◍ 読めない思考
嘉壱は目を閉じ、ため息をついた。
飛叉弥が充員を迫られたのは、単に食糧危機や資源不足の深刻化にともなってではなく、黒同舟の陰謀が明るみなったことで、花人に求められる能力が戦闘に傾いたというだけでもない。
すべては “いざす貝の強奪事件” から派生している。
冷酷なまでに抑揚のない声で「関係ない」と言うわりに、皐月は聞き出したこれらの情報を、今、頭の中で猛然と整理しているはず。
眉根を寄せて、どこか具合でも悪そうに。
やはり、はっきりと指摘してやった方がいいかもしれない――。
「お前、さっきからなに考え込んでるのか知らねぇけど、青瓢箪みたいな、クソ不味そうな顔色になってるぞ」
すぐそこに、移動式の小さな店にしては、客を集めている屋台がある。路地の入口横に生えている榕樹の下だ。木陰になっているため、休憩するにはちょうどいい。
簡易的な長椅子に、それぞれ明後日を向いて座っている暇そうな老人らがいて、鳩に餌をやっている者もいる。
嘉壱は空席を確認し、視線を飛来させた。
「疲れてんだろ。脳ミソの使い過ぎで。あそこの揚げ菓子でも食うか? シロップ漬けにされてるから、すげぇ甘いけど…」
「うるさい単細胞」
「っ!?」
嘉壱は目を剥いた。(な……せっかくひとが気にかけてやってるのに…っ!?)
この期に及んで、親切心をふいにされるとは思わなかった。しかも、低知能呼ばわりされた。
「俺の顔色が何――? もしかして心配してくれてるわけ?」
「ちがっ…」
「やっぱバカっぽいね、あんた」
「かっ、勘違いするなッ! お…っ、俺は、妙な回転の仕方する、お前の頭ん中が気になってるだけだっッ! 他人事とは思えないくらい、実はこの国で起こってることに興味津々なんだろ!?」
なんでそんなに知りたがってるのか答えろッ。これだけ時間かけて説明してやったんだから、それなりの対価を要求させてもらうっッ。
「――…………」
組んだ腕を橋の欄干上に乗せ、顎をうずめる皐月の眼差しは、やはり、どこかを睨み据えているようだ。
「ねぇ単細胞、一番最近の話で、李彌殷が危ない状態になったのは――……、いつ?」
「ひとを侮辱するのも大概にしろよッ? お前ッっ」
「この都は、ある特殊な災害時になると、城外の土地とは別物になるんだってね」
「ああッ?」
「南の城門に “魁花” って書かれた呪符が貼り付けられているのを見た。それだけじゃ何も発動しないらしいけど……」
*――ちなみに今突っ切ってきた森も、一種の “防壁” なんスよ――?
「萌神荘にたどり着くまでの間に聞いた話からは、単なる物理的な軍事攻撃に備えてるわけじゃなさそうな印象を受けた。 “城隍神” ってのが一役買ってるんだって? 都を守る城と隍が、都城内のすべてを司る行政官のように神格化された……」
*――街中にいる “あの世の閻魔様” とでも言いますか……
皐月は目つきを鋭くして、質問を続ける。
「まだ破壊者の脅威が去ったわけじゃないんだろ? どうして、この国はここまで復興できたの」
いざす貝とやらはどうなった。仮初とはいえ、どやって平穏を取り戻した――?
「~~……、ああ…」
すっぽかしていた説明が、現状、最も肝心な部分であったことに思い当たった嘉壱は、少々ばつが悪い顔をした。
「なんでも、いざす貝に “対抗する力をもった呪物” と、 “新しい第六の世界樹” が、この世界のどこかで機能し始めたお陰らしいぜ――?」
その隠し場所を知っているのは、ごく限られた者のみ。どういう状態にあるのか、どこから入手したのかなどの具体的な情報は一切伏せられている。
理由は言うまでもない。未だ敵の手中にあるいざす貝と、どちらが先に在り処を特定され、無効化されるかが、勝負の分かれ目と言っても過言ではないからだ。
都の特殊な防衛機能に関しては、ほとんどが砂漠化の進行にともなって追加されたもの。簡単に言えば、篭城戦に必要不可欠な部分を強化したのだ。
「なるほどね。あんた――…、確か “菊嶋” って言ったっけ」
皐月は嘆息をもらして、肩をすくめた。
このタイミングで、自分に関心を振り向けられると思っていなかった嘉壱はたじろいだ。
「な…、なんだよ」
「せいぜい頑張って。早死にしないように」
「鼻で笑って言うんじゃねぇよッ。そこだけマジで他人事みてぇにいッ」
嘉壱がいい加減殴ってやろうかと拳骨を見せつけた時、ふと、杖を突く音が近づいてきた。
「――はて。なんのお話か知らんがぁ、この老いぼれも、混ぜてくれませんかのぉ」
(2021.06.07投稿)




