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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 道のり ――――――
27/194

◍ 神代世界樹の様相 | 救世主、年齢詐称の疑い…?


 それは、往生際の悪い相手に、止めを刺すような台詞だった。

 真っ直ぐ突きつけるような眼差しを注ぎ続ける飛叉弥に、ふと何を思ったのか、柴が鼻から重たい息をついた。

 その音は、疲れた時や、とりあず安堵した時に漏らす、短いため息に似ていた。


「……――なるほど。確かにこいつは花人(はなびと)だが、呼び覚ましてやらねばならない状態にあるというんだな?」




  “黒い蓮華” だと――――。






           ―――― 【 洞察 】 ――――



「黒い蓮華……?」


 飛叉弥は否定も肯定も示さず、ただ、厳格な面持ちを保ったままでいる。

 柴は追究を続けて構わないと見て、その前に、皐月の頭から疑問符を取り払っておくことにした。


四生界しせいかいの世界樹を担っていたとされる夜覇王樹(セレイアス)(・ランサ)の花姿は、文献の数だけあると言って過言でないくらい多岐にわたり、謎めいている……」


 だが、その根や蔓は下界に垂れていて、地盤を支える支柱の役割を果たしていたと同時に、命の水を供給するものだった。

 朝がくれば不老長寿の果実をつけ、月夜に咲いた花は蓮華のようで、一色(ひといろ)ではなかったという。



 白い蓮華が降り注ぐのを見れば、罪業(ざいごう)を払われ、

 赤い蓮華は救済、

 青い蓮華は清廉―――。



「そして、黒い蓮華には覇王樹サボテンのような鋭い棘が具わっていたため、その刺激によって “覚醒” が得られるものだったらしい。それ自体が眠っている、幻の一輪でもあるそうだが………」


 あらためて皐月を見つめる柴にならい、満帆(みつほ)も遠慮がちに視線を送った。

 そんな彼女の傍らで、(けい)はとことん飛叉弥に噛みつく。


霊応(れいおう)がまったくないわけじゃないなら、何が理由で発現しないんだよ。ここまで来たら、はっきり教えてくれてもいいだろ⁉」


 柴が仲間たちの疑問を集約するように、重ねて厳かに尋ねる。 


「本当に一つも、こいつの保証になるものはないのか? 飛叉弥」


 どうしてこの少年なのだ。俺たちを率いてきたお前と、俺たちのことを何一つ知らずに生きてきたというこいつが――、



「 “よく似ている” のは何故だと考えればいい……?」



 さきほどから異様な存在感を放っている巨体の柴らしく、すぐ左隣にいる嘉壱には、そのどっしりとした心のうちまでもが伝わってきていた。


 柴は代々、有能な軍医を輩出してきた一族――桐家(とうけ)の一員だ。鼻筋を横切っている刀傷を隠すためか、伸ばされている前髪が邪魔でよく見えないが、彼は燦々と輝く深緑を思わせる、鮮やかな “緑峯石(リメキスト)” の瞳を発現した。

 普段なら、包容力が感じられるはずのその奥に、いつにない厳しさが潜んでいる。

 


「お前は――」



 ふいに開かれた口から発せられたのは、今日、ここにきて初めて聞く声だった。


(いさみ)……?」


 薫子が(いぶか)しげに眉を寄せた。

 これまで沈黙を守ってきた彼女の対面の男――菖淵史雄勇しょうえんしゆういさみは、実力だけでいえば立派な副将に値する隊士だが、如何いかんせん、暇さえあれば読書ばかりしている変わり者である。


 次に皐月に投げかけられたのは、普段から言葉数が少なく、考えの読めない彼だからこそと言っていい質問だった。




「お前は――、本当に十七歳か?」




 これには、飛叉弥を除く全員が()せない顔をした。


 眼鏡越しに、閉ざしていた藍色の “湶与璞シュユアン” の瞳をあらわし、勇はじっと返答を待つ。


 皐月はあまりに唐突で驚いたようだったが、少しして、何を馬鹿なというように笑った。


「年の割に幼稚――?」


「いや、()けて見える」


 至極個人的な気もするが、勇が抱いた第一印象と疑問に、やや気おくれしながらも、再び柴が口を開く。


「この筋骨では、年齢を詐称しているとしても、成長期には違いないぞ」


「そうか。なら、単に “須藤皐月” と言う名が似合っていないだけか」


「ハ? 名前まで本名じゃないって疑ってるわけ――?」


 嘉壱は抑えてきたイラだちが、熱を帯びてくるのを感じた。


「なあッ。お前が帰りたがってる場所ってのは、摩天のなんて所なんだよッ」


 いきなり話に割って入ったためか、皐月の眼が不快感のようなものを訴えてきた。

 嘉壱は仲間たちの注目も浴びて、いささか居心地の悪さを味わうことになったが、構わずに続けた。


「俺は菊嶋嘉壱(きくしまかいち)ッ。非番だったてのに、お前を迎えに行かされるところだった風使いだ。俺のこの格好を見りゃー分かると思うけど、お前が暮らしてる界国なら、何度も往来してるから歩き慣れてるッ」


 カーキー色のミニタリージャケットの下に、白いTシャツ。そして、ブルージーンズという自分の装いを示し、嘉壱は言いたいことをまとめていった。

 ひいなも、ここに辿りつく間に見かけた都の人間たちも、大体が着物姿だったはず。近代的な衣服も普及しているが、こちらの世界で、あからさまな “洋服” というのは珍しい。



「まぁ、動きやすいから? 邸にいる間は部屋着みたいにして年中着てるけどな、俺は。今日もこれから、非番を利用して、華瓊楽(カヌラ)じゃ手に入らない物資を、調達しに出かけようとしてたところなんだよ」


 帰りたけりゃ帰ればいいだろ。ついでに送り届けてやる。ただ、お前だって気になっているはずだ。とりわけ、この “飛叉弥” について――。


「まったく縁がないっていうお前と、そっくりな特徴を持ってるこいつはな、俺たち花人の間じゃあ、特に貴重な血を引いていることで有名な、珍獣みたいなもんなんだぜ――?」


「だから何」


「 “蓮” の字がつく(かばね)の花人は、昔から紫眼と決まっている。蓮家の血筋にしか発現しないからだ。皐月――お前、実は自分が知らないだけで、飛叉弥と近親だったりするんじゃねぇの――?」


 もしそうだとすれば、非常にデリケートな話となる。しかし、柴や勇が遠まわしにしか伺えないことも、自分ならストレートに聞ける。禁園だろうが神域だろうが、なんのそので突破してみせるのが風使いの取り柄。


「ハ――?」


 皐月は憫笑をもらした。


「単にバカなだけだろ、あんた」


「っ!? ば…」


「もし血縁だったら――? こんな俺を、敬愛するその人の身内として、すんなり認められるわけ?」


「そ…、……」


 そうよ、と薫子に同じ調子で突っ込まれ、嘉壱は轟沈した。


「ええっ…⁉ ちょ、なんでだよ薫子っ」


「なんでじゃないわよ。いい――? 現時点ではっきりしていることは、彼に飛叉弥の代わりを務めるつもりがないということなの。何者であろうとね……」


「~~~……」


 嘉壱が目顔でバツの悪さを訴えると、柴も同じような顔をして口を歪めた。


 飛叉弥の近親だとしても、それだけでは、受け入れられる気がしないのは事実――……。

 異界に隠れ住んでいたとなると正当な理油が必要であるし、薫子の言う通り、皐月がこちらの事情をすべて把握したところで、良好な返事をしそうにないことなども問題になってくる。

 この現状に、一体どう折り合いを付けたらいいのだ。



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