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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 関係 ――――――
189/194

◍ 不穏な情報共有と落とし物



   *



 実に何週間ぶりになろうか。

 魔天にいる間は、ほんの一日、二日程度の自覚しかないのだが、おそらく謝って済むような日数ではないだろう。


 案の定、屋敷に戻った薫子を待っていたのは、満帆の溜まり溜まった苦情であった。


「もぉ! 薫子のせいで、こっちは色々と大変だったんだからねぇ!? …………って、あれ?」 


 満帆に疑問符を浮かべられ、ぺこんと頭を下げる背後の茉都莉に、薫子は微苦笑した。

 

「ごめんなさいね。騒々しくって。私の部屋がこの先にあるから、そこで少し待っていてくれるかしら?」

 



   ×     ×     ×




「お、お邪魔しまーす……」


 茉都莉は言われたとおり、薫子の部屋と思われる一室に上がった。

 日に焼けた、六畳ほどの板の間。ファッションモデルが務まるポテンシャルを持つ彼女が、まさかこんな生活を送っているなんて誰が想像するだろう。

 エレガントな要素なんて、微塵もない。歩み寄った化粧台は申し訳程度で、母の叶が使っている鏡のほうがよっぽど大きく、立派に思えた。


 ふと見れば、文机が寄せられた飾り窓のすぐそこに、紅葉の葉が揺れている。ああ、やっぱり秋なのだと実感が湧いてきた。

 越境前、華瓊楽と摩天には、ちょうど三ヶ月ほどの気候の差があると聞かされ、驚いた。

 だからと言って、直接三ヶ月の時差があることにはならないのだという。 

 同じように、あちらとこちらの世界――そして、自分と皐月の間には、単純に言い合わらせない複雑な相違が存在する。


 窓辺に座り、自分の膝上で踊る紅葉の影を、茉都莉は不安な目で見つめた。 

 どんな形でもいい。多少強引でも、あいつが――……、

 皐月が、華瓊楽(ここ)で何をしているのか確かめて、関りを持ちたい―――。


 


   ×     ×     ×




「どういうことなの? 薫子」


 回廊の途中――適当に人目につかない場所を選んで立ち止まった薫子は、ため息をついた。


「……そういうことよ。茉都莉(あの子)とは、須藤皐月の素性を探りに行った先で偶然知り合ったの。萌芽という神社に住む神主の孫娘よ」


「私たちとも関係があるってこと?」


「それはまだ分からない。八曽木には独特の洞窟信仰があって、その事に少し詳しいみたいだけど、住民として不思議ではない程度。ただ――」


「ただ?」


「須藤皐月が元来、紫眼の花人であったことを証言した」


 な……っ! 満帆は、驚きに言葉をつまらせた。


「気づかれるのも時間の問題。たぶん、彼のことだから、時期に連れ戻しにくると思うわ」


「…って! まさか、黙って連れてきちゃったのぉー!?」


茉都莉(彼女)の意思よ。それより今、どんな状況なの……?」


 この質問に押し黙った満帆は、物言いだけな顔をしつつも、ぽつりぽつりと口を開き始めた。


路盧(ロノン)県城を突然、異常に巨大化した蛞茄蝓カナムが襲撃してきて……」


「左蓮の仕業?」


「うん」


 でも、そのお陰といっていいのか、皐月が転現を遂げて、今朝、正式に受諾した。新隊長になることを。


「何ですって?」


「だから…っ、転現できたんだって! 鬼強おにつよ戦闘モードの花人にぃッ!!」


 じゃあ、紫眼も覚醒したのかと聞かれても、自分は遠方の別任務に出ていたから、詳しいことは分からない。それより、啓の様子がいよいよおかしいと、満帆は動揺気味に次から次へ話を進めた。おかしくなっていること自体知らなかった薫子は、途中、自ら質問を交えることによって、ようよう全体をつかんだ。


 展開が急転し過ぎだ――。



「それと、例の村の件なんだけど……」


 薫子は半ば呆然としていたが、これには即座に反応した。


「この間のサンプルと、一致したの?」


「うん……」


 花連には、だいぶ前から想定されていた任務があった。ここ数か月で、向かうべき先が続々と湧いて出たため、目移りしていたが、上からGoサインが出され次第、何処へだろうとすぐにでも出発できるよう、準備を整えておくことになっていた。   


 そうだ。茉都莉を連れてきたはいいが、これではろくに相手をしている暇もない――……。

 薫子は額を覆ったまま踵を返した。

 晒し野地域の農村を狙った、残虐かつ奇怪な襲撃事件。妖魔、獣、樹木等の異常な巨大化・狂暴化。薫子がサボってしまったのは、これらの最終調査だった。未だ花人に信頼を置かぬ者もいる中、黒同舟との関連が濃厚になった重大任務でもある。そろそろ何かしらの成果を残さなければ――


「あっ…、待って薫子!」


 満帆はハッと目を瞠って、駆け駆け寄ってきた。


「言い忘れてたことが一つ……。担当する村と任務内容が変わったの。私も昨日、知らされたばかりで驚いてるんだけど」


「どこ?」


「たぶん後で、飛叉弥からもう一度話があると思う。それと……、嘉壱が今さっき智津香(ちづか)さんの診療所に向かわされた。滞在させてる例の盤猛鬼人の親子が…」


「??」


「あ~ッ! とにかく、雉鳴谷みょうちだにの界口について、なんだか不穏なことを訴えてるみたいなの! ついでに、今回の件で朱地雲(しゅじうん)に連絡を取りたいか、意向を聞きに……」


「そう。やっぱり智津香さんの “山” ってわけね……」


 朱地雲(しゅじうん)――それは南壽星巉みなみじゅせいざんの一つ。華瓊楽の西海の向こうにある、もう一つの大国の名前だった。





   ×     ×     ×




 

「あ…っ、薫子さん!」


 皐月が迎えに来るまでは猶予があるはずだったが、すでに茉都莉をもてなしている場合ではないと分かり、薫子はただでさえ親指の爪を噛みたい気分だった。

 部屋で待たせている茉都莉に、なんと言って詫びようか――……、そんなことに頭を悩ませながら戻ってくると、茉都莉が飛びつきて来た。

 

「どうしたの?」


「それが…っ、あの……ごめんなさいっ! 私……っ。落とし物をしちゃったみたいで」


「え?」


「ぁぁあのあの…っ! デデ、でもッ、落とした場所はなんとなく見当がついてるんです! だから、パパ~ッと探しに行ってくるんで…! ちょっとだけ待ってて下ッさあああーーーいっッ!!」


「ダメよ! 一人じゃ行かせられな…って足速いわねっッ。茉都莉ちゃーんっ!?」


 薫子もすかさず走り出したが、全速力の茉都莉は、稲妻が土埃を上げて高速移動しているようにしか見えない。あっという間に置いていかれた。





   ×     ×     ×





「この辺じゃないかなぁ……」


 急ぎ戻ったのは、城郭内で最後に駆け抜けた門前町のようなエリア。宗教的な高層建築物が密集している狭間に、色鮮やかな絨毯、書道具、掛け軸、翡翠、水晶などの呪具、飲食を扱う露店がひしめいている。

 商品が天幕の軒先に鈴なりにされ、どの店も祝祭日かと思うほどの賑わいだ。

 複数の異人街があると聞いた通り、行き交う旅客の容姿も様々。


 すでに心が折れそうな雑踏の中、茉都莉は立ったりしゃがんだりしながら落し物探しを始める。

 その脳裏に、蕣が先ほどしてくれたひそひそ話が思い出されてきた。




 *――まぁ…、親びんは異界国の出身だから、全然、気にしてなかったぽっいスけどー……、オイラは結構、嬉しかったんスよ。ちゃんと考え抜かれた名前を貰って。茉都莉さんは、東扶桑ひがしふそうの摩天から来たんですスよね? なら、「皐月」ってどういう意味の言葉か分かりやすか?



 *――……さつ…き…?

 


 「はい!」と、蕣は今日一番の笑顔でうなずいた。

 


*――親びんのことでやんす!

 


 「皐月」は五月の異称――そして、 “五月躑躅(さつきつつじ)” という花木を示すと同時に、茉都莉にとっては若くして亡くなった祖母の名でもあった。

 玄静が、あいつにあてがったのだ。五月の空のように、爽やかで明るい子になるようにと。


 一緒に暮らすことにしたはいいが、名前が分からず、幼い頃の彼は寡黙で、ただ静かに過ごしている少年だった。

 悲しいことがあって泣いていても、気の利いた言葉を掛けてくれるような奴じゃない。その代わり、いつも、きれいと思って摘んだのだろう道端の花や、元気が出るような色の葉っぱをくれた――……。

 


「あっ、あった…!」


 探していたものだと思って伸ばした手を踏まれかけ、反射的に引っ込める。次に見た時にはただのゴミだと分かり、茉都莉は落胆した。


「わっ!」


 突然だった。後ろから激突されてつんのめった。

 茉都莉が振り向くと、それぞれに打った箇所を撫でて呻いている少年が三人。


「ご……、ごめんね? ぶつかっちゃって。大丈夫だった?」


 しかし、子どもたちは問いかけに答えず、なぜか顔を見合わせて、茉都莉の胴に飛びついた。


「お姉ちゃん、助けて!」


「へ?」


 ゾロゾロと、複数の足音が聞こえてきた。それまで途絶えることのなかった人々の流れに変化が生じた。

 ふと、前方の道が開けたかと思うと、通りの左右に客を追いやりながら、七、八の男たちが、座り込んでいる自分たちの手前で、鼻を鳴らして立ち止まった。


「……やっと追いついたぜ畜生。この俺様に泥ぉ引っかけておいてトン面ここうなんざ、いい度胸してるじゃねぇか小僧ども」


「し…っ…、仕方ないじゃないかよぉ!」


「そそ…、そうだよ! 俺たちはただ……っ」


「ただ、もへったくれもねぇッ! こういうときはどうするかって聞いてんだよぉッ!」 


 裾が広がっているが、男たちの格好は和装に近く、丈の長い着物を肩に羽織ったり、ぼろ布を首に巻いていたり、禿頭だったり、角刈りだったり、頬に刀傷があったり……。


 間違いない。時代劇に出てくる破落戸(ごろつき)の典型。しかも、真ん中でふんぞり返っている襟足長めのオールバックオヤジは、見るからに親玉――。


「ぅん? なに笑ってんだこの嬢ちゃんは」


 茉都莉は内心で、くぅ~っと拳を握りしめていた。

 実をいうと、自分はこういう展開が病的なまでに大好物なのである。ジャンルは問わない。時代活劇、戦隊ヒーロー、五歳の時にスーパーで握手した “ピザパンマン” に至るまで、とにかく正義の味方が満を持して登場するシーンがあれば、それが自分のアドレナリンに変換される。

 はじめは、その正義の味方の名を叫ぶのが好きだったのだが――。



「…………りゅう…」


「あぁん? 何言ってんだか聞こえねぇ」


 手下一号が片眉をつりあげ、下あごを突き出して覗き込んできた。これは茉都莉にとって、アッパーを決めてくれと願われているも同然だ。


 まずは、軽くご挨拶から。


「えいっ!」


 跳ね上がった手下一号の脇腹に、間髪入れず回し蹴りを食らわす。


「や!」


「ゲふぅぅぅうううーーー…ッっ!!?」


 技を繰り出す時の声はかわいい。だが、茉都莉の一撃は人に与えたらダメなやつだということを、トルネードスピンした手下一号が一瞬で物語った。

 辻村流『鬼殺拳』に続き、『上段辻風払い』――、も一つおまけに『四の字固め』!! 

 何気に空手以外の技も含め、目にも止まらぬ速さでお見舞いしていく。


「ぅわわわっ!? なななな…、なんつーひでぇことしやがんだ、このアマあああ!」


赤松(あかまつ)の兄貴がぁーっっ!」


「ジャイアントボディプレスっッ!!」


「ぎゃあああぁぁぁ…ッ」


 次なる犠牲者が出た。殺戮の音が、しばらく続く……。



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