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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 序鐘 ◇ 始動 ――――――
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◍ 次なる敵はすでに…?



 皐月は場所を移しながら話を続けた。

 二神の案内で、検罪庁内の某所へ向かう真っすぐな柱廊を進む。


「五日前、地下への悪影響が否めない大転景を起こしたから、無事かどうかの確認もしなくちゃならなかったし……」


「それで嫌々ながら来たわけか」


 合点した蘇温が色を正して続ける。


「避難誘導にあたった邏衛軍の部下たちから聞いた。引きずり込まれてきた蛞茄蝓カナムや化け蝗に関しては、こちらで鬼門を使い、さらに念入りに封じ込めたが……」


 柱廊の両脇には、相変わらず桃林が広がっている。見ているだけで咽ぶように甘い色の霞が漂っていて、視界が悪い。


 そんな門神境には、至る所に様々な方角を向いている観音扉がある。瓦屋根がついていて、山々の狭間から突き出していたり、見上げなければならないほど高い位置に浮いていたり、樹間にぽつんと自立していたり―――。

 皐月はそれらから、行く手に視線を戻した。



「鬼門はもちろんだけど、天網にも綻びがないよう引き続き頼むよ……」※【 天網:天が張り巡らせた網。悪人が逃れることは出来ないという。ここでは地下で結合している各地の霊木の根のこと 】

 

「門神は各世界各国、時代、守護する地域、建物、信仰者によって理想的な神像が異なるものだ。うてなで同じような役割を担う者には、竜生九子の椒図しょうず以外だと……確か、盤猛鬼人がいたな」


 軽く握った手を口元に添え、蘇温が何やら考え込むのに対し、緑功は寄り添って歩く白虎とじゃれながら、呑気な調子で言う。


「お宅ら、昔から仲良いよなー。今回もどこからか、西原出身の奴が駆けつけたみたいだし」


 欽厖きんもうオドのことだ。彼らの遠い縁者が萼にもいて、封印が施された岩戸の番人や、瘴穴のような自然の中にある臭いものに蓋をしてくれている――。



 *――待っているよ……




 皐月は年老いたその声を思い出しながら、地下牢への入り口のように階段となって、光が届かなくなる柱廊を淡々と下りていく。



うてなは常磐と花木の国――……。一方で水をめぐる争いと、戦火を生んできた。水源や霊石なんかの資源を守るためにも、盤猛鬼人のような神代由来の土鬼の協力は欠かせない。でも、それはこの南海巉なんかいざんも同じ……」



 抜け出たそこは、ひときわ巨大な神殿内。柱がなく、開けている中央をさらに真っ直ぐ進むと、これまた巨大な臙脂色の観音扉が待ち受けていた。


 左右に桃の巨樹、それを下から照らす八俣の枝付き燭台が、頭上の闇にそびえて立っている。

 とりわけ厳つい瓦屋根は神威を感じるほど立派だが、扉には桃樹の一枚板と思われる特大のかんぬきが掛かっていて、沈黙している様子が不気味でもある。 “百刑道・絞二番街” という扁額へんがくがかかっている。



サン――」



 立ち止まる皐月に対し、その両脇からさらに進み出て、蘇温と緑功が扉に命じた。

 左右に並び立った二神の間で、木がしむ音が悲鳴のように上がり、神殿内に響き渡っていく。

 全身が粟立つほど生暖かい潮風が漏れてきて、皐月の前髪を揺蕩わせる。

 現れた洞門は、喉から腸まで一直線に繋がっている大蛇の大口を思わせた。



「……ちなみに、康狐仙かんこせんとは、まだ距離を縮めきれていない。次も力を貸してくれるかは不明だ。ましてや、俺自ら本格的に黒同舟を潰しにかかるこれからは、一心同体の状態にある世界樹も、危機に瀕する可能性がある」


「!」


 皐月は蘇温と緑功の注目を受けても、あえて行く手の闇を見据え続ける。


「万が一、俺の命か、世界樹かを天秤にかけなきゃならない場合は――……、一応、世界樹を優先するつもりでいるから」


「安心しろと? お前はそれでいいのか。他に背負うべきものがあるのではないか?」


「――……」



 蘇温の指摘は鋭い。皐月は否定も肯定もしない。ただ、失ったものを取り戻すのが先だと思っている。でなければ、そこにあった本来の責務は、果たしたくても果たせないはず。

 “須藤皐月(自分)” は本当に花人を名乗っていいのか。堂々とうてなに還れるのか。すべては飛叉弥同様、華瓊楽カヌラのことに尽力し、どれだけ名誉挽回できるかに掛かっている――。



「花人は皆、生まれながらの罪人って話は、今更するまでもないだろ――……。でも、俺にとって白か黒かは、そう単純じゃない。自分自身も含めてね……」


 性善説も、性悪説も否定しない。少しでも白く清らかに散りたいと願う心があるか、無いかで変わる未来があることだけが事実。結果が物をいう世界だ。



「なんにせよ、今の俺にできることは誰かの代わりを担う程度で、役不足だとは思ってない――……。せっかくだから、ここから帰らせてもらうよ。刑罰を兼ねた、違法入海異民の強制送還ルートなんでしょ?」


 自虐的に言って少し笑うと、緑功が自分事のようにムクれる。



「 “お前たちの善悪を見極める目が健在であること” は、今この場で証明された。だが、そもそも、なぜ南の天壇按主てんだんアヌスを肩代わりしている身で、お前が第一線に立たなきゃならないッ? 彪将ひゅうじょうはつくづく人使いが荒い鬼だな」



「いざす貝が再び呪力を取り戻すまで、あと二年しかないからだろ。敵を引きずり出すための餌だよ、俺は。ただ食われて終わるつもりはないけど……」



「彪将とそっくりな顔をさらして歩いてるのも、彼奴きゃつらの興味を惹くためなのか――?」




*――そもそもお前は、この世にいてはならんのだろうッ!






 路盧ロノンで戦いの最前線に立った時、燦寿から放たれた叱責は、今も耳朶にこびりついている。蘇温にまで如何なものかという眼差しを注がれ、皐月は苦笑した。



「……気をつけるよ。まぁ、あんまり多くに注目されても困るから、適度なところで情報を操作する。数か月後には、今とはまったく違う “須藤皐月の噂” を巷に定着させたい。あんたらも拡散よろしく」


「それは別にかまわないが……」


「邏衛軍の兵士たちは、あんたらの部下でしょ?」


「正確には都内が管轄の京衛武官――八方旗営の者たちだ。確かに街中ではもちろん、交通の要所である関所などでも人々に接しているから、俺たちがでまかせを広めるのは容易い」


 緑功は悪ガキの顔で、さっそく誰に指示しようか考え始める。

 仕事熱心な蘇温は抜かりない。


「代わりと言ってはなんだが――、少なくとも我々はお前たちを当てにしている。実は “宋愷そうがい” という男について情報共有がしたいと思って、寄ってもらったのだ」


「そうがい……?」


「最近頻発している樹木や妖獣のありえない巨大化、凶暴化に関与しているらしい。黒同舟の一人と見られていることから手配書が出回っている。おそらく、例の盤猛鬼人の親子が華瓊楽カヌラにやって来た理由とも絡んでいるのではないかと思うのだが、――なんだ。彪将から聞いていないのか」



 皐月は行く手の闇に目を細めたが、如何せん、何も見通せそうになかった。


「詳しくはまだ……」


 盤猛親子が五日前の攻防に参戦できたのは、そもそも飛叉弥に会うため、華瓊楽の近くまで来ていたからだということは知っている。

 ただ、この上、協力を求められたり相談を持ち掛けられる気配は、今のところないのだった。





                    【 序鐘 ◇ 始動 / END 】





〔 読み解き案内人の呟き 〕


第一・二幕、整え終えたので、また書き始めました。

※(修正個所については《最新報告》に記載)


第三幕はこの後、医療系のお話になっていきますが、

専門知識がまったくないので、突っ込みどころ満載な

薄っぺらい内容になると思います……。



この物語は基本、他人の気持ちが分かり過ぎたり、

裏事情を知りすぎている人間が、凄まじく苦労する……

特に、様々な人生経験から、色々な人の立場に立つことができてしまう

(複数の視点を持つ)皐月くんの苦悩を堪能するためのもの……。

だと思って下さい。


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