◍ 年の差がある〝双子〟の謎
話は、数日前の朝に戻る。
* * *
「須藤皐月は、紛れもない花人。蓮家の生まれで、俺の――……、実の弟だ……」
飛叉弥の告白は衝撃的だったが、それだけでは説明になっていない。
眩しいほどの外では、逸人とひいな、嘉壱らの笑い声が弾けている。
対して、柴は資料をのぞかせた茶封筒を、飛叉弥のほうに押しやってからずっと、厳しい面持ちを保っていた。
「ただの “弟” じゃないだろう……」
皐月の細胞年齢は測定不能。同い年とも、年上とも、年下とも言えないが、お前と皐月の遺伝情報は、まったく同じ。
「これは “双子” である証拠だ。皐月の黒眼が偶察石だというのも嘘ということでいいな? 飛叉弥」
「いや……、嘘をついているつもりはない」
偶察石―――、いわゆる夜隠月石。複数のルーツを持つ混血児などにおいて、なんらかの理由により、はっきりと発現しない七彩目が、この石に譬えられる。
なんの霊応をものにするか未確定であると同時に、確定するまでは使い分けができたり、花人が本来持ち合わせない特殊能力を秘めている可能性があると聞く。
「確かに、一つ以上の霊応反応が見られたが……、あいつの血液は “神代の生き残り” と神聖視されるほどの高純度だった。蓮家大旆の血筋でなければあり得ない解析結果が出そろっているんだぞ?」
皐月の霊応が複数色分なのは、夜隠月石のためではない。元来、全霊応を駆使できる紫眼の万将だからと考えるのが妥当だ。
黒眼になのは、単に世界樹を養うようになったせい――。戦闘に必要としない限り、霊力を常時、消耗しているからなのだろう。
「夜隠月石であることを否定して、皐月が “遊色付き” の黒眼である理由の説明がつくか――?」※【 遊色効果:オパールや真珠などに見られる虹色の色彩 】
飛叉弥はほとんど詰んでいても、あくまで柴の詰めが甘い部分を指摘する。
霊応が削がれることで、紫眼が暗紫色になることはあるだろうが、他の色をにじませて黒ずむのは不自然。
「その通りだ。しかし、蓮家の血しか受け継いでいないお前と腹違いの兄弟であるならともかく、双子だということが明らかになった今、皐月に紫眼以外を発現するルーツがあるという主張も不自然だろう。飛叉弥――」
柴は一呼吸おいて、攻め切る覚悟を固めた。
「留めを刺していいか。皐月の本当の名は、 “龍牙” というのだろう……?」
竜氏であるとすれば、どうだ。これは血液を調べて証明できることではないが、蓮家には確か、特殊な真珠に譬えられる紫眼が発現した記録があったはず。
「一応言っておくが、国家機密に当たる内容なだけに、無断で探ったわけじゃない。昔、師匠から聞かされたことがあったんだ」
珠の呼び名には色々ある。随珠・懸珠・垂棘・明月珠・夜光璧、夜明珠……。
人原でも、これをめぐって争ったのは時の権力者であり、花人の間では夜咲き睡蓮や、夜明けに咲く蓮に通じるとして、蓮王家が似たような宝を所有してきたという口伝が残っている。
だが、墓に納められているとか、恐ろしい番神に守られているとか、頭上に垂れ下がっているが、棘があって触れないとか、
「すさまじい生命力を秘めていて、不老不死の妙薬になるとか……?」
とにかく門外不出のため、本当か嘘かは、外部が知り得るところではない。半面、命を顧みず、探りたくなるほど、多くの者を魅了する話だ。神代の元祖世界樹・夜覇王樹神や、月花の甘露を連想せずにはいられないからな。
この珠は地下深くで、最後に日光を浴びた日から一千年以上光り続けており、眠っている今は、闇夜に浮かぶ月の如く。そして、覚醒する “明か時” を迎えれば、七色に輝くという。
ゆえに、この珠を思わせる遊色付きの紫眼を
「 “破暁の瞳” ――、と呼んで畏れた。 “龍王から盗み取った秘宝の色” だと」
「龍王か……」
飛叉弥はそのワードを口にされ、ようやく観念したようなため息をもらした。
「龍王といば、四千年前の神代崩壊を引き起こした、天地の境――最後の門番。天津標を守護していた身でありながら、塵界にしかなかった時化霊を氾濫させることで、常世という世界が存在した神代を終わらせた。だが、今はその話をしたいんじゃない」
柴は早口に言う。
「まぁ、そう急ぐな。俺を、次期花神子となられる玉百合様の近衛に推薦した男のことは、知っているな?」
この期に及んでもったいぶられると、温和な柴もさすがにいら立つ。
「お前の師匠だろう? 玉百合様のお母上を、先の花神子の座に伸し上げた鬼神衆の鬼神。俺の師匠が生涯支えると誓った戦友であり、葎から出でた、珍しい大樹大花だ」
鬼からも鬼神と恐れられた彼は、伝説と謳われるその功績と引き換えに、隻眼となって垣所※【半隠居】に落ち着いたため、現在の国政には直接関わっていない。
だが、玉百合の母――先々代花神子の新統治を叶えた。腐りかけていた萼の再生を賭けて、当時の花神子から全権を簒奪した脅威的な印象は、褪せることを知らない。
「如何せん、公に称賛を浴びることはない、 “闇の花” のようだが……?」
「そうだ。花人にも、越境を司る、架け橋の才を持つ者―― “竜氏” は生まれ得る。これは総じて、かの龍王を彷彿とさせる。萼の新時代を担った花人として、あの人にもその素質があった。だからこそ、どうせ明かさなければならないなら、あの人の存在無くしては、何も実現できていないことを強調させてくれ……」
葎に生まれ、ひねくれながらも大樹に育ち、人間であって女だった先王を命がけで支えた師匠のような花人こそ鑑――……。
飛叉弥は自嘲気味に笑う。
「花人なら誰しも、持っている力と待遇の矛盾に、耐えかねることもあるだろう。己の不満を抑制してまで、人間に謙らなければならない理由が――、 “掟の価値” が、夜覇王樹壺に属していても分からない者が多くなってきている。まさに世も末だ……」
先人が勝手に決めた約束事だけが、淡々と受け継がれてきた。そう嘆いて荒れ狂う連中は、同族だろうと排除しなければならない。そんな姿勢を固持してきた東天花輩※【王家勢力】の権力を乱用する一部の華冑にとって、嘉壱や啓のような葎上がりは、いい標的だったろ。
「ああ。嘉壱は養子だし、啓に限っては葎生まれであることを、取り繕いようがないからな……」
かく言う柴も、実のところ葎出身である。
「それぞれ見出されるまでは、野に落ち延びた反勢力の末裔と一括りにされていた。鬼神殿をはじめとする穏健派が支柱となってくれたからこそ耐え忍んでこれたが、まぁ…、もとより針の筵というわけだ」
柴は、秋の気配が色濃くなってきた庭先から、あらためて飛叉弥の方を見向く。
「飛叉弥――、お前が師匠殿と二人、花人の鑑たる華冑にあるまじき “夜覇王樹壺の闇” と闘っていたことは、決して想像に難くない。お前と秘密を共有することになれば、俺の葎時代の苦労など、苦労のうちに入らなくなることも覚悟の上」
そもそもの話をしよう。蓮尉晏やづさが、どうしていざす貝を強奪しようだなんて思ったのか――……、彼女が、黒同舟の一員になった理由は分からないが、
「蔵を破る計画を持ちかけたのは、他でもない。お前で――」
いざす貝を盗み出し、本当は、何に使うつもりだったんだ……?
飛叉弥はついに核心に触れられ、薄く笑った。あの呪物は知っての通り、術者の指名したものならば、なんだって吸い込み、閉じ込める魔力を持つ。
「暗色化した破暁の瞳を、霊応が定まっていない夜隠月石だと言い張って、しばらくは皐月の素性を誤魔化せるとしても、お前は皐月の血筋を証明する存在。そして、皐月は、お前が今日に至るまで積み上げた企ての全てを、証言できる存在なのだろう」
お前たちを引き裂いたものは? なぜ、龍牙は皐月の見た目に若返ったのだ。
彼の体に何をした? 皐月は龍牙本人なのか? いや、
「 “本体” なのか――?」
「どうしても、護ってやりたかっただけだ――……」
それによって、どんな罰を受けることになったとしても、誰を裏切ることになっても、自分の誓いを嘘にしたくなかった。
「お前たちは信じてくれると言ったがな、いざす貝を奪われ、悪用された責任を、俺が負わないわけにはいかない……」
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*――悪いな、柴……
飛叉弥は、弱々しい笑みを浮かべた。あの兵器が奪われて以来、千夏に一輪と謳われてきた彼が、見る影もないほど花園の隅に干された。
やづさが、いざす貝を強奪する現場に居合わせたのに、どうして止められなかったのか――、なぜそこにいたのか。確かに直前まで共犯だったと考えていいのだと思う。
玉百合はしかし、当時からずっと飛叉弥を気に掛けている。だからしばらくして外へ連れ出した。謎の砂漠化に苦しんでいるという華瓊楽へ、一緒に奉仕しに行こうと手を伸べてきた彼女に従い、萼を離れた飛叉弥が、こんなことになって、隊を組む必要に迫れ、戻ってきたその折――、
*――柴……
同じことを尋ねた――。いざす貝を盗み出し、本当は、何に使うつもりだったのか。当時の飛叉弥は答えてくれなかったが――、
柴は飛叉弥よりも前方にある少年の背中に、視線を移した。
思い切って、七年ぶり聞き出そうとした時、いつの間にか背後に現れていた彼の表情はあまりに印象的で、数日経った今も、瞼の裏に焼きついている―――。
議場内はついに、完全な沈黙に満たされた。
それを待っていたかのように、皐月はまつ毛の生えそろった目をすっと細めて、口を開いた。
「正直に言わせてもらうけど……」




