◍ 語り部の声……『花散る幽谷の鬼』
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悠久と謳われた神代が崩壊し、龍が人原を拓いて三千と有余年。
新世界の海上にて、文運隆盛を牽引してきた華瓊楽王国は、歴代きっての竜氏の治世を迎え、李彌殷を首府として殷賑を極めていた。
世界は絶えず変貌を遂げていくも、建国の祖は東天一の大豪族であった〝雲上のまほろば〟――蔵不磨国の北方には不老の地が残されており、天高く左右に切り立つ幾重もの断崖と、幻想的な翠霞に守られたそこは、まさに飛天が花を散らして舞う神界への入り口と見せて、来訪者をことごとく居竦ませてきた。
古より、かの地を守り継いできた民を〝花人〟と言うが、彼らは男女とも容姿端麗ながら、敵襲となると好戦的で、皆一斉に虎豹の咆哮を上げる。
今や国家規模の大要塞と化した花人の棲み処も、かつては天花園と謳われる楽園であった。
彼らの城邑を見守ってきた語り部たち曰く、すべては花人の祖先にあたる人間たちが、天花園をその主である花神から、奪い取ろうとしたことにはじまったという。
汝、人にして人にあら不―――。
花人は欲望の悪果から生じた生来の罪人であり、もはや〝鬼〟と呼ぶべき存在。あらがうことも、逃げ出すことも、自ら命を絶つことすら許されず、己の過酷な運命を象徴する華痣を延々と受け継ぎ、苦しみ抜く定め。
現に、戦場へ赴くことを唯一の救いとするようになった当代、その忌まわしい痣は、かの地に今もなお、縛り付けられている末裔らの四肢にも見られ、
未だに、消える気配がないという――――。
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