◍ 天地の鏡
《 ギュァァァァ――…ッ!! 》
鳥とも獣ともつかない、張り裂けんばかりの断末魔が上がっている。
この世界にはなぜ、奇々怪々、異類異形といわれる事物が生まれるのか。
なぜ日々、生滅を繰り返しているのか。
もはや日常的過ぎて、化錯界に拓かれた人原の民は考えもしないが、鬼魅が存在しないとされる別天地の人間からすれば、摩訶不思議でたまらないだろう。
なぜ、自分の身の回りにはいないのか――。
いや、昔はいた。
よみがえった。
いつの間にかいなくなったり、いなかったのに、突然現れたりする理由。
そのすべては、 “鏡” が知っている――。
しかし、これは神代崩壊の折、巧妙に隠されてしまった。手の届かないところに置かれ、今はもう幻の鏡。
実はそれと向き合っている世界だから、普通は見えないものが見え、知らなくていいことを知り得る。
天を映せばその天辺まで、地を映せば、鬼が罪人を責め立てる地獄の阿鼻叫喚まで映し出すという。
人の心の中までも。
ゆえに、実は誰でも “化け物” となり得るのが、天地の境を失ったこの世。
清らかなるものも、禍々しいものも、種の交雑とあわせ
“変貌” によって、生滅しているのである――。
|
|
|
:
旅の途中の修験者が、たどりついた清らかな池の名を老人に尋ねる。
老人は、自分のような野守が鏡代わりに使うので、 “野守の鏡” だと答え、とある貴人の探し物をこれで見つけ、お褒めいただいたことがあると語る。さらに、
「昔、この野には鬼がいて、昼は人と化して野を守り、夜は鬼として塚の中に暮らしていた。本当は、その鬼の宝物を “野守の鏡” というのだ」と教えた。
修験者が本物のそれを見たいと請うと、老人は「鬼の持つ鏡なので、見れば恐れをなすだろう。この池が成している水鏡で満足しなさい」と言って消えた。
あの老人こそ、鬼神に違いない。
同じ日の夜、同じ場所で強く願っていると、鬼神が応え、塚の中から一面八丈の銅鏡を手に現れた。
そして、鏡を天地四方にかざし、月光で闇を照らし、「しかと見よ」と言って、天界から地獄の恐怖、目を背けたくなる責め苦の有様まで、知らぬが仏であろうあらゆるものを明らかにして見せた。
修験者は鬼神に、人として正しい道を歩むことを誓った。
「これぞ宝物たるすばらしさ。この鏡は我らが道を照らす。善悪、横道を正すための明鏡なのだ」
そう言って鬼神は、奈落の底に帰って行った――。
|
|
|
:
この鬼神は自然由来で、人間の執心や怨霊が変化した鬼ではない分、ただ厳めしいだけであったはずだが、語り部は、相対する風情を人々に伝え残している。
鬼の身ながら “花” があった。
岩上に、柔なそれが咲くのと同じような面白みが。
地獄にさえも、力強いだけではない美しい花を咲かせるような、妙な鬼であったと――。
〔 読み解き案内人の呟き 〕
【 野守の鏡 】とは……
能の一演目。「昔々、徐君という王様が、人の心の中を照らし出す鏡を持っていたが、皆が欲しがるので、塚に埋めてしまいましたとさ」というお話や和歌など、いろいろ混ぜ合わされている。




