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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 序鐘 ◇ 始動 ――――――
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◍ 桃愛でる門神との密談



 今朝の新隊長認証式――。

 役職柄、出席できなかった者たちもいるが、いずれ何処かで声をかけられることもあるだろうと奎王けいおうは言った。


 第一号となったその声掛けは、救世主を指名手配犯よろしく取っ捕まえ、しかるべき自供をしなければ無事には帰途に着かせないという、脅しの何物でもなかった……。




「――まぁ、そう固くならず。変に絡まれるのは御免だろうが、務め上の情報交換を兼ねてであれば、お茶くらい一緒に飲んでくれると思ったのだよ」


 皿に桃の花枝が添えられた菓子と、湯気が立つ茶が差し出されてきた。


 邏衛軍・中央険罪庁外事――。

 悪鬼が各拷問にかけられている石像のギャラリーを、何とも言えない気分で通過。たどりついたこの施設が、冥府の出城や、罪人を仕置きするお役所でないなら一体なんなのか……。


 複数の厳つい望楼が備わっている殿舎の中庭は、反面、十月にも拘わらず桃源郷のように垂れ桃が満開だった。


 神仙の周囲に季節の移ろいはない。彼ら自身が春夏秋冬、それぞれにちなんだ風情を纏まとい、とどまる所、行く先々に齎もたらされる四季や象徴物、そのものなのである。


 南世界樹たる威厳を誇った壽星桃なき今、ここを守る神と桃の木の重要性は格段に増した。


 

「はじめまして。――と言うべきか?」


「そう嫌そうな顔をするんじゃない。我らは、破軍星神府はぐんせいしんぷの鉄槌神の中でも好意にしてきた仲だろうが」


 破軍星神府――。※【 神代崩壊後に組織された、もと天軍による世界的秩序のための制裁組織 】


 だからこそ厄介なのだよ……。

 皐月はそっぽを向いて表情を誤魔化しているが、内心、薫子のことを言えないと思うと、ばつが悪かった。



 待ち構えていた二神のうち一方は、中庭に面した執務机に就いている。

 左門神――蘇温ソオン。彼は色白でつり目気味の青年。赤紫の髪を結い上げ、京衛武官の黒服の上に、銀の陣羽織をまとっている。


 もう一方は白虎を連れて、茶を出した石卓の周りをうろつき、尋問する気満々だ。

 右門神――緑功リョッコウ。彼は短い黒髪、黒ひげが特徴。松葉色の陣羽織を羽織っている。

 

 この二神はうてなの雑兵などよりよほど、こちらの内情に詳しい。世界を股に掛ける抜足鬼ばっそくきの捕捉や、四大世界の基盤保持に関する部分で、破軍星神府を通じ、大昔から協力関係にあるからだ。



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「過日の李彌殷リヴィアン大火災、そして今回の路盧ロノン襲撃……、神々は皆、夜覇王樹神セレイアス・ランサの脈持としか思えない力で凌いだお前が何者か、以前にもまして興味津々な様子と聞くぞ――?」


 蘇温は賛辞を贈るように続けた。


 かの三大鬼国――うてなすら、近年は大柱※【 政権・軍権運営における各勢力の統率者が集う台閣 】の空洞化が問題視されている。

 ある妖魔の行軍を許した年、当時の鎮樹王将らを含む多くの若枝が切り崩され、かつてない犠牲者を出してしまったからだ。


 しかし、己の使命を全うできず散華した花人が、 “萼にて輪廻転生を繰り返す” というのは有名な話。

 それが常葉臣ときわおみとやらの伝承通り、花神に受けた呪いのせいだろうが、普通に考えて “人柱が捧げられた結果” だろうが、



「――花人が還った土は、肥沃になるだけでなく “玉” を生す。お前は数多の犠牲の上に、新しく芽吹いた希望。彪将ひゅうじょうを大樹大花と見習ってきたような、萼の次世代を担う玉樹※【王家華冑の子】ではないかと……」



 当たらずしも遠からずだろうが、安直すぎると分かっている蘇温はここで話を切った。

 皐月が現実との乖離に苦しむことになる。彼の正体は、生まれた時から死んでいるも同然の死神だと思う。彪将を仰ぎ見てきた世代とも違う。



「そうだろう、 “うてなの黒い神判” ――」



「やっぱりバレた?」


「お前は彪将の隣にいたはず。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」



 世間のおおよそは、このことを知らない。ゆえに、彪将がやづさとの共犯を疑われてきただけだが、実際はそう単純な構図ではなく、様々な人物と思惑が絡み合っていたと思われる――……。


 蘇温は我がことのように何度も想像し、考え込んできた。



「お前がやづさを逃がしたのか、彪将が逃がしたのか、どちらが阻止しようとして仕損じた側なのかはさておき、お前を消したのは彪将らしいと、陵鳥神みささぎちょうしんから聞いた……」


 あいつらは “飛び回る棺” ――。お前の捜索を手伝うよう秘密裏に頼まれて、何が起こったのか、知ることになったのだろう。



「――なるほどね。考えてみれば、一番怪しまれずに、俺の骸を探し回れる職種の連中だ。あわよくば、一千年は優に保たれる “魄体ミイラ” でも作るつもりだったのかもな」


「……。少なくとも、衛男エナルの前では、そういう憎まれ口を叩いてやるなよ?」



 とにかく、自分が殺したの一点張りである彪将ひゅうじょうの主張を、近しい者たちは信じなかった。

 確かに、お前たち二人が目の前で斬り結んでいたなら、やづさに逃げる隙があったことも不思議ではない。

 彼女を巡って、萼の黒い神判と対立せざるを得ない状況となった末、彪将が凶行に及んだ――。そんな結論に至りそうになる度に、いや、有り得ないと思考を巻き戻し、行ったり来たりさせてきた。



「しかしまさか、~~……ある意味、本当だったとは」



 実をいうと、蘇温はさっきから頭を掻きむしりたい衝動をこらえている。自分たちが知っているうてな最凶の花人は、皐月こいつで間違いない。だが、こんな線の細い少年ではない……。



「にしても、何故わざわざ彪将とそっくりに化けて出た? 紛らわしいだろうが」


 緑功が腕組をして、口を尖らせた。


「……。」


 皐月は横向きに足を組んだ格好のまま。

 蘇温はうなだれたまま沈黙した。



「なんだ。そのバカを見るような目は」


「いや――? あんたみたいなのばかりなら、俺も苦労しないのにと思っただけ」


「そのつらは造り物だろ? じゃなきゃ、なんで彪将そっくりなんだ。()()()()()()()()()お前が、素顔で歩き回るわけがない。なぁ兄者」


「うん……。悪いが緑功、少し黙っててくれ」



「あんたら面倒だから、もう好きに解釈して。正直、破軍星神府の “神議臺しんぎだい” にかけられると困る。自分でも何がどうしてこうなったか分からないし、死にかけたショックなのか、一度死んだからなのか、まだまだ思い出せないことだらけで~」


「そうやってしらを切り通すつもりかッ? 舐めるなよッ? お前が甘露に等しい不老長寿の霊薬か、未知の蘇生術を自身に施したことくらい容易に想像がつくのだぞッ。天神孫とて今や絶滅危惧種ッ!! 単に回復力だけでも、この四千年でどれだけ衰えたことかッ。で――」




 どうしたら黄泉還よみがえれるのだ。



 ずいと寄せた顔面を、ガシッと鷲掴みされても、緑功はゴっツんこしてやろうという勢いで皐月に迫り続ける。


うてなの花人はやっぱり生まれ変わるのかッ。しかも、前世の記憶や性格を保持するなど可能なのかっ!? 兄者は歴代一の美顔の持ち主なのだッ!!」


「知らないよ……。何この人。近すぎるよ、目が血走ってるよ怖いよ」


「お前は俺の大事な兄者の美貌が、この汚らわしい地下で劣化の一途を辿ってもいいというのかあァァーーっッ!! 我らは華瓊楽カヌラと運命共同体なのだぞッ、萼の加護無くしては生きた心地がせぬまま老いて行くばかりの、哀れな身の上なのだぞ同情くらいしろおーっッ!? この彪将そっくりの容姿はどうやってこしらえた…っ!? 縫い目とかあるのか、縫いぐるみか!? どれッ、ちょっとでいいから服の下を見せ…」


 目潰しッ。

 いだああああーーっッッ!!!


 兄弟愛のあまりバカになっている緑功に、皐月は濁点付きの悲鳴を上げさせた。



 甘露や変若水おちみずのような、いわゆる不老不死の霊薬は、神代由来の本物はもちろん、新たに発生する紛い物も含め、すべて天軍こちらが確保しなければならない。

 効能を確かめるためだ。 “千年大戦は、まだ終わっていないのだから” ―――。



「隙あらば、天地をひっくり返そうだなんて目論む輩が地下にいる限りは、戦力を維持する必要がある。あんたらが倒れれば、紅桃港ここは終わり。四大世界樹を養う天壇按主てんだんアヌスが絶えれば、この世の全てが終わる……」


 そんな未来を左右する代物を秘密裏に編み出したり、ましてや独占しようだなんてするわけがないだろう。神代のその昔、煮ても焼かれても死ねない生き地獄に落とされた、何処ぞの罪神どもじゃあるまいし―――。



 皐月は恐ろしいく化け物じみた巨大樹のように、斜め上から、足元でのたうち回っている緑功を睨み下ろす。



()()()()、本当に分かってる――?」




 少年の見た目と、言葉付きには不釣合いな侵しがたい気配が漂ってくる。これに一生踏みつけられるのは確かに御免だと思い、歯噛みする緑功である。


 神代と呼ばれたかつて、浮力のない穢れた身は、雲下の塵界にて夜覇王樹セレイアスという元祖世界樹の肥やしにされていた。皆それだけのために生まれ、死んでいく畜生だった。

 夜覇王樹が根を張る盤臺峰ばんだいほうの雲下――特に谷底は棘だらけで、まさに針山地獄だったとか――……。




「フン……。やはりお前は、どう取り繕っても夜覇王樹神セレイアスランサの脈持だな。抱えているものが似すぎている。この世が終わらぬ限り続く己の務めに耐え兼ねて、足抜きした可能性も無きにしも非ず。図らずも、目の前で起こった事に乗じて、あるいは彪将ひゅうじょうがお前に自由を…」


「そっちこそ舐めた口を利くなよ――?」


 皐月はおもむろに上体を倒し、緑功の目と鼻の先で、声にどすを利かせた。



「飛叉弥とやづさの件は、俺が処理する。――少なくとも、この目に曇りがない限り」



「彪将とお前が何故そこまで助け合おうとするのか、俺には分からんがッ――」


「たぶん、あんただけだよ。分からないの」


「たとえ血は繋がっていなくてもッ、俺と兄者のような半端ない絆が、男同士の間には生まれ得るからにッ――」


「いやいや、殺してやりたいくらいの憎たらしさが、血の繋がりすらあって無きようにしてみせることも、俺の場合はあり得るからに――許さないからに。土下座しても当分は無視してやろうと思ってたからに」


 ――まぁ、これまで深入りしないでいてくれたわけだから? あまり心配はしていないけど、なんなら “天壇按主てんだんアヌスの座” を譲ろうか。




「……なに?」


「花人なんて信用ならないと思ってる連中がけっこういるみたいだし、もしかしたら、甘露的薬が優先的に回ってくるかもしれないよ――?」


 大儀そうにため息をつきながら言う皐月に、思いもよらないワードを聞いた蘇温は、驚きと戸惑いが絡んだ眼差しを注ぐ。


天壇按主てんだんアヌスだと……?」


「そこには気づいてなかったわけか。南壽星巉みなみじゅせいざんの現世界樹は今、俺が別世界で養ってる」


 敵もそろそろ勘づいている頃だろう。元々、挨拶に一区切りついたら、紅桃港の偵察くらいはさせてもらおうと思っていた――。





〔 読み解き案内人の呟き 〕


【 門神 】

作者の創作ではありません。

青竜と白虎や、千里眼(を持つ神)、

有名な昔の軍人を門神とする場合もある。

代表的なのは神荼しんと郁塁うつりつ


 

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