◍ 互いの女? と任務代行の話
夕刻――。
茉都莉を連れ帰った五十鈴が
*――まぁ、そう結論を焦らずとも。
今晩だけでも泊まっていかれたらどうです?
と、皐月を苦笑気味に諭した。だが――
* * *
「遠足ぅう~!?」
これに訝しげな顔をした皐月の傍らで、茉都莉がなんだとーッ!? と目を三角にした。
萌神荘に一泊する方向で話がまとまった直後である。
「早ければ明日あさってにも、花連は邸を出立する。遠足のようだが立派な任務だ。李彌殷から遠く離れた山岳地帯に行く」
「五十鈴さんはどうするんですか? 奥さん一人…、置いて行っちゃうんですか?」
茉都莉にテコテコと歩み寄られた飛叉弥は、一文字の口を歪めた。
留守番を言いつけられて、寂しがる子犬みたいな上目遣い……。五十鈴が見送りでこんな顔をすることは無いが、悪い気はしないものだな。………………
イヤどうした俺ッ。と――、
飛叉弥が妙な魔法にかかりかけている自分に、内心で張り手を食らわせたのが、皐月には分かった。
「だからッ、俺たちは結婚してない」
辟易気味に視線を横滑りさせる飛叉弥に、五十鈴がくすくすと袖の影で笑う。
「茉都莉ちゃん、飛叉弥さまが言ってることは本当なのよ? でも不思議ねぇ。そんなに私たち、夫婦に見えるのかしら」
相変わらずの天然ボケなトーンを、ちょっとした救いに感じていることだろう……。飛叉弥はなんとも言えない沈黙を貫いた。
「そうだわ、茉都莉ちゃん。どうせなら、私たちもお出かけしましょうよ。いっそのこと、どこか遠くへ。都とはいわず……そう! 摩天がいいわ! 私、摩天に行きたい!」
* * *
*――茉都莉ちゃんの住んでいる世界には、
とっても便利な “神器” があるのよね!
かくして茉都莉は、花連の出立に合わせて帰り、五十鈴に八曽木を案内してやることになった。
茉都莉があらためて夕食の支度を手伝いに行ったあと、皐月はというと、あえて誰とも目が合わないよう中庭を眺めていた。
各所に灯を点して回っていた満帆が、声を掛けてきたのはその時だ。
「呼んでるよ。 “話がある” って」
× × ×
邸の一番西――。
木々に囲まれた池上の一室に明かりがついていた。
廊橋を渡ってそこにたどりついた皐月は、障子越しにため息をついてやった。
「なに? 話って」
「ああ、入れ」
飛叉弥は広縁に片胡坐し、月の明るい夜空を見上げていた。簾を潜って室内に戻り、座るよう促しながら少し笑って見せてくる。
「辻村茉都莉――なかなか見目のいい娘じゃないか。しかも、お前が好きそうなお転婆ときた」
皐月はくだらないと鼻であしらう。
「ひとの好みを勝手に決めないでくれる?」
「お前はなんだかんだ言って、手を焼かされるのが嫌いじゃないだろう。むしろ、甲斐甲斐しく面倒を見るタイプだ。内心では、駄々をこねられるほどかわいいと思ってるんじゃないか――?」
「思ってない。あいつは弟妹分とは違う」
「じゃあ、ただ単に “特別扱いすると決めた女” ってわけか。結局は突っ撥ねることができない」
「その結論、そっくりそのまま自分に跳ね返るとは思ってないわけ――?」
普通なら見苦しく言い訳したり、誤魔化したりがあるはずのところ、妙な沈黙が差した。
皐月はこの反応に、「なるほど」と合点した。
「ようするに、お前の場合は “そう解釈して欲しい” って話か――」
――――【 彼女との関係 】――――
五十鈴と生活を共にしてきた背景に、並々ならぬ事情があることは、皐月にとって説明されるまでもないことだった。単なる庇護欲で抱え込むとは思えない存在だからだ。
「彼女――、案外気が利くみたいだけど、ここへ来る前は何してた人?」
「某貴族のお姫様の傅きをしていた。礼儀も、読み書きも、寺院に預けられて育ったから、日常的動作の一環として一通り身についていたし、現に気に入られていた」
皐月は初見の際、その周囲に、白い大魚の幻影を見た瞬間の驚きを思い出した。
*――こうして、ご挨拶できる日が来るとは――……、本当に光栄です
そんな第一声をくれた本人を前にしては、とても言えなかったが――……
「花人とは、縁を持っちゃいけない種族の血筋だよね」
「……――ああ。俺もあいつ自身もよく分かっている。神代から四千年が経とうという当代においても、 “戦の素” にならないとは限らないからな。本来なら、お互いのために関わるべきじゃない」
「やっぱり “霓尾の末裔” か……」
その歴史をたどれば、神代にまで遡る “人鱗霊” の一種――。
予想していたとはいえ、皐月は正直、どうすんのと頭を抱えたくなった。
「……敵対する相手にとっては、そこそこの戦利品になるぞ。萼で秘密裏に匿うのも簡単じゃないから、こういう現状に甘んじてるんだろうけど」
「その通りだ。少なくとも今の立場で、俺が必要に思う生活環境を与えることは、無条件には叶わんだろう」
柴が先に用意してくれた二人分の膳を挟み、飛叉弥は手酌をはじめながら淡々と言う。
「夢の万能薬となる可能性を秘めてはいるが、五十鈴の血肉の半分は人間だからな。逆に完全体であっても、どう対処されるか分からん……」
「それで玉百合姫の下、直々に常葉臣の素質を磨かせてるわけ――?」
確かに、大常葉にでもなればただのお荷物とは言い難い。適当には扱えなくなる。※【 大常葉:上級の常葉臣。花神子の側近、もしく花神子自体に選出もあり得る。華冑王家の花人の配偶者であることも多い 】
飛叉弥は盃の中で揺れる酒を見つめ、思い出されてくる諸々に眉を顰めた。
「覇双会は、お前のことを疫病神呼ばわりしてきた議会だ。そんなところに単身、送り付けるわけにいかない……」※【 覇双会:萼における最高機密を取り扱う会合 】
皐月はその場の空気を知っているため、まあ、妥当な判断だと返す。
「正確には、人様を生かすか殺すか散々揉めてきた議会だ。そうこうしている間に、俺の場合は、なんとか大人になれたけどね……」
厄介性が増したら、刺客の一人や二人は差し向けるだろう。
やたら魔の手を引き寄せたり、強力すぎて制御できない諸刃の剣と化したり。
もったいない代物でも、守り切れず、敵の手に渡るくらいなら殺す――。
皐月はその条件に見事なほど当てはまってしまった身であり、守られてきた身であり、守ってやろうと体を張る立場になり、飛叉弥を不安にさせたせいでこうなった。
強制的に敵前逃亡させられたのだ。掟破りスレスレのやり方で――……。
随分と無力になったことと、素朴な料理を味わいながら、皐月は本音を吐露する。
「俺やお前が、事なかれ主義の元老たちにも対抗出来た一昔前ならともかく――、今はお互いこのざま。いざ審議にかけられたら、自分たちのことすら庇い合えるか分からないし…」
「そこはやれる。俺は」
「もういいよそこ、ムキにならなくて。……」
皐月はこの期に及んで、よく真顔で即答できるなと呆れた。
飛叉弥は性懲りもないこと言い続ける。
「何気に俺は、破軍星神府の神議臺も信用ならんと思ってるッ。守り手に名乗り出る神がいるとしても、そいつが五十鈴の取り扱いを誤ったら、俺は戦争を起こさなきゃならないッ」※【 神議臺:破軍星神府の構成神らによる決定会議 】
勝手に戦火を増やさないで欲しい……。皐月は手の付けられない阿呆を相手にしている気分になってきた。
「どんな経緯で、誰にそんな誓い立てたか知らないけど……。けちょんけちょんにダメ侍女扱いしてるお前が言う台詞じゃないと思うよ」
「なら、せめてお前の件だけでも、言うべきことは言わせてもらうさッ」
「いや、やっぱり “須藤皐月” もアウトだよ。色んな容疑かかってるもん。前の俺以上に武功挙げて箔つけない限り、どこ行ってもつつかれるよ。黙らせられないよ。てか、戦力外通告受けるかも」
「さすがにそれはないだろ」
飛叉弥は馬鹿にされて溜まるかと鼻で笑った。
祖先の夜覇王樹神は、天国と地獄を成していた大天柱。花神と月神の子であり、軍神であり、裁きを司る死神でもあった。
破軍星神府に公然と属しているわけではないとはいえ、夜覇王樹壺が殺神をも請け負う集団であることは言わずと知れたこと。
もちろん大義名分が無いなんてことはないが、前世界崩壊に関わった業を受け継いでいることも周知の事実。己の意に反して、その責務からは逃げられないこともだ……。
「花人は使命を全うしない限り、何度でも同じ定めのもとに生まれ変わる。萼の黒い神判が、こんな体力なしのヒョロヒョロ小僧に変貌したことが信じられなくとも、神々は認めざるを得ない。にも拘わらずだ――」
鉄槌神としての資格を疑うなら、善悪の住み分けが失われた現世界において、その線引きを務めるに欠かせない眼力の持ち主だと証明してやれ。
「存在意義を議題にしてきた萼なんて、もっとバカバカしいッ。無いなら見出せばいいだけの話だろ。そもそも、お前に関しては無いわけがない」
代われる者など、いないのだから。
「お前の代わりなんて、俺には――……」
舌打ち一つ、やけ酒のような呷り方をする飛叉弥に、皐月はなんとも言えない沈黙を置いた。
「――……まぁ、南世界樹の養い手にしても、対黒同舟花連の隊長にしても、確かに、誰かの代わりを担うのが今の俺に与えられた存在意義で、そんな俺の代わりは今のところいないね」
「別に、役割面だけで言ってるんじゃ……」
あまりにもはっきり言うのは照れ臭いらしく、飛叉弥はぶすくれる。
対する皐月は、あくまでも兄弟愛なんぞに浸る気はない。飛叉弥のそれは独りよがりで暴走することが分かった。無害なものだと思って警戒せずにいると、また望まぬ敵前逃亡を強いられかねない。
相当に痛い思いをして縁を切ったというのに、結局、定めとやらに引き戻されるなら、はじめからどっぷり巻き込みあった方が――……。
そんなことを思うと、一瞬、茉都莉のことが頭をよぎった。自分も飛叉弥のように、切れもしない縁を巡って、無駄な抵抗をしているのだろうと。
だが、自分の場合は、彼女をできる限り遠ざけた果てに、 “確信できること” があるはずなのだ。ただ平穏無事に暮らして欲しいだけが理由じゃない。たとえ関係がこじれようとも、むしろ、こじらせなければ確かめられないことが―――。
「……とにかく、茉都莉は八曽木に帰らせるから」
本題は、華瓊楽が直面していると思われる “新たな危機” についてであろう。
皐月は気を取り直して、目つきを変えた。
「 “ケリゼアンに関する任務の話” も、俺の耳に入れておいた方がいいんじゃないの――?」




