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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 終鐘 ◇ 本性 ――――――
58/194

◍ 「木」に「知」と書いて “彼” 


 眼下で黒煙が噴きあがった。

 市街の各所に発動している結界を、鬼魅たちが揺るがそうとしているのだろう。

 畜生、派手にやりやがる――……。胸中で吐き捨てて、菊羽ツェンウェイはつと体を傾けた。一気に急降下する。


飛蓮フェイレンッ!」


 ようやく仲間たちの姿を捉えた。


 降り立つや、走って追い上げてきた菊羽ツェンウェイの険しい面持ちを横目に見て、飛蓮は良い報せではないと察した。


「見つからないか」


「ダメだ。どこの小道にもぐり込んじまったんだか、気が付いたらこんな状況になってて迷子捜しどころじゃ……、てか、何処に向かってんだ? 今」


「四世広場だ。ひいながさらわれた。皐月が姿を消したのは、どうもそれを予期していたかららしい」


「はぁっ!?」


「ひいながこの京城内にいることは確かだ。皐月の居場所は分からないが、仮に城外にいたとしても、都で火災が起こっているのを知れば、あいつは必ず来る……」


「どうして」







       ―――― 【 “知る” という覚悟 】 ――――



 飛蓮フェイレンの額に、熱さとは別の理由で嫌な汗が浮かんできた。


「俺はあいつが、幼いころから悪夢にうなされてきたのを……、それがどんな光景かを知ってる」


 いずれも炎に囲まれた場所。一つは、大通りが交わる広場のような所だ。


「四世広場かもしれない……」


菊羽ツェンウェイ、お前は、あいつが天壇按主てんだんアヌスであることに気づいていたのか?」


 後方を走る桐騨とうだを肩越しに振り返り、菊羽はその剣呑な眼差しを受け止めながらも、わけの分からないことばかり言わないで欲しい、と軽く睨んだ。


「なんのことだよ。天壇てぇ……」



 おいおい、冗談だろ――? 思い当たった答えを一笑に付した。しかし、沈黙するや否や、皐月に感じ取ってきた頭の中の違和感すべてが一つにまとまった。


「ッて、マジか!? あいつが…っ? まさか……この南海の…せ、世界樹ッっ!?」


 芳桜は一番驚嘆している菊羽ツェンウェイの背中を前に呆れていた。彼はいつも後先を考えず行動する。弱い者いじめが許せないたちで、招かれざる客を擁護したのも、ムードメーカーの機能を作動させていたに過ぎないと、分かってはいた。


 さすがに昨日今日知り合った仲ではないため、芳桜も冷静になれば、彼の言動は理解できないわけではなかった。

 だが、須藤皐月に対しては、謎が深まるばかり。この状況も、飛蓮フェイレンから打ち明けられた内容も、そして



 もし “闇の花” だとしたら――……、



 胸中に、じわじわと動揺が広がってくる感覚がする。




 菊羽ツェンウェイのパニックを治めるついで、飛蓮フェイレンが再び重い口を開いた。


「俺は皐月の体内に、ある呪具を封印した。 “なぎの珠玉” ……」


 椥は神霊が依り代に好む霊木の一種だ。実は柏、葉は竹に似ている。

 この第六の世界樹に選ばれた椥――実は、南海の天壇が設けられいる台閣にも、漆海圏にすらも存在していない。



「それで、どうやって壽星桃の代わりを務めてるんだよ」


  疑問は尽きないが、梨琥りくにもようやく深刻さがつかめてきた。


「色々と工夫を施したんだ……」と答えつつ、飛蓮フェイレンは得意げなのとは違った。むしろ、危うい状況になっているのが明らかな表情で続ける。


「珠玉は “寄生木ほよ” ――いわゆる、宿り木のような性質の呪物だ。まだ詳しくは明かせないが、皐月の体内と南海のある場所に、なぎの世界樹から生成したそれを埋め込むことで、傍目はためには不可視にもかかわらず、一体化に成功している……」


「南海の地盤だぞ? 夜隠月石セレンディバイドの目を持つ花人が、通常よりも強靭な生命力を有しているとしても、霊応の弱い摩天にいて支えられてきたとは思えない」


 非難めいた桐騨とうだの物言いは当然だ。守り人に養われるようになった神代崩壊後の各世界樹は、根から産霊ムスビを放出するものに変わった。これによって地盤が固められ、作物が育まれる環境が整い、人原じんばらが目覚ましい発展を遂げた。飛蓮フェイレンも皐月に無茶を強いている自覚がある。



 天壇按主てんだんアヌスは、強靭な生命力を持つ種族から選び抜かれてきた。たった一人の生贄で自立しているのだから、衆生の血や涙を糧としていないだけ、神代の元祖世界樹より現状はマシと捉えるべきだが、もちろん養い手らの生命力も無尽蔵ではない。その命を使い捨てにするつもりもない。今現在も様々な方法で、消耗しきらないよう補強に努められている。


 そうした現状を踏まえると、珠玉の宿し主には力に相当の余裕がある者、それを必要としていない者が理想的であった――。



「皐月は病的なまでに、人ごみを避ける生活をしていた。化けの皮が剥がれないよう必死だったんだ、ずっと……」


 だから珠玉を与えた。ただ、南壽星巉みなみじゅせいざんは神代における最不浄地――黄塵獄こうじんごくの地質を多量に孕んでおり、海流状の時化霊トケビに囲まれていて侵食も激しい。元来地盤がもろく、その崩壊を防ぐ役割を果たさなければならない南海の世界樹は、いくら神具などで浄化・増強しても、根強くはならず―――。



「さすがのあいつも体力の消耗が激しいようでな、なんとか普通には暮らせてこれたものの、自分を虚弱体質だと思い込んできた」


 皐月は事実、何も知らない。知りたくもないだろう。自分が天と地を支えている人柱だとは――……。



「ちょっと待て。そんな重要な存在なら、清浄な神域に匿っておくのが道理だろッ?」


 こちらの世界に召喚するだけならばまだしも、飛叉弥の代わりとして、この花連の指揮を執らせる必要はどこにもない。今朝の「俺が病気になったから」が本当だとしても、代わりはうてなから選出すべきだ。

 菊羽ツェンウェイは予想だにしなかった自分を、正当化するようにまくしたてた。


 触れてはならない部分である気がしながらも、椿奈チュンナが不安げに問う。



皐月()とは、どういう関係なの……?」



 よりによって、打倒が狙われている世界樹の守り人を、なぜ、摩天の人原に野放しにしてきたのだ。本当に隠れ住んできただけなのか――?



「〝足抜き者〟……じゃないだろうな」



 菖雲の問いが、王手のように突き付けられた。


「それは――…………」


 六人の眼差しに迫られた飛蓮フェイレンの答えはしかし、新たな爆音によって阻まれた。





   ×     ×     ×





 萌神荘――。


 青白い月光が、優美な文字の連なりを照らしている。

 そこにまた一片、桃色の花びらが舞い降りてきた。

 かの偉大なる文字の創案者―― “現化畵仙げんげがせん” によれば、


「 “知” とは矢と口で “誓い” を表している字……」


 元来は神に誓いが通じ、悟りを得ることを意味する。

 月凊隠げっせいいんは手酌をしながら、ある古書を開いていた。


「そうだったな碧火へきか…、寛行かんぎょう――……」


 呟いたのは、華瓊楽カヌラの王道、人道に尽くし、散って行った友の名。二人の人格はまさに、この桃李の花が咲き乱れるあずまやそのものであった。

 決して羨まれるような境遇ではない、むしろ懸崖と言っていいそれぞれの場所で誇り高く生き、人々を魅了し、集め、行き交う道を成した。


 月凊隠げっせいいんは案の定、飛叉弥が邸を飛び出していってから一人ぼっちとなったが、何も不安はない。ここには確かな思い出と、同胞らの信念が息づいている。



「知」とは知り合い、付き合うこと。

「知」とは知恵、知能のこと。

「知」とはまっすぐに本質を見抜き、対象を感じ取ること。


「痴」とは、それらの性質が病んでいること―――。



 太古の昔、人間が「知」を得るためには、神前にて様々なことを誓い、それ相応の覚悟と決意を要した。

 神代崩壊から三千と有余年――……さすがに病み始めている神孫もいるが、この新世界を担ってきた者たちの “知” はまだ鋭く、健在であると信じたい。








         ――――【 予知者らの対峙たいじ 】――――



 東扶桑山ひがしふそうざん―――大天屏谷だいてんびょうこく


 白く長い糸がそよぐ万朶まんだを背に、一人の女が、嫋やかな所作で手を伸ばす。

 青臭いほど鮮度のいい葉を有した、桑の一枝に。


 轟々と絶え間ない滝の水音がしている。

 にわかに騒がしく羽ばたきはじめた鳥たちに囲まれ、彼女は谷の彼方――漆黒の南海に向け、赤い唇をつりあげて微笑した。



   ×     ×     ×



 西閻浮原せいえんぶげん―――蜃天淵しんてんえん


 頭から全身を白布で覆った長身の男が、荒野を見下ろす砂岩上に立っている。

 鏡のような平原の水面に星屑が映し込まれ、今宵も風一つない。

 だが、厳粛に口を閉ざしたまま、ふと何かを感じ取ったように、彼は北東の空を仰いだ。



   ×     ×     ×



 塵洞じんずう―――羅洞芳郷らどうほうきょう


 白磁のように艶やかな曲線を描く肢体に、深紅の薄紗を羽織った鬼女が、うねる黒髪の陰で笑っている。

 不敵な笑みだ。酒と遊女に囲まれたその視線の先には大きな窓があり、剣先星の異名を持つ北の破軍星がきらめいている。そして――……




   ×     ×     ×




 北紫薇穹ほくしびきゅう―――玄雲梯げんうんてい


 もっとも星空に近い位置にある、雲上のまほろば。そこに至るための梯子はしごを、別名 “逆さ木” という。

 萼国きょうごくの正史にも、似たような大樹のことがつづられている。



《 ……螺鈿の花は、地上に雪の如く降り注ぎ、天女が掛けた羽衣のような蔓は、七彩の星の種を宿す真珠の実をつけた。その実がはじけると、地上は澄んだ夜に包まれ、雨となって滴り落ちた果汁は、神聖な “甘露” の湖をつくった…… 》




「玉置様、刻限です……」


「ああ」


 薄紫の花の雲が、大きく風に揺れ動く。

 見下ろしているその狭間に、人家の灯りではない緋色を点々と広めていく南海の大陸がのぞいている。


 面紗で左半顔を隠している男の右目は、宵闇色―― “黝簾石ゆうれんせき” のような紫眼であった。


 黝簾石ゆうれんせきとは、稲妻が落ちた跡、焼け野原の跡から見つかったという奇石の一種である。現に、眼下で一触即発を起こそうと発光を強めている暗雲を映し、彼の瞳は精彩を強めていた。




「逃げるなよ――? …… “皐月” ……」






〔 読み解き案内人の呟き 〕



黝簾石ゆうれんせき 】とは……


 角度によって違う色に見える “多色性” を具えた実在の宝石。

 落雷の跡や、焼け野原の跡から発見されたという逸話がある。

 タンザナイトのこと。 



【 紫薇花サルスベリ 】……


 花言葉は、「あなたを信じる」・「潔白」。

 ある王子の帰りを待ち続けた、お姫様の伝説にちなむそうな。

 紫薇花サルスベリは、王宮に植えられた繁栄の象徴。

 王宮・天帝の居場所・北極星を中心とする星座群の別名を “紫薇垣しびえん” という。


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