表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第二鐘 ◇ 眼力 ――――――
33/194

◍ 摩天の全貌



 薫風が、柳の枝を吹き流す向こう――……。



 皐月はつと、呼ばれたように水路の先へ視線を飛ばした。


「? どうした」


「―――…………、いや…」


 嘉壱は橋の中ほどで立ち止ったついで、腕を組んで欄干にもたれかかる。

 どうも皐月は、挙動不審なところがある。何やら、上の空となっている様子のその眼差しを追ってみて、少し納得した。


「ああ、鶴領峯かくりょうほうか」


「かくりょうほう……?」


 それは嘉壱にとって、目を瞠るほどのものではなかったが、確かに、思わず立ち止まりたくなる光景ではあった。



「お前は “あそこ” から来たんだよ――」







         ――――【 穹海山原きゅうかいさんげんの守蟲 】――――



「気象条件なんかが揃えば、稀に北穹とか西原も同時出現することがあるらしい。あのひがし扶桑山ふそうざんは、東方世界そのものだ。今日はなんだか、一段とそそり立って見えんな……」


 半ば霞んでいるにもかかわらず、壽星台閣が引き立て役に甘んじるその圧倒的な山容を久しぶりに拝み、嘉壱も怯んだ。


「通称が “摩天” なのは、お前が暮らしてる高層建築物だらけの小天地があるからじゃなくて、母体自体が高山だからなのよ」 


 近いようだが、手前に見える連峰も、防風林のような裾野一帯も、こちらの側には存在していない。漆海しっかいという界境を越えた先の景色だ。


 山肌をなでるように、幾筋も吹き流されて見える白いものは、余りある雨水が成した滝。そして、咲きしだれているあれが、東巉とうざんの世界樹――。



扶桑花ハイビスカスだとか、化け槿むくげとか言われてる」



 皐月は聞いているのかいないのか、涼風を感じさせるその光景を眩しそうに見つめ続ける。


「花は早朝に咲いてすぐに散りはじめるけど、翌朝また、新しい蕾が開く。日の出と同時刻に拝めた日には、単に神々しいってもんじゃないぜ? 何せ、 “太陽が生まれる世界” って言われてるくらいだからな。もっと満開になる」


「なんか飛んでるように見えない……?」


「あ? ――ああ、鶴とかときの群れだろ」


 嘉壱は肩越しに目を細めた。よく見ないと分からないが、見なくとも知っているため、適当にいなして返した。


 鴇は石柱群の狭間を飛び交い、老松や奇松に巣を作っている。

 鶴は目の周りが赤く、羽先が灰白色の真鶴まなづるで、越冬のために界国間を渡る習性がある。

 それを羅針盤として利用しているのが、東南の “渡し屋” だ。穹海山原きゅうかいさんげんの各所には、同じような商売人と、その使役のような “むし” がいる。


 鶴は霊峰、不如帰ほととぎすは霊界、燕は隠れ里、蚕は大天屏だいてんびょうの谷。

 虎は夢幻の杏林、はまぐりは天淵の干潟、白猿は、雲上のまほろばに至る、逆さ木の行き来を助けるという――。



「 “ムシ” ってのは、昆虫のことだけを示す言葉じゃねぇぞ? 人間だって裸蟲っていう蟲の一種だ。毛蟲けむしが獣、鱗蟲うろこむしが魚とか爬虫類、介蟲よろいむしが亀・貝類、羽蟲はねむしが鳥類」


 五蟲ごちゅうは良くも悪くも働き、結果的に様々な媒介を果たす。虫唾が走るのも、腹の虫が治まらないのも、全部 “蟲” のせいと言われている。


「なんでだろう。お前の口から聞くと、ただの責任転嫁に聞こえる」


「俺じゃなくて、昔の賢い人がそう説いてんだんだよッ。素直に聞いとけッ」

 


 神代終焉後、神々の支配圏、所有物、利害関係は例外なく一新された。

 一つだった世界が四圏に分断され、各地で按主アヌスの座を奪い合いながら、初の “国生み” が盛んに試みられた。


 しかし、各世界を再形成した立役者は、新たにそれぞれの夜明けをもたらした、国生みの神々たちだけではない。

 領地争奪戦を治め、国生みが試みられる前に、 “新世界樹の発根” が試されている。

 華瓊楽(カヌラ)が大旱魃に見舞われたのを機に、砂漠化し始めた原因も、根幹たるその “世界樹” に関係していた――。


 体をひねり戻して、再び橋の高欄にもたれかかる姿勢となり、嘉壱は一転して険しい面持ちとなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ