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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 関係 ――――――
188/194

◍ コンビニで発覚


 正午を回った。

 今でも十分暑いのに、八曽木市中の気温は上昇する一方。

 海も山も心霊スポットもあるとくれば、当然、ガラの悪い観光客も多い。


 エンジンをつけっ放しの車内から漏れてくるベース音が、まるで張り合っているかのように、挑発的なリズムを刻んでいる。

 その合間を抜けて、逃げ込むようにコンビニの店内に入った幸恵さちえ佳代かよは、大きく息をついた。


「あー涼しい~」


「外は地獄よね、ホント。みさ緒も早く来ればいいのにぃ~……」


 丸めた背中越しに幸恵が振りかえった先――、そこには真っ黒に日焼けした三人の男を相手取って、何やらガミガミと訴えている後姿がある。


「……ったく、分かればいいんだよ分かれば」


 気をつけてよ? と駄目押しの一睨みを利かせて、そのもう一人の親友が、ようやく店内に入ってきた。


「大丈夫だった? みさ緒ちゃん」


 実は駐車場を通ってくる途中、ふざけていた男たちが飲んでいたビール、手にしていたフランクフルトのケチャップが、彼女の服を汚したのだ。


「あ~、スッキリした! あいつらのお陰で、イライラが吹っ飛んだよ。ほら、クリーニング代だって」


「誰にも文句の言いようがない暑さを、事に乗じて晴らすとは。みさ緒……、アンタってやっぱ最強だわ」


 幸恵はムーっと感慨深げに眉間のシワを深めた。


「なに言ってんだよ。素直に謝らない方が悪いんだっつーの。これでアイスでも買おうよ」


「ね……ねぇ、みさ緒ちゃん、幸恵ちゃん」


 こそっと袖を引っ張っぱられて、二人は佳代が目配せするほうを振り向いた。




     |

     |

     |




「須藤?」


「?」


 玄静との話を終え、なんとなく家に居ずらかった皐月はコンビニに来ていた。雑誌コーナーで立ち読みをしていたのだが、顔をあげると同時に固まった。


 愛想笑いを浮かべて手をひらめかせる幸恵と、右足に重心をかけて腕組をしているみさ緒。その背後から、そろっと顔をのぞかせたのは、茉都莉の中学校時代からの親友――小島佳代だ。

 肩に少しかかる程度の長さの髪を、いつも首の後ろで一つに結んでいる。淡いミント色のシフォン生地の服に、アイボリーの膝丈スカートという、いかにも控えめな格好だ。

 彼女とは、初めて顔をあわせた時から、ずっとこんな調子。もともと引っ込み思案な性格なのだろうが、胸の前で右手をにぎりしめていて、顔もやや強張っている。


 皐月は三泊ほど置いて、開いているページの中へと視線を戻した。


「なに?」


「いや、愛想なさ過ぎだろ。須藤お前ぇ~、まさか、エロ本なんか見てるんじゃないだろうなぁ」


 ブンッ、と手にしていた本を捥ぎ取られ、さすがの皐月も額に青筋を浮かべる。


 大和田みさ緒――。こいつはとにかく手荒で、印象もキツイ。女子剣道部のエースで、相手が誰であろうと腕は勿論、彼女に口で勝てるやつはいない。背も高く、クラスの男子の中には見下ろされている奴もいる。

 ジーンズに白いミュールを合わせ、上はライトグレーのサマーニットと、シンプルな格好をしていた。

 どうでもいいが、ボーイッシュな性格のため、髪型はショートボブ以外にしたことがないとか……。



「なんだよこれ。ただの料理本じゃん」


「悪い?」


「別に悪かぁないけど……」


「いま俺、すごい腹減ってるんだよね」


 みさ緒は半眼の目じりをひくつかせた。作る以外に料理本を活用している奴がいるなんて衝撃的だ。コンビニに居るんだから、弁当でも買えばいいのに……。



「ねぇねぇ、須藤くん!」


「?」 


「今日、午後から予定空いてますぅ~? アタシたちこれから映画見に行こうと思ってるんだけどぉ~」


「あんた誰」


 会う度、腕に絡みついている幸恵は、ずり落ちかけた赤渕メガネを人さし指で押し上げた。


「隣のクラスの江本幸恵(えもとさちえ)、十六歳、ただ今彼氏募集中ですっ! 一応、一年の時は同じクラスだったんだけど!?」


「へー」


「てか、このくだり何度目よぉ~っ!」


 ぐいぐい来る幸恵とは距離が縮まらないよう、皐月は会う度、わざと初対面のふりをするのである。


 幸恵は赤茶のおかっぱ髪の両サイドをヘアピンで留め、額を出している。眉が細い。服装は決して派手ではないが、洗練されたデザインなので流行り物だと分かる。白のオフショルダー……? というやつに、短めのサンドベージュのタイトスカート。

 クネクネとよく動く彼女を見ていると、まな板に乗せられた伊勢海老が想像されてくるのは、空腹のせいで頭がおかしくなりかけている自分だけだろうか……。



「じゃ」


「えあっ、ちょ…、ちょっとぉ~!」


 皐月は死んだ魚の目で身をひるがえし、出口に向かって行った。


「……相変わらず、つれないのねん」


 唇を尖らせる幸恵に、傍観していたみさ緒は苦笑した。


「ムダだっての。同級生つっても、茉都莉が言うに、実際には一つか二つ、年上みたいだし?」


「あれ?? そうなの? 病気かなんかで留年してるんだっけ??」


「まぁ、あのルックスだから女子は放っておかないけど、基本、男子とさえろくにつるまないしさー。それに……」


 こんなことを思っているのは、自分だけかもしれないが


「それに?」


「ぅわぁッ!! お前いつの間に…っ」


 答えを促されたみさ緒は、ぎょっと目を剥いた。背後に再出現していた皐月に、内心で歯ぎしりする。


(これだから、須藤こいつは苦手なんだよッ。神出鬼没で、まったく気配を感じない。何考えてるのか全然分からないし、乗りも悪いし、はっきり言って空気読まないし…ッ!)


 それに――……、佳代からちょっと気になる話を聞いた。もうだいぶ前になるが、須藤(こいつ)と茉都莉が小学二年の時のことだ。

 “あの場所で起こった事故” のことなら、みさ緒も知っていたが、噂には決まって尾ひれがつくものだから、どうせくだらない連中が、嫌がらせついでに言いふらしているだけだと思っていた。これは忠告だと、もっともらしいことを言いながら――……。



「あのさぁ……、今から映画に行くって言ったよね」


 皐月はみさ緒から注がれてくるなんとも言えない視線から逃げるように、襟足を掻きながら尋ねた。


「伊勢本さん。だっけ?」


「もしかして、やっぱり気が変わったから戻ってきてくれたのぉーッ!? キャー、信じられな~い!!」


(江本です…っッ!)と心中で切り替えしながら、幸恵は再び飛びつこうとしたが


「アイツは一緒じゃないの?」


「え。あいつ?」


 目をパチクリさせる。


「あ…、……あのぉ……」


 か細い声が聞こえてきた。


「佳代?」


 佳代はあからさまに肩をびくつかせて、少し離れた所から懸命に口を開いた。


「あ…っ、あのぉ! 茉都莉ちゃんだったら、き…、今日は一緒じゃないよ? 私たちも朝、誘おうと思ってメールしてみたんだけど、何だか電波の届かないところにいるみたいで…」


「電波が届かない?」


「だ…っ、だから家に直接電話してみたの。そしたら、おじいちゃんの所に行ったって。確か須藤くん、一緒に住んでるんだよね? どお? 風邪の具合……」


「は――?」


 どうなってるんだ一体。どこの誰が風邪ひいたって? 


「おじいちゃん…………、です」


 そんなまさか。今朝、会った玄静は少なくともいつも通りピンピンしていた。


「聞き間違えとかじゃないの? てか、なんでアイツが?」


 佳代は「えっ?」と目を見開いた。


 残念ながら、幸恵とみさ緒に助けてやることはできない。電話を掛けたのは佳代だ。


 佳代は両肩を丸め込んで、ますます小さくなった。


「えっと、その…、須藤くんじゃ面倒みきれないだろうから……って」



 急激に茉都莉がいないというもやのような違和感が凝縮してきて、冷たい汗となり、皐月の背筋を伝い落ちていく。

 そういえば……、紅桃港くとうこうで薫子が隠していた人物。後ろを向かされていたが、小柄な少女だったと思う。モデル体型の薫子の後ろに隠れきれていたし、わずかに見えていた左肩に、紅く――癖の強い……、髪が――……。



 フラッシュバックが起こる。

 頭の中だけでなく、一瞬で目の前が真っ白になった。

 そこに、肩越しでいいから振り向いてくれないだろうかと思うほど、何故だか気になる一人の娘の姿がえてくる。


 彼女は飛花が舞う中に、暁雲色の長い髪を波打たせていて―――……





「須藤…くん?」


 佳代は険しくなっていく皐月の表情を、不安げに見ていた。


「……ありがと。これ、よかったらあげるよ」 


 手にしていたコンビニの袋を押し付けて、皐月はドアに体当たりするように飛びだして行った。


「なんなんだ? アイツ」


 みさ緒は、袋を抱えて呆然とする佳代の横に歩み寄った。


 入り口で肩をぶつけられた男が、小言を言いながら店内に入ってきた。

 幸恵は幸恵で、窓際の本棚越しに愛を叫びながら手を振っている。


「パンダのマーチ……」


「え?」


 聞き返してくるみさ緒に、佳代は袋の中を見せながら繰り返した。


「お菓子、パンダのマーチ」


「ぶっ」

 

 

 ぶはははっ! と、みさ緒は意外な中身を見て大笑いした。



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