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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 道のり ――――――
28/194

◍ 結論 試してみましょ


「一つ……、これだけは確認しておきたいことがあるんだが……」


 皐月はもはや、この場の者たちなど眼中でないことを示すように、服についていた糸くずを取ったりしている。


「柴……」


 薫子が、いらだたしげに低い声で制した。


「ああ、分かっている。だが、最後に一つだけだ。皐月、妙なことを尋ねるようだが、お前のその髪は、さっきまで短かったんじゃないか――?」


 皐月は目の高さに持ち上げた糸くずを、ふっと吹き飛ばした。


「当代の摩天では、女でもない限り、目立って仕方ないはずだ。もともと長髪であるとは考えにくいんだが……」


「そのくらい答えてやれ、皐月」


 疲れた風情の飛叉弥が促すと、皐月はあからさまにぶすくれた。


「……何についてしゃべろうが黙秘しようが、こっちの勝手でしょ。悪いけど、最後はこっちの質問に対して、そっちが答えてくれない――?」


 これまでの話によると、あんたたちの目的は、この国で起こった旱魃かんばつ被害の拡大化を食い止めることだった。

 しかし、砂漠化は自然災害と見せかけて、テロリストが引き起こしたものだと分かり、その野望を阻止することが優先される事態に発展した。




  相手は “神” に匹敵する存在なのか――? 





「……――俺、そういう非現実的なものと、あんまり関わり合いになりたくないんだよね、基本的には」


 この際、多少の霊感があることは認めよう。そのせいで生活に支障を来し、人間関係も、ほとどんど良好なものは育めずに生きてきている。


「そんな哀れな少年に、飛叉弥さん――あんたはどうあっても、自分の十字架を背負わせたいわけ……?」


 救世主と言えば聞こえは良いが、あんたの身代わりとして、人柱にさえも喜んでなれと言うのか。


「なれ」


「オイ」


 飛叉弥は一応間を置いてやりながらも、結局、訂正はせずに続けた。


「確かに、こちらの世界には、神孫と思われる人知を超えた力の持ち主が多い。華瓊楽(カヌラ)の基盤を揺るがそうと思えば、出来ないことはない影響力を未だに保持する者がいるのは事実だが――」


 人為的災害と結論付けられたのは、不毛地帯が広がってゆく原因が、ある “呪物” の強奪事件に関連していたことが発覚したためだ。



 つまり、神ではなく、正確には “神器を得た者” によって引き起こされたということ。




「あんたは、どうして急に “自分の代わり” が必要になったの――?」



 飛叉弥は、この質問が投げかけられる時を待っていた。……――いや、正確には投げかけられてくる時に備えて、身構えていた。


 唐突だが、さりげない尋ね方をして、相手が抱え込んでいる部分を一気に突き崩しにかかるのが、この少年――須藤皐月の常套的な “陥とし方” なのだ。

 心得ていたため、顔に出かけた諸々をなんとか堪えることができた飛叉弥は、ほっとして落とした肩を、落胆の色に見せかけながら重い口を開いた。



「俺は、この国に潜んでいた陰謀が明るみになる前から、ずっと華瓊楽(カヌラ)の森の再生に携わってきた。だが、俺はこいつらの “(あるじ)” とは違う」


 花連を――花人を(したが)える人物は他にいる。たぶん、後で会ってもらうことになるだろう。その “(あるじ)” の意向を最大限に反映させる現場監督が、隊長たる自分の務めであった。


「それが、ここにきて、ついにガタがきてしまったようでな……」


「 “ガタ” ――?」


 聞き返してきた満帆と同じ不審げな顔をしているが、皐月は黙ったまま先を促してくる。


 両袖の中でがっつりと腕を組み、飛叉弥はひとしきり唸った。


「お前らは知ってると思うがぁ……、俺は女遊びをしない代わりに、酒とタバコが大好きでなぁ」


 非常に言いにくいことであったが、いざ吐いた言葉は衝撃的な割に、自分の耳にもあっけらかんとして聞こえた。





「病気になった」





「――――」


「今の俺の体じゃ、これまでのような第一線でバリバリ活躍することはできない」


 と、四折りにされた一枚の紙を懐から取りだし、その一辺をつまんで広げる。



「ほれ」




   *   *   *




 《 診断書 》――あなたは、重度のニコチン中毒とアルコール依存症ですよ。至急大きな病院で診てもらってね。要、絶対安静!





   *   *   *




「……。」


「まあそういうわけだから皐月、お前にどうあっても協力してもらわなければ困るんだ」


 ホクホクと楽しげに、折りたたんだ疑惑の診断書を懐の奥深くへしまいこむ満面の笑みの飛叉弥に対し、皐月は当然ながらブチ切れ寸前。


「……もしかしてあんた、仕事柄、妙な輩にでも目ぇつけられちゃったとか? 暗殺されそうだとか。俺を影武者にして、自分はどこかに身を潜めようとか、そーゆう汚いこと考えるわけ――?」


 ポカンと半口を開けて、満帆は蒼白になっていた。


「……そうなんだ。私たちにも言えないようなマズい状況になったから、自分の身代りにしようと思って、この子をっ――‼」


 世の中には自分にそっくりな人間が三人はいるという。皐月はその一人である飛叉弥が、自分の替え玉を必要とする状況になったがために、 “黒眼の花人” などという(もっと)もらしい名目で、無理やり自分たちと関係づけられそうになっている。


「そう思いたいところだけど……――飛叉弥、あなたがなんの関わりもない人間を、本気で巻き込むとは考えられない。でも、私があくまで “人格を重視したい” タイプだってこと――」




  “同族なかま” だというだけでは信用ならないということ。




「忘れてないわよねぇ」


 薫子の眼光が脅しめいている。

 飛叉弥はそれを、お膳に苦手な料理でも乗ってきたかのように、嫌な汗を浮かべて受け止める。


「…飛叉弥」


 啓が山吹色の “西琥珀トマンチェク” の瞳をギラつかせた。


「この中で一番弱いのは僕だ。こいつが俺と組み合って勝ったら、それなりの実力があることは認めてもいいよ?」


「け…っ、啓ちゃん!?」


 満帆は皐月の顔色を気にしながら、決然と立ち上がった啓を小声で(いさ)めた。


「いいアイディアね」


「薫子っ…!」


「でも、どうせだったら、鬼魅(きみ)を相手にしてもらいましょう――? ねぇ、嘉壱。確か昨日、比禹山(ひうざん)の中腹で、蛞茄蝓(カナム)の呼気らしい霧が停滞している箇所を見つけたって言ってたわよねぇ」


「ああ、そろそろ頃合かもな」


 嘉壱は肯定ではなく、思い出したように言った。




「じゃあ試しに、それを退治してもらうことにしない……?」




 啓、薫子に同意を示す柴――そして、躊躇いがちに満帆が続いて、皐月を見やった。

 “蛞茄蝓(カナム)” ――あいつは、本当に無抵抗なくらい非力な妖魔だ。ただ、繁殖力が異常なまでに強く、草木を枯らして腐らせるため、華瓊楽(カヌラ)にとっては、とりわけ小まめに駆除したい厄介者である。


 この時、物言いたげに見えたのは、深海の如き沈黙を宿している、眼鏡の下の藍眼だけであった。

 これまで一言も意義を唱えることのなかった勇に視線を送られていたが、無声であるのをいいことに、飛叉弥は彼が何を言いたいのか、最後まで気づかない(てい)を装った――。






                    【 第一鐘 ◇ 道のり / END 】



(2021.05.08に投稿した内容と同じです。長文だったため、分割しました)

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