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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 序鐘 ◇ 始動 ――――――
178/194

◍ 新隊長の徽章、前代未聞の素材



 《 それは、限りなき暗黒の果てにあり…… 》

 

 希望はまだ乏しい。ついに花連の新隊長となるその少年が、国王に歩び寄る姿は決してたくましいわけでなく、この先に待ち構える幾多の困難を打開してくれる救世主だとは信じられないくらい、見事な徒人ただびとの黒眼。しかも、寝ぼけ目だった。


 半面、一堂に会した神々を前にして、猫のように飄々とし、落ち着き腐っているには違いなく。

 彼の長い黒髪、むしろ立ちはだかるような態度、ふいにすっと細められる眦の、寒々しいほど涼し気に見えるところなど――、

 

 《 確かに。 “神代の生き残り” を名乗るならば、ふさわしい 》

 

 神々はそう、うなずき合ったという――……。 

 



―― * * * ――






 よりによって実りの秋に襲来した、壊滅と絶望をもたらす妖魔。

 そいつらを一掃したのは、さらに残酷な地獄を見せつける力を持つ、黒髪の鬼神だった。

 巷では、そんな噂が広まっている。



「――よくぞ凌いでくれた。見事であった」


 奎王けいおうの穏やかな物言いの中には、力のこもった満足げな響きが含まれていた。


「今日はお主のお披露目会ついでに、一杯盛り上がろうと、皆集まった次第ですじゃ。だが、その前に……」


 柳のように垂れ下がった燦寿の眉毛が上がる。彼が目配せした方を見ると、いつの間にやら現れた官人が飛叉弥に歩み寄り、恭しく一礼して “例のブツ” を渡していた。……いや、別に怪しいものではないのだが。


 自分のにらみが正しければ、それは刀のつばのような代物のはず。

 紫色の上等な絹に包まれていて、案の定、飛叉弥が見せてきた中身――、花連隊長の徽章は、重々しくきらめいていた。


 いわゆる “夜覇王樹輩章やはおうじゅはいしょう” ……。



 皐月は途端に、苦虫を噛み潰しているような気分になった。

 鍔には星のような、蓮の花のような肉彫りが施されている。これは、十の城邑じょうゆうで取り囲んだ萼国きょうごくにある花人の派兵機関――、夜覇王樹壺セレンディアを真上から見た形だ。


 他にも、兵科や階級を表すため、あるいは霊応を強化するため、皆、それぞれの七彩目の色に似た玉や、飾緒などを装身具とする決まりなのである。

 寄生ほよを抱える大樹大花ともなれば、複数の構成品によって格の違いを示すものだが……、

 


「ほれ万歳」


 皐月は促され、渋々両腕を上げて、自分のへその当たりをさらした。

 胴に回された組み紐に光るのは、艶のある紫蓉晶シェバイシスの玉だ。


「用意がいいね……」


「お前の場合、黒曜石のほうがいいかと思ったがな」


 皐月は鼻を鳴らした。別になんだっていい。

 本格的に部隊を率いる立場となっても、相応の身分証明書があっても、黒眼でいる以上、大層な格好をすればするほど、こちらの世界では怪しまれる。


 “本性に近い姿” をさらした先日は、色々と必要に迫られただけで、能ある鷹は普段、爪を隠すのが基本。



「……あれ、ちょっと紐が余ったぞ? 腰細いなお前。こんな細かったっけか」


「うるさいんだよ。その、久しぶりに会った父親みたいな口の利き方やめろ」


 分かってる、分かってる、といなしながら、全然分かっていない様子の飛叉弥はどこか嬉しそうだ。


「~~……それよりこれ、いつ何処で造ったんだよ。まぁ、予めこうなると思って準備しておいたんだろうけど」


「実はそれが、そうでもないんだ」


 飛叉弥はぎゅっと紐を結び終えると、鍔を指で弾いた。


「……、ぅん?」


 金属の音がしない。それに、何だか妙に軽い気がした。


「チョコレートってやつだ。金紙で包んであるから、見た目はなかなかそれっぽいがな? 摩天の駄菓子屋で見かけたのを参考に、俺がとっちめた華瓊楽カヌラの偽金貨職人に造らせてみた」


「ひど……」 


「鋳造している暇がなかったんだ。新隊長就任、とりあえずおめでとうッ!」


 ヘイ! と右手を上げて、ハイタッチを要求してくる。

 死ね……。皐月は内心で呟きながらも、とりあえず誘いには乗ってやった。形だけ。


「ではでは」


「ちょっと待て」


 回れ右をしかけたその肩をつかんで引き戻し、皐月は仰け反った背中に、鋭い視線を突きつける。


「しつこいようだけど……、一応あんたの “代行” ってことでいいんだよね」


「ああ。お前の要望は、きちんと通してやるから安心しろ。その証拠に、後でいかにも仮だと分かる花銘(かめい)をくれてやる」


「 “いかにも仮” ってなんだよ……」


「まぁ、細かいことは気にするな。今日くらい気楽に楽しめ」


 ポンと肩を叩いて、飛叉弥は元いた位置に戻った。



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 楽しめって言われても……、と吐き捨てる声を、嘉壱の地獄耳は捉えていた。

 皐月は事ここに至っても、絶ッっ…対に逃走する隙を狙っている。ただの顔見せということならと了承したのに、想像していたより、随分大げさなことになっているからだ。


 彼は並外れた戦闘能力があることを認めても、花人だと名乗ることは相変わらず渋っている。対黒同舟の一員になったところで、 “仲間” だとは口にしないだろうし、祝われたい気分でもないと思う。



 嘉壱は皐月の背中を見つめ、数日前の路盧ロノンでの攻防を思い起こした。

 自分は、こいつが花人たる姿に転現したのを見た――。今、着ているのは、飛叉弥が用意した夜深藍の梟業服きょうごうふく。丈長、袖なしで、二の腕まで覆う黒い手甲をつけている。黒い軍靴を履き、赤紫の腰帯に孔雀の羽飾りがついた匕首ひしゅを挿して、左耳にだけ金耳墜きんじすいを光らせている。

 “ボウテンコウ” とかいうド派手な風霊技カザミわざをぶっ放したあの時とは、似ても似つかない格好だ。あれはなんだったのか……。



 嘉壱としては、日に日に、わけが分からないことが増していく感覚しかない。

 啓や満帆、柴も、それぞれ不服そうだったり、不安そうな顔をしているのを見れば、この状況に流されているだけだということは明らか。

 勇は無表情、薫子は不在なので勝手な想像でしかないが、大いに喜んでいるわけはないだろう―――。

 


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「あのさぁ」


 皐月は再び、壇上の国王を仰いだ。


「一つ聴いていい? この人たちを――花人を嫌ってる人たちも、まだいるんだよね?」


「うーん……、そのことだったら、少なくとも、ここに集まった者たちは、その方らを信頼していると考えてくれていい。他にも勤務上、出席できなかった者もいるが、いずれ何処ぞで声をかけられる事もあろう」


《 皐月とやら―― 》


 低めの、よく通る女の声が右手から放たれた。岩場の高いところにいて、長く青い髪を片あぐらしている周囲に広げている、巨大な女神からだ。


《 好きか嫌いかは重要ではない。我らは、協力し合わなければならないのじゃ。同舟相救う――。敵と同じようにな 》


滝荒母ろうこうぼの仰る通り。いさず貝に悩まされているのは、人間たちだけではありません。竜氏とされる現奎王の下にあるということは、なんであれ、同じ意向であるということなのです。私たちは、共に戦うつもり。ねぇ、奇岳(ウルガ)(ソン)様」


 穏やかに笑う耳の尖った色黒男の手前で、小人のような身丈の老人が血気盛んに飛び跳ねる。


「無論じゃ野貴鬼(ナファングル)! ワシとてまだまだ若いもんには負けんぞいッ!」 


 そうだ、そうだと議場内がざめいた。



「まぁ、見ての通りだ。塵界に最も近い南巉なんざんにも、まだまだ多種多様な神仙がおってな。ひとたび竜氏と祭り上げられた以上、私は懸け橋となるのが務め。案ずるな。種族としての隔たりや、確執も、あって無きようなものにして見せよう」


「それはいいんだけどー……」


「ぅん?」


 先ほどから歯切れの悪い主役の面持ちをいぶかしんで、奎王は眉を寄せた。


「どうした。言いたいことがあれば、何なりと申せ。遠慮はいらん」


「そう…。なら、正直に言わせてもらうけど……」



 ゆっくりと顔を上げた皐月は言葉通り、遠慮するどころか不敵ともとれる強い眼差しをもって、議席から注がれてくる視線と対峙した。

 その度胸がどこからくるのか――、奎王は不思議がる様子もなく、ただ、口元に笑みをたたえて面白そうに眺めている。

 何故なのか。そして――、


 柴は、ついと手前にある飛叉弥の背を見やった。

 この背中に、自分たちはずっと魅せられてきた。誰に恨まれても、嘆かれても、どんなに自分を犠牲することになったとしても、彼には “護りたいもの” があったのだ。


 その存在を、自分以外のメンバーは、まだ知らない――……。



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