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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第二鐘 ◇ 眼力 ――――――
34/194

◍ 世界樹の仕組みと、崩壊を来すものたち



         ――――【 桃李枯凋(こちょう)の災い 】――――



 “世界樹” ――これは花人と切っても切れない単語ワードの一つだ。

 四千年前、天地の境を守護していた龍王が、どういうわけか、下界にしかなかった時化霊トケビという老化現象の素を常若の天界に招いたことで、神代は崩壊した。

 その時、花人の前身たる夜叉族の民が、事に乗じて豊穣神の仮面を脱ぎ捨て、世界滅亡を象徴するように、天柱地維と仰がれていたそれを伐倒した。

 荒ぶる鬼神の半面が欲してきた、血なまぐさい新世界の幕開けに浮かれ騒ぎ、



 なんとめでたい日であろうか、と弔花を撒いて狂喜乱舞しながら――。




 皐月のため息が、嘉壱の負の思考を一時停止させる。


「なるほどね……、例の破壊者テロリストは、あんたたち、元祖破壊者(テロリスト)の模倣犯ってことか」


 世界樹とは文字通り、万物を育む環境維持に必要とされたくさびであり、命の水が通っていたというからに、養い手でもあったはず。さらに、


華瓊楽カヌラの砂漠化は干害じゃなく、 “ある呪物の強奪事件” に起因する人為的災害だったって聞いた……。どんな恐ろしい兵器か知らないけど、話の流れからして、くだんの夜叉大将が振るったのに匹敵する斬撃か、火攻めに用いられたか、もしくは……枯凋剤こちょうざいのような使われ方でもしたんだろ」



 皐月はやはり、冴えているところは冴えている。寝ぼけ目野郎のくせに、強烈な皮肉をひねり出す思考回路と、状況整理などに必要な分析能力だけは、ずば抜けているらしい。

 不自然なくらいだが、嘉壱は中途半端に話を逸らさない方が得策と判断した。狩りたい獲物は、きちんと誘い込むことが重要だ。

 どういう風の吹きまわしか知らないが、声色からして、皐月は疑問に思っているのではなく、話に弾みをつけようとしている気もする――……。



 左右から柳の枝がしだれる欄干の頂点に、嘉壱はひょいっと飛び乗って腰かけた。


東扶桑山ひがしふそうざんは、その名の通り、東極に桑の木みたいな新世界樹が根付いた……」


 西閻浮原せいえんぶげん閻浮樹えんぶじゅという若榴ざくろに似た花木、北紫薇穹ほくしびきゅうは繁栄の紫薇花さるすべり。そして、



南壽星海みなみじゅせいかいは、花天月地と桃李の都を象徴する、福寿の木―――壽星桃じゅせいとうだった……」


 新世界四圏の幕開けは、千年大戦の覇者らによる国生み以前に、新たな世界樹の発根による地盤再活着を叶え、実現したとされている。

 いずれも、生命力の強い木ではあるが、元祖の神代世界樹と異なるのは、養分の供給者――― “天壇てんだん按主アヌス” が設けられた点だ。

 神代世界樹の蔓や根にも命の水が通っていたというが、それは元来、下界から吸い上げていた世界樹自身のための養分だったと思われる。

 


「現に、神代じんだいの頃の下界は、不死の果実が生る常世が築かれていた盤臺峰ばんだいほうの天頂に対して、ほどんど作物が育たない過酷な環境だったらしい……」


 そこで死を迎える生き物は皆、世界樹の糧に過ぎなかったのだ。流れる血や、とめどない涙さえも――……。


「同じ地獄にしないために、新世界における各世界樹は代々、天壇按主てんだんアヌスに選ばれた奴が、その並外れた生命力で養うってことになった」




―― * * * ――




 天文景てんぶんけい十二年―――、照りつける太陽の下、陽炎の立ち上るひび割れた果てしない大地を、まだ被害の少ない都市や集落を目指し、人々は列をなして歩いたという。

 砂漠化の拡大にともない、難民があふれ、受け入れを拒否されると、彼らはたちまち暴徒と化して、賊が猖獗(しょうけつ)を極めた。

 華瓊楽カヌラが砂漠化する未来は、不可避だった。ある国から強奪された “いざす貝” という神器が、敵の手に渡った時点で。


 テロリストの首謀者は、いざす貝を利用し、沿革的に壽星台閣が祀っていた南世界樹の仕組みを変えた。




―― * * * ――





「仕組みを……、変える?」


「土壌の地力を吸い上げて不毛化をもたらす、神代世界樹と同じ魔性の木に一変させたんだ」


 その性質は、土に対して相克(そうこく)に当たる樹木本来のものだが……、


「敵はこの華瓊楽カヌラを舞台に、神代の凄惨な下界をよみがえらせようとしたってことだよ」



 巷の人間は当初、怪死した例の神官の祟りだと騒いでたらしい。壽星台閣の祭殿―――天外宮(てんがいきゅう)には、創造神と同等の力をもつ能力者が眷属を名乗る資格を得た上で、国に降りかかる災厄を退けるために仕えている。


「祈雨、止雨を請け負っていた沙羽良(サハラ)神堂主は、そうした権威ある水神一族の後継者だった。摩天に住むお前には腑に落ちねえだろうけど、手にかけられたのは、華瓊楽(カヌラ)の治水技術そのものといっていいくらい、確実に貢献していた本物の “神孫” ――」


 皐月は川の流れに対する格好で、鶴領峯を背景に座っている嘉壱の横へと移動し、欄干に背をあずける。

 おもむろにではなく、半ば倒れ掛かるような動作で、肩甲骨のあたりを打ち付けた。やれやれと言いたげだ。


「なんだよ……。やっぱり、バカバカしいってか?」


「別に…。超常現象好きな知り合いから、似たような話、散々聞かされてるし……」


 薄れ気味の語尾に疲れの色がうかがえて、嘉壱は皐月の態度ではなく、様子の観察に切り替える。

 目元を右手で覆い、その肘を左手で抱え込んでいる。どうやら、本当に倦怠感を感じているらしい。肩もどっと沈んで見える。


「おい、大丈夫かお前」

 

「なにが」


「なにがって」



 ――顔色が悪い。

 指摘しようとしたが、結局やめた。あくまで心配してやったのではなく、怪訝(けげん)に思っただけだ。にしても、声をかけただけで何故ムッとされなければならないのか……。

 考えているうちに、だんだん腹が立ってきた嘉壱は、つんと澄まし顔をつくった。


「なんでもねぇよ。その “超常現象好きな知り合い” って、お前のダチか?」


 取り(つくろ)うために持ちだした話題に、思いがけない沈黙が降り注いだ。

 嘉壱が小首を傾げてしばらく、皐月は何かを吹っきるように息をつき、顔を上げた。



「ただの同級生だよ――……」



 あんたに関係ある? と、突っぱねられることしか想定していなかった嘉壱は、頬を人差し指でポリポリとかく。妙な空気だ。


「あー…、あれ? そういえば、どこまで話したっけか?」


 交霊術に長けている者の中でも、とりわけ才能がある存在が喪われると、バランスを崩したように、現世界はひどい天変地異に見舞われることがあるのだが……


「砂漠化の元凶だと思い込んで、水霊(ミズチ)絡みの祭祀に力を入れてた間に、南世界樹の魔性化を進行させちゃった、ってところまでだろ……」


「おお! そーだそーだ!」


 “水霊(ミズチ)” とは、自然界のエネルギーの一種。水の性質を持つ物体に成長する、前段階の要素である。


 

「…って――……」


 嘉壱は片眉をひくつかせる。解説してやろうと思った相手は、フォローしてくれた相手であった。今さっき、こっちの世界に来たばかりの摩天人が、なんでこんなにも知ったかぶった顔できるんだ……?


 ジトっと目を据えてやると、皐月は居心地が悪そうに身体を返し、川の行く手を眺める格好をとった。


「あの人が、さっき言ってたじゃん」


「飛叉弥が――……?」



 嘉壱は今一つ納得がいかなかったが、川面を眺める皐月が伏し目がちで、やはりどこか考え事をしたい様子なので、追及しないことにした。

 自ら抱いたものから吹きこまれたものまで、様々な先入観を同時に意識してみると、華瓊楽(カヌラ)の情勢を知りはじめてからの皐月は、ますますおかしいように思えてならない。



「天外宮の神官のことだけど……、みんな、その “神孫” ってやつなの?」


「あ? ああ~とぉ……、そうだな。全員、自然界の構成物を自在に引き出したり、高めたりできる能力者には違いない」


 確かに旱害の引き金となったのは、この華瓊楽(カヌラ)の水に、絶大な影響を与える人物が暗殺されたと思われる怪死を遂げたことだった。

 早急に鎮めの儀式を催し、新たな神官を据えて雨乞いを行い、一時はそれで砂漠化も治まった。治まった地域もあったのだ。


 最初に旱害の被害を訴えた北東部に続き、徐々に被害地は縮小していくはずっだった。しかし、作物は萎えてゆく一方で、降雨をもたらしても、生育不良が解消しない地域が確認され、なおかつ、続出しはじめた。


 民草の不安をはらんだ噂は、降って湧いた正体不明の病虫害や、新種の妖魔の仕業ではないかという臆説へ流転し、あらゆる情報に惑わされながらも、台閣は本当の原因究明を急いだ――。



「さっきの坊主みたいな子供が、物乞いしなけりゃ食っていけない情勢になったのは、すべて八年前の国土不毛化が原因で、華瓊楽(カヌラ)の人口に居住地の面積が釣り合わなくなったせいだ」


 完全に砂漠化した土地には、少なくとも人間や動物は住めない。


「どんな状況に陥ったのか――……各地で何が、どんなふうに展開していったかは、大体想像がつくだろ。あくまで、砂漠化の調査と飢饉対策の要請だった当初、うてなが白羽の矢を立てた花人は、飛叉弥だけだった。俺も、全部を目の当たりにしたわけじゃねぇ。ただ……」


 桃李の都と謳われ、殷賑いんしんを極めていた李彌殷リヴィアンの栄華が終わりを迎えるかというその時の状況は、誇張して語ろうにも、言語に絶するものだったに違いない。

 現に、飛叉弥は絶望にくれる呟き、自棄を起こす喚き声、希望にすがろうとする者の悲痛な訴え、怒号が飛び交い、むせび泣きが沈黙を支配した中で、



 この世界と運命共同体だった “壽星天壇の按主(アヌス)” の、凄絶な最期を看取った――。






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