◍ 神代世界樹の様相 | 救世主、年齢詐称の疑い…?
それは、往生際の悪い相手に、止めを刺すような台詞だった。
真っ直ぐ突きつけるような眼差しを注ぎ続ける飛叉弥に、ふと何を思ったのか、柴が鼻から重たい息をついた。
その音は、疲れた時や、とりあず安堵した時に漏らす、短いため息に似ていた。
「……――なるほど。確かにこいつは花人だが、呼び覚ましてやらねばならない状態にあるというんだな?」
“黒い蓮華” だと――――。
―――― 【 洞察 】 ――――
「黒い蓮華……?」
飛叉弥は否定も肯定も示さず、ただ、厳格な面持ちを保ったままでいる。
柴は追究を続けて構わないと見て、その前に、皐月の頭から疑問符を取り払っておくことにした。
「四生界の世界樹を担っていたとされる夜覇王樹神の花姿は、文献の数だけあると言って過言でないくらい多岐にわたり、謎めいている……」
だが、その根や蔓は下界に垂れていて、地盤を支える支柱の役割を果たしていたと同時に、命の水を供給するものだった。
朝がくれば不老長寿の果実をつけ、月夜に咲いた花は蓮華のようで、一色ではなかったという。
白い蓮華が降り注ぐのを見れば、罪業を払われ、
赤い蓮華は救済、
青い蓮華は清廉―――。
「そして、黒い蓮華には覇王樹のような鋭い棘が具わっていたため、その刺激によって “覚醒” が得られるものだったらしい。それ自体が眠っている、幻の一輪でもあるそうだが………」
あらためて皐月を見つめる柴にならい、満帆も遠慮がちに視線を送った。
そんな彼女の傍らで、啓はとことん飛叉弥に噛みつく。
「霊応がまったくないわけじゃないなら、何が理由で発現しないんだよ。ここまで来たら、はっきり教えてくれてもいいだろ⁉」
柴が仲間たちの疑問を集約するように、重ねて厳かに尋ねる。
「本当に一つも、こいつの保証になるものはないのか? 飛叉弥」
どうしてこの少年なのだ。俺たちを率いてきたお前と、俺たちのことを何一つ知らずに生きてきたというこいつが――、
「 “よく似ている” のは何故だと考えればいい……?」
さきほどから異様な存在感を放っている巨体の柴らしく、すぐ左隣にいる嘉壱には、そのどっしりとした心のうちまでもが伝わってきていた。
柴は代々、有能な軍医を輩出してきた一族――桐家の一員だ。鼻筋を横切っている刀傷を隠すためか、伸ばされている前髪が邪魔でよく見えないが、彼は燦々と輝く深緑を思わせる、鮮やかな “緑峯石” の瞳を発現した。
普段なら、包容力が感じられるはずのその奥に、いつにない厳しさが潜んでいる。
「お前は――」
ふいに開かれた口から発せられたのは、今日、ここにきて初めて聞く声だった。
「勇……?」
薫子が訝しげに眉を寄せた。
これまで沈黙を守ってきた彼女の対面の男――菖淵史雄勇は、実力だけでいえば立派な副将に値する隊士だが、如何せん、暇さえあれば読書ばかりしている変わり者である。
次に皐月に投げかけられたのは、普段から言葉数が少なく、考えの読めない彼だからこそと言っていい質問だった。
「お前は――、本当に十七歳か?」
これには、飛叉弥を除く全員が解せない顔をした。
眼鏡越しに、閉ざしていた藍色の “湶与璞” の瞳をあらわし、勇はじっと返答を待つ。
皐月はあまりに唐突で驚いたようだったが、少しして、何を馬鹿なというように笑った。
「年の割に幼稚――?」
「いや、老けて見える」
至極個人的な気もするが、勇が抱いた第一印象と疑問に、やや気おくれしながらも、再び柴が口を開く。
「この筋骨では、年齢を詐称しているとしても、成長期には違いないぞ」
「そうか。なら、単に “須藤皐月” と言う名が似合っていないだけか」
「ハ? 名前まで本名じゃないって疑ってるわけ――?」
嘉壱は抑えてきたイラだちが、熱を帯びてくるのを感じた。
「なあッ。お前が帰りたがってる場所ってのは、摩天のなんて所なんだよッ」
いきなり話に割って入ったためか、皐月の眼が不快感のようなものを訴えてきた。
嘉壱は仲間たちの注目も浴びて、いささか居心地の悪さを味わうことになったが、構わずに続けた。
「俺は菊嶋嘉壱ッ。非番だったてのに、お前を迎えに行かされるところだった風使いだ。俺のこの格好を見りゃー分かると思うけど、お前が暮らしてる界国なら、何度も往来してるから歩き慣れてるッ」
カーキー色のミニタリージャケットの下に、白いTシャツ。そして、ブルージーンズという自分の装いを示し、嘉壱は言いたいことをまとめていった。
ひいなも、ここに辿りつく間に見かけた都の人間たちも、大体が着物姿だったはず。近代的な衣服も普及しているが、こちらの世界で、あからさまな “洋服” というのは珍しい。
「まぁ、動きやすいから? 邸にいる間は部屋着みたいにして年中着てるけどな、俺は。今日もこれから、非番を利用して、華瓊楽じゃ手に入らない物資を、調達しに出かけようとしてたところなんだよ」
帰りたけりゃ帰ればいいだろ。ついでに送り届けてやる。ただ、お前だって気になっているはずだ。とりわけ、この “飛叉弥” について――。
「まったく縁がないっていうお前と、そっくりな特徴を持ってるこいつはな、俺たち花人の間じゃあ、特に貴重な血を引いていることで有名な、珍獣みたいなもんなんだぜ――?」
「だから何」
「 “蓮” の字がつく姓の花人は、昔から紫眼と決まっている。蓮家の血筋にしか発現しないからだ。皐月――お前、実は自分が知らないだけで、飛叉弥と近親だったりするんじゃねぇの――?」
もしそうだとすれば、非常にデリケートな話となる。しかし、柴や勇が遠まわしにしか伺えないことも、自分ならストレートに聞ける。禁園だろうが神域だろうが、なんのそので突破してみせるのが風使いの取り柄。
「ハ――?」
皐月は憫笑をもらした。
「単にバカなだけだろ、あんた」
「っ!? ば…」
「もし血縁だったら――? こんな俺を、敬愛するその人の身内として、すんなり認められるわけ?」
「そ…、……」
そうよ、と薫子に同じ調子で突っ込まれ、嘉壱は轟沈した。
「ええっ…⁉ ちょ、なんでだよ薫子っ」
「なんでじゃないわよ。いい――? 現時点ではっきりしていることは、彼に飛叉弥の代わりを務めるつもりがないということなの。何者であろうとね……」
「~~~……」
嘉壱が目顔でバツの悪さを訴えると、柴も同じような顔をして口を歪めた。
飛叉弥の近親だとしても、それだけでは、受け入れられる気がしないのは事実――……。
異界に隠れ住んでいたとなると正当な理油が必要であるし、薫子の言う通り、皐月がこちらの事情をすべて把握したところで、良好な返事をしそうにないことなども問題になってくる。
この現状に、一体どう折り合いを付けたらいいのだ。




