違い、彼らの方を、あえて見ないようにしながら、四世広場まで引きずり出された皐月は呟いた。



     |

     |

     |

   


「……確か、 “お前にはなんの罪もない” って言ったよねぇ」


「言ったけか?」


 とぼけるな。「全部俺が悪い」と自白したのを確かに聞いた。だから、疑いを抱きながらも、熟睡したってのに。



「なんだよこの請求書…ッッッ」



 顔面にたたきつけられてきた紙面の陰で、飛叉弥は肩を震わせながら、必死に笑いを噛み殺す。


「お前に諸々破壊されたと主張する多方面から届いた。ちょっとした土産のつもりで、快く受け取って帰れ」


「なんでッ。俺は何も知らないッ」


「ほれ。またそうやって現実から逃げようとする。いかんなぁ。責任逃れしようとするなんて、花人として以前に、人間としてどうかと思うぞ」


「人でなしのあんたに言われたくないんだよ…ッ」


 誰だって、こんな請求金額を目の当たりにしたら、夢だと思いたくなる。

 皐月の主張はもっともだ。呵呵大笑している飛叉弥の背に、嘉壱は物言いたげな視線を送っていた。


 九百六十万金瑦(クオル)。摩天の金額にして、百二十万円だそうだ……。


 皐月は、請求書をぐしゃりと握りつぶして振り上げた。

 剛速球にして投げ捨てようとしたが、その先に、幼気いたいけな二匹の木鼠を発見してしまい、口を引き結んで止めた。

 

「おっやぶ~ん!」


 人波を一つ挟んだ向こうで、青丸としゅんが交互に、ぴょーん、ぴょーんと飛び跳ねている。ついてきたらしい果物売りの老爺が、こちらに軽く手をあげて微笑みかけてくる。この国にきて、様々な人と出会った。

 特に彼女には、色々と世話になった――……。



「さ…っ、……皐月、おにぃ……、――……」


 燦寿に手を引かれながらも、隠れるように身を引っ込めた少女は、何か言おうとしているが、言葉が喉の奥につかえて出てこないようだ。


「おにー……鬼?」


「ち…、違う違うっ! さ…」


「呼び捨てでいいよ」


「――…………、皐月…。あっ…、あの…」


 分かっている。皐月は微苦笑を漏らした。


「ひいな――……」


 大儀そうにしゃがみ込むと、ちょいちょいと手招きをした。ひいなは信じがたい光景でも見たかのように、言葉をなくした。

 じわじわと滲み出てきたものが、胸の真ん中を浸していく。

 口を、歪めて行く。



 *――おいで、ひいな――……



 ぼやけてゆく少年の姿に、懐かしい人の姿が重なった。

 顔をくしゃくしゃにしたひいなは、たまらずに地を蹴った。

 勢いよく胸元に飛び込んできた彼女に、皐月は少し驚いたが、あえて何も言わずに抱き上げてやった。


 鐘の音、飛び立つ鳩の羽音、助け合いの笑い声に平穏を味わっていた人々が振り返るほどの泣き声が、青空に向かって上がった。だが、それは花弁が一斉に吹くような、きらきらと瑞々しい響きだった――……。


「…ケガっ、させちゃってごめ…、…っな…さい!」


 ごめんなさい――……。



 嗚咽をもらす背中を見つめてから、皐月は目を閉じて苦笑した。


「お前は何も悪くない。気にしなくていい」


「だって…っ」


「なにも悪くない。その証拠に、俺をかばってくれただろ?」

 

 お前は善い人間だ。いいか?



「それでも、人ってのは、あまり眼が良い生き物じゃない――……」




 本当のことを知ろうとする力も、その人にとって、生きていくために必要なくらいじゃなきゃ、そうは強くならない。

 この世界は人と鬼、善と悪が境を失っている。よほどの眼力がなければ、見つけ出すことも、見定めることも難しい。


「迷い人には余計に――……」


 だから、自分のためにはできないと言うのなら、いっそ、俺のためだと思って。


「お前は悪者じゃないんだから」





 胸を張って、堂々として見せてくれ―――……。



 


 二人の様子を、少し離れて見ていた飛叉弥は、皐月の何気ない台詞を味わい、ゆっくりと瞼を閉ざして微笑した。


「あ、そうだ」


 と、ジーンズの後ろポケットをあさりだした皐月に、ひいなは赤く腫れた目を瞬かせた。


「ほら。お前が作ってくれた髪紐」


 なくさずに、ちゃんとしまっておいたんだ。


「……――これ」


 見つめ返してくるひいなに、皐月は穏やかな眼差しで肯定を示した。

 その背景には雲一つなく、果てしない蒼穹が、鮮やかに広がっている。


 ひいなは、照れくささを弾き飛ばすように、心から笑った。



「結んであげる――……っ!」



 


   ×     ×     ×






「…帰るようね」


 とある楼閣の屋根上――。

 真下の人通りを見下ろしている薫子が、抑揚にかけた声音で呟いた。


「……案外、いい奴なのかなぁ」


「どうだか」


 満帆の何気ない見解を、啓は否定とも取れる刺々しい口調で突っぱねる。

 もし、あいつが仮に、理解ある人間であったとしても。


「分からないよ……」


 飛叉弥と自分たちが、今までどんな思いをしてきたのか。 “人にして人にあら不” という過酷な現実と、実際に戦ってきた自分たちの心中など―――。


「奴には、想像も出来ないだろう」


 腹の底に響くような柴の一言には、有無を言わさない雰囲気が蔵されていた。

 皐月が今回、この国で知ったことは、まだ、あるかなしかの程でしかない。



 罪人と蔑まれるだけで済むほど、単純ではない。それが “花人” の真の歴史だ。



 勇は仲間たちの見解を、終始黙って聞いていた。

 白く反射している眼鏡の下から覗いた藍色の瞳に映る、まだ十七歳の少年。



「 “須藤皐月(すどうさつき)” ―――か……」




 意味深な響きを吹き払い、青葉を舞い上がらせる瑞々しい風。

 前途はまだまだひらけてこないが、彼ら花人が見下ろす李彌殷リヴィアンの王都は少なくとも、



 五日ぶりの五月らしい晴天の下に、燦々と輝いていた―――。







 

              *   *   *













 そろそろ、鐘の音が聞こえる頃だろう―――。






   *





 また、新たな鐘の音だ。



 ―――あれから、四ヶ月が過ぎた。話を戻そう。


 摩天の季節は、睡蓮の彩り鮮やかな七月を迎えたが、かの異界国は、秋色に染まり始めていた。



 本当の物語は、ここから始まる―――。

 幼馴染宅で催された焼肉パーティのご相伴に、さぁあずかろうと箸をにぎった時だった。御馳走きらびやかなテーブル前から強制連行させられ、湖に棲む化け物退治を強いられた末にたどり着いた、本日、二回目の華瓊楽(カヌラ)国王都・李彌殷リヴィアン


 なんでも、 “お国に関わる大事!! ” ……が待ち構えているらしいのだが、詳細は例のごとく、一切明かされていない―――。




     |

     |

     |

   



「ご到着だ」


 一足先に石段を上りきった嘉壱が、萌神荘の門を潜った。彼が親指で示す背後から、一歩一歩と踏みしめるようにやってくる気配に、待っていた飛叉弥が口端をつり上げる。 



 《 それは、限りなき暗黒の果てにあり――…… 》



 この物語は、泥沼のような闇の底―――あるいは、地獄の最果てと言っても過言ではない極地において、壮絶な戦いを繰り広げ、耐え忍んだ(つわもの)たちのすべて。

 彼らははじめ哀れまれ、恐れられ、後に讃えられる存在となり、 “花人(はなびと)” と称された。


 そして――……。



 足音が近づいてくる。



 《 その切っ掛けとなった人物の名を、 “須藤皐月(すどうさつき)” と言った――…… 》



 ようよう最後の一段を踏みしめた少年は、ため息まじりに、楼門の下の暗がりから歩み出てきた。

 人は、彼の瞳の色を “はじまりの色” と言い表す。夜明け前の澄み渡った天空。そう、今まさに明るみ始めた、この空のようだと――……。



「久しぶりだな」


 にやりと歯を見せて出迎えた飛叉弥に、皐月も口端をつり上げた。



 じきに夜が明ける。破滅と再生をかけた幕が――、



 もう二度と、暁光(ぎょうこう)を見ることはないと思われた(とばり)の中で、




 閉ざされてきた、その、異色とされる目が――――――――、




 開く。





 それで?




「今日は、何の用だ―――?」







                          【 END 】




 〔 あとがき 〕



 説明文地獄の【幕1】をお読みくださった方へ……。

 まずは何よりもお礼を!

 本当にありがとうございました! 

 この半年間、

 わずかでも皆さんの目に触れる物語であったなら、

 作者はうれしく思います。


 というのも……。

 この物語は、作者が十三歳の頃に書き始めた、 “自分を客観視するため” の一種のアイテムでして。実は純粋に小説を書いてきた人間ではないです。




 物語を書く行為は、作者にとって、人形遊びのようなものです。

 (↑ヤバい人…、ではないつもりです)

 複数の登場人物を通して、様々な立場を疑似体験するのに利用していました。

 自己分析に役立てたり、他人の心情を想像したり。

 見えにくい部分を “見える化” できたら、

 その時点で用済み(完結)としてきました。



 【 はじめに 】で予告させて頂いた通り、こんなスタンスで書いてきた物語なので、いつかは、埋められない場面が出てきて、未完に終わる可能性が高い。恋愛・戦闘シーンも少ない……。



 ですが、読んで来てくださった方、

 また読もうと思ってくださる方がいましたら、心から感謝です。

 【幕2】も気が向いたら、のぞいてみて下さい。

 それでは。



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