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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 序鐘 ◇ 月下の対峙 ――――――
6/194

◍ ただいま救世主を連行中


     :

     :

     :

     *



「はぁー…」



 真っ暗な足先の方に、ため息がとぐろを巻いて落ちていく。


「どうした~?」


「や、おかしいでしょ、やっぱり……」


「おかしいって?」


「普通さぁ、こういう場合は強制じゃなくて、任意だと思うんだよね。一歩まちがえれば誘拐事件だよ? “これ” ……」


「なに言ってやがる。派手にけつまづいて、たったの二メートルでとっ捕まったマヌケ野郎とはいえ、お前はもう、立派な “逃走犯” だろうが」


「……。」


 苦々しげな沈黙がさした。



                 |

                 |

                 |



          ――――【 強制連行 】――――



「ねぇ、俺って一応 “要人(ビップ)” なんじゃないの?」


「知るかッ。問答無用でしょっぴかれる理由が知りたきゃ、 “あいつ” に直接会って聞けよ。一刻を争う用件ってやつをよッ」 


 今うかがえるのは、お互いに声色だけだ。


嘉壱(かいち)ー…」


「ああッ?」 


 さきほどから視界はゼロ。目を開けていても、(つむ)っても変わりなく、暑くもなければ寒くもなく、東西南北といった方向はもちろん、時間の感覚すら失われた状態にある。

 いつもの不良っぽい口調でやり取りしてきた嘉壱は、事に乗じて、耳垢をほじる余裕をかましていた。それがマズかった……。



「お前、なんか隠してるだろ」



「ぬぁ…っ!?」



 なんでバレた…っ!?

 背中の筋がつるほどのド緊張に襲われ、嘉壱はごくりと唾を飲み込んだ。



*――絶ッッッ…っ対にいぃぃ、気取られるなよ。

   もし、しくじったら~~……



 不穏な言葉をはらんだ頭の中の風船が、思考を圧迫しはじめる。拳銃の発砲音のような、恐ろしい最後の一言を溜めに溜める “鬼上司” の命令こえである。

 実をいうと、この闇の先には、ある危機的状況が待ち受けているのだが、それはただの序章(プロローグ)に過ぎない。



「そそ…っ、そぉ~だッ! 別に隠し事ってほどのことじゃねぇんだけど~、俺、ちょうど今、腹痛(はらいた)起こしててぇ~、携帯品もろもろ一式、さっき立ち寄った公衆トイレに忘れてきちまってな?」


「携帯品?」


「ああ! 場合によっちゃそのせいで、お前に少し迷惑かけることになるかも~、アハハハっ…」


「よく分からないけど、緊急事態だとか言って、どうせろくでもない用件だったりするんだろ。 “また” ――」


「ぐ…っ」


 誤魔化し通すしかないと分かってはいるが、かなり厳しいい状況……。隙をつかれ、再度逃亡を図られやしないか、膨張する焦りと不安で、頭の中がいっぱいになってきた時、


「ん――?」


 これまで絶えず、髪を逆立てる方向に吹き続けてきた風に、微妙な音程の変化が生じてくる。


「お…、おおっ! ほら見ろっ、ようやくお出ましだ!」


 ちょうどよく空気の変わり目が訪れて、嘉壱は誤魔化すように笑い、あからさまに喜んだ。






 ―― * * * ――




 さて、天花園(てんげえん)花神(かしん)に呪われた人間――花人(はなびと)の特徴は、花盗人(はなぬすびと)の印たる華痣(はなあざ)と、色鮮やかな瞳を発現する見た目以上に、それら “脈印(みゃくいん)” に宿る強靭な生命力を使い、様々な贖罪に一生を捧ぐことだという。


 痩せ地の再生、傷病者の治療、穀物を貧民に恵むために回国する者もいるが、やはりその異能は傭兵として重宝され、人々に禍福をもたらしてきた。

 穏健な東天の花人も、祖先を盲目にした私利私欲を嫌う形相は明王の如く、平和貢献のためと言いながら、破壊神同然の爪痕を残すため、世界各国の皇帝たちでさえも慰撫(いぶ)に努めている。


 そんな鬼人の国に華瓊楽(カヌラ)が使者を遣わしたのは、未曽有(みぞう)大旱魃(だいかんばつ)に見舞われた八年前。

 足もとに(ぬか)ずく自業自得な権力者たちには目もくれないが、盤上の戦で神算鬼謀をもてあましていた花人たちは、某若手の逸材に白羽の矢を立て、この華瓊楽(カヌラ)の危機に挑む精鋭部隊を結成させた。


 李彌殷(リヴィアン)は現在、その者らの活躍により、平穏を取り戻したかに見えるが、本当の戦いはこれから始まる。

 再来しようとしている旱魃の元凶を迎え撃ち、それぞれの約束を果たすため、新たに招かれた “真の救世主” と目される、謎の少年とともに――。




      |

      |

      |




 少しずつ(まぶた)を開いていった嘉壱は、次の瞬間、あんぐりと(あご)を落とした。


「なっ…!?」


 大海原を真上から見ているようなスケールで、なだらかな丸みを帯びた大地が漠々と広がっている。

 高さはまちまちだが、垂直に隆起した奇岩が、そこかしこから突きだしていて、その比較的高い石柱の天辺と、目線が同じ位置にあった。


「ねぇ」


 夜の虚空に放りだされた格好で、嘉壱はゆっくりと回転する景色の中、声をかけてきた相手の方を見やった。


 黒い翼―――いや、見事な濡羽色(ぬればいろ)の髪。少年のそれが、生き生きと広がっていく。視界いっぱいの月面をバックに――……。


「今さらなんだけどさぁ…」


 やや躊躇いがちに切りだされ、見入ってしまっていた嘉壱はハタと我に返った。


「もっと要領よく、目的地に近い場所に出られる方法ってないわけ?」


「んだよ。そんなこと聞いてくるっつーことは、やっぱりお前、本格的に俺たちと…」

 

 お――?


 風が両耳の横で、ヒュぅぅ…と、下手くそな口笛を吹きはじめる。


「ぉお…っッ!?」


 荒い岩肌の断崖すれすれを、否応なく落下していく。

 そうだ。悠長に会話している場合ではなかった。


 

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