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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 終鐘 ◇ 本性 ――――――
64/197

◍ 天と地が混ざり合うは即ち……


 神々にすがられた初代畵仙(がせん)は、月を再び一つの大岩にまとめあげ、この中に盤巧ばんこうという神を宿した。

 重く穢れたものを沈め、軽く清らかなものを浮かす四生界を切り開かせ、力尽きた盤巧神の体から、新たな基盤となる様々なものが生まれた。


 頂上の盤臺峰ばんだいほうに罪なき神々が住まい、月夜神をだましていた神々は、黄塵獄という作物の育たない黒岩だらけの底辺に落とされた。


 畵仙は月夜神と共に、花木の神の特徴を受け継ぎながら、新世界を支えるにふさわしい巨樹・夜覇王樹やはおうじゅを生み出した。

 しかし、月夜神は泣き止まない。息子の夜覇王樹を枯らさないためだという。


 夜覇王樹は屈強な子に育った。畵仙が造った常磐の杯を掲げ、涙を受け止める。こうして天海あまみという天空の湖ができたが、あふれ出て、雲が広がり、八雲原やくもばらと呼ばれるようになった。下界はこれに閉ざされた。


 夜覇王樹は、地獄の常夜にも根付けるたくましいさを具え、はじまりの花木に似た、美しい花と沢山の実をつけながら、棘に覆われた厳めしい姿をとるようになった。


 黄塵獄から這い上がれない者たちは、果実に手が届かず、弱肉強食の世界で喘ぐこととなった。棘は彼らに、己を知ることを促した。


 そして、夜覇王樹は黄塵獄というこの下界で、短い生死を遂げる運命となった者らの血肉を糧とし、月夜神に代わって罰を与えながら、天柱地維として立ち続けた―――。





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     :






 こうなることは分かっていた。


「皐月ッ!!」


 遅いんだよ。来るのが―――。

 皐月は文句を投げつけるのも億劫だった。



《 そんなに死にたいのか…… 》



 頭の中にいる誰かに、昼間、自分が蛞茄蝓カナムに向けたのと同じ問いかけをされた。



《 お前はどうなんだ? 》



 自分ではない誰かが返した。聞いたことがない声だ。



《 私がいなくなったら、しばらく雨は降らなくなる。喉が渇いてしまうだろう……? 》



 誰だか分からないが、心配げなその声は人間でない気がする。井戸の底から語り掛けてくるような、深い響きを感じる。



《 お前は、眼下の友を救いたいのだろう。躊躇いなど抱くな 》



 そう鼻で笑い、一蹴する声は誰かに似ているが――……、思考にもやがかかってしまい、つかめそうでつかめない。その向こう側にいる人物ということだけしか分からない。



《 ああ。だが、お前にとっては救う価値のない者たちではなかったのか? 》


《 苦しんでいるほとんどは、元来、……いたかった者たちだ。真に罰を与えたい者らは、地獄に落と……もなお、しぶとく生き延び…いる…… 》



 よく聞こえない。

 よく見えない。



《 ならば、 “これ” をやろう…… 》



 これを、お前に。



 天と地が混ざり合う。善と悪は境を失う。だから―――……



 これは、お前の “眼” を…




「すまん―――……っ」



 急にはっきり聞こえた肉声。皐月は雨で目元に張り付いていた黒髪を、はっと浮かせた。

 現実と悪夢と、これまでにない “新たな幻覚” が混ざり合い、五感を支配されていたことに気づいた。

 気づいたら―――、自分とそっくりな男が眉間を震わせていた。抱き合わせていた体をおもむろに離して。


 なんて情けない顔だ。白獅子の威厳を放つ髪が、雨に打たれ過ぎて、しおれたようになっているではないか。


「全部俺が悪い…っ」


 両肩をつかんでいる手が、かじかんだように震えている。


「お前を犠牲にするのがたまらなく嫌で、なのに俺は…っ」


 お前に “あれ” を宿した。


「お前には、なんの罪もない――……っ。……」


「――…………」


 何を言われているのかよく分からないが、本当にそうだろうかと疑う自分がいて、皐月はのろのろと視線を落とした。

 何を罪として憎み、何を善悪と名付け、それは誰を、どこまで――……苦しめるのだろう。

 いつまで、向き合えばいいのだろう。

 何かを約束した記憶だけが沢山ある。ありすぎて、余計にわけが分からなくなってきた。


 八年前にも同じようなことが起こった。

 怒りを鎮めたつもりでも、霊応の暴走は止まらなかった。誰何すいかの声に応える者もなく、あきらめた自分は、足先にきらめいていたガラス片をつかみ取った。藁をもすがる思いで―――。


 いつだったか、出血を伴う怪我をした時の感覚で知った。自分の中に巡る異常な力は、血を流せば消耗されるのだと。

 そうしなければ火は消えない。意識を断つほど捧げる以外、雨を降らす術がない。自分がやるしかない。



《 誰のために……? 》



 分からない。だが、満足して、この定めから解放してくれるだろう、誰かのためだ――……。





「ひいなっ! くそ…ッ!」


 柄にもなくしみったれている自分を叱咤しったして、飛蓮フェイレンは前髪の生え際を掻きむしった。不甲斐ないことこの上ないが、今は打ちひしがれている場合ではない。


 ひいなを引き受けようとする彼に、皐月は苦笑をこぼした。


「大丈夫……、なんとか……、守った」


「じゃあもういいっッ! 手を放せ…ッ!」


 剣と化しているひいなの爪を、なおも食い込ませようとする腕をつかみ上げ、飛蓮フェイレンは叱責を浴びせた。


「皐月ッ!! さつ…」


 おいッ!! という怒鳴り声が、遠く聞こえる。

 今度こそ倒れこもうとしたが阻止され、皐月は内心で舌打ちした。

 前髪の隙間から、必死に何かを叫んでいる口元が見える。邪魔……。どうせなら星空を見たい。


 九天から、花が舞い落ちてくるのを―――。



 り…うが―――……っッ!!


「こっちを見ろ…ッ!!」


 ああ、それ。その声。その呼びかけも知ってる。

 そんなに揺すらないでくれ。ようやく、眠れそうなのだから――……。




 螺鈿の光彩を淀ませていた瞳に、黒い帳が下りてくる。

 破壊神の目が、人間のそれに戻っていく。


 ついでに白い瞼も下ろし、蝋燭の灯のようになってきた意識を、皐月はふっと吹き消すように闇に落とした―――。





 〔 読み解き案内人の呟き 〕


【 桂男 】とは……


 月に住むという伝説の住人。美男、または妖怪のこと。

 罪を犯し、月に配流され、不死の木を伐採し続けた。

 経緯には複数の説がある。『呉剛伐桂』


 ちなみに、 “月を失った世界が大変なことになった” と書きましたが、

 生命環境だけでなく、一日は二十四時間。などの常識も崩壊……。

 実際、大変なことになるそうな。




(2021.10.08 投稿内容と同じ。長文だったため、2022.01.18 分割)


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