◍ 有明に花散らす夜叉
「いいか皐月……」
重要な話に移っていくことを察したのか、大広間を取り巻いている園林がざわつきはじめた。
「これは現実だ。そろそろ俺たちが何者か、具体的に教えてやるとしよう……」
皐月は渋々といった顔をし、応じるように目線だけ上げた。
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――――【 神代の弔花 】――――
「夜覇王樹の民がその支配力を誇っていたのは、四千年前の神代崩壊以前―― “四生界” の時代……」
そして、最も恐れられていたのが、神代崩壊直後から一千と数百年――、化錯界時代の中期を迎えるまでと思われる。深い森に棲み、人間に禍福をもたらす “神” と慰撫されていた。
水を崇め、聖樹を奉り、豊穣神の中でも最強と謳われる万物化育の神であると同時に、人を害する半神半鬼。夜を掌握する力を持つとされた。
「後に “夜叉” と呼ばれるようになるこの類は、様々な世界で独自の神格を得るようになるが、神代崩壊から二千年が経つ頃、夜覇王樹の民の中では “花人” と名乗り始める動きが広まった。以来、袂を分かつことになった反勢力は、今も凶悪な力に固執しているが――……」
飛叉弥は時おり煙管を口に運んでは、帰りたがっている異界人に、とんでもないことを打ち明けていく。
「雲上のまほろばと謳われる北紫薇の幽谷に、萼という軍事国家を拓き、人間と共存を目指しながら世界平和に貢献を誓ってきたのが、俺たち――王家勢力の末裔だということを、まず押さえてくれ……」
救国救民のためなどと聞けば、大層な勤めを背負ってきたように思うだろうが、ただ単に、甚大な力を体よく発散してきた好戦的な輩だと解釈してくれても構わない。花人が、侮辱されたくらいで牙を剥くことはない。そうやって徹底的に己を律することで、悪鬼との違いを示してきたのだ。
「俺たちは萼の森と、水源を守ってきた按主でもある。花人と名を変え、それに見合った生き方をするようになって以降も、萼の資源を収奪しようとする者があれば、叩き潰す。このことに変わりはないからな。周辺諸国にゴマをすらせ、追従笑いをさせる存在としては、相変わらずだが――?」
飛叉弥が自嘲気味に鼻で笑ったところで、皐月は再び饅頭を口にし始めた。
「 “アヌス” って……?」
「その土地の “主” ――という意味よ」
切り返すように反応したのは薫子だ。
「神代崩壊後、盤臺峰を失った天神は、新たな宿地をめぐって雲下の悪鬼邪神、魑魅魍魎と、一千年にもおよぶ戦を繰り広げた」
夜覇王樹の民は、これを扇動した天兵側の主力と伝えられている。長は、四生界の中核に “世界樹の役割を担うもの” として存在していた鬼神であり、花木の精霊のような姿であった。
「そんな民族が、龍王の乱心と天津標の倒壊――いわゆる神代終焉を迎えた時、何をしたと思う……?」
“焔籠玉” と呼ばれる紅眼を細め、いかにも蠱惑的な雰囲気をかもし、黒髪美女の薫子は、子どもをからかうような鬼女の微笑を浮かべる。
「天と天海の底を支え、地を繋ぎとめていた、骨肉同然の世界樹をねえ――?」
森羅万象を長養していたそれを、跡形もなくなるまで、滅多切りにした。阿鼻叫喚――断末魔を上げる神々の息の根を止め、常世の歴史に一切の未練なく、とどめを刺した。最後は敵味方などなかった。
「笑いながら、戦禍という、混沌がもたらされる新時代の幕開けに興じたのよ」
「いや」
飛叉弥が呆れ交じりに割って入った。
「花の雨を降らせたんだ。天と地が混ざり合う――それはこの世界の歴史上、ほんの一瞬の出来事だったかもしれないが……、恐ろしくも美しい光景だったと聞く」
盤臺峰の頂に暁光が弾けたその刹那、八雲原を一刀両断するほどの、目にもとまらぬ強烈な斬撃を振るい、すさまじい喊声を上げる一族を率いて、神代を傾けた一柱――、夜覇王樹神は天を舞った。
彼らが降らせた花の雨は、彼らの命そのもの。
目にする者に悦楽を与え、悪業から引き離すとされる、真っ白な花――……。
「盤臺峰を支えていた世界樹の花だというこれを、後世の人間たちは “天花” と称した」
夜深藍が去り行く西の空に、有明の月。
東の淵を熾紅が染め、ついに目を開いた太陽から、七色の輝きを放つ黄金の暁光が放たれ、崩壊する常世の様子を克明にしていく、神代終焉の刻――、
「紫天穹に突如として鳴り響いた鐘により、 “明か時” が告げられた――」
《 散らせ、散らせ! なんとめでたい日であろうか――…… 》
砂金のきらめきを弾き、虚無を映す下界一面にできた水鏡に、はらはらと、その花びらは舞い散った。
あらん限り、永遠を象徴するかの如く、降り続けた――……。
「盤臺峰を支えていた世界樹と、悠久の象徴であった常磐の大山が崩れ行く明けの空に、氷刃を閃かせて飛び交った生滅の体現者、それが俺たちの祖先……」
夜覇王樹の民だ―――。
(2021.05.06に投稿した内容と同じです。長文だったため、分割しました)




