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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
 越境画師・蒐【 秘密の匂わせ裏話2 】
173/194

◍ 白花曼珠沙華、狐と狸の密談を飾る

 

 華瓊楽カヌラ――。

 誰も知らない数日前。




   *




 この日も、王都李彌殷(リヴィアン)の歓楽街、翠天平すいてんびょうは一般大衆向けともあって昼間から賑わっていた。

 ここは丘陵の麓を埋めつくす巨大な飲食店街であり、土産物市場だ。

 頂上までの間に、ピンからキリの妓館が乱立しており、日が暮れば、頭上に連なる紅灯と、その明かりに浮かび上がる川面や、種々の並木が幻想を織りなす。


 西廓は南に酒楼群、北に異人街や寺院、道観が集中しており、各国の文化や人種が混沌としている。

 その一部である花街は、八年前の国家危機を境に、女、子どもの保護、教育機関の役割を担う一面が強化された。

 何処の小道に入っても、歌舞の手習いをしている声、二胡や琵琶の旋律が聞こえる―――。



 



「ちょっといい? そこのお姉さん」


 細く暗い路地に入った時だ。足元から視線を上げると、裏通りの酒楼の酌婦にしては、上玉の少女に見下ろされていた。

 いや―――、少年だ。長い黒髪をそよがせ、窓枠に頬杖をつく。その手の影で面白そうに笑んでいる。



「今、暇――?」


「あまり暇じゃないよ。各店に花を売って歩いてるところなんだ」


「いつもここを通る?」


「いつもじゃない。たまにだね」


 そう言って、女郎花オミナエシに桔梗、白菊に萩――、秋の花を詰めている手桶を地面に下ろす。

 再び少年を見上げ、花売りの女は、蠱惑的な微笑み方をした。


「買ってくれるかい――?」


 幸薄そうな容姿には不釣り合いだったが、少年は特に怪しみもせず、クスっと笑い返し、返事とした。




   ×     ×     ×




 女は部屋に招き入れられ、少年が仕事着への着替え途中であることを理解した。

 たった数日で、この界隈に一世風靡を巻き起こしている、今噂の踊れる美人奇術師―― “紗雲さくも” に化ける前であると。



宵瑯閣しょうろうかくの女将に裏の顔はない。悪い噂も聞かないのに、どうして男娼がいるのかと思ったら……、なるほどねぇ」


 女は花を買ってもらう代わりとして、求められたことに応じた。

 椅子に腰かけた少年の後ろに立ち、繰り返し、丁寧に髪を梳かしてやる。


 なんということはない。童女がままごとでするように、一部編んで、簪を添えればいいだけの話だ。


「今のところ、紗雲が男だってことは誰にも知られてないから、化粧とか髪結いとかしてくれる協力者がいなくてさ。自分で出来るって言っちゃったし。でも俺、実のところかなり不器用で…」


「通りすがりの花売りに頼むことにしたっての……? あんた――、随分と見え透いた嘘をつくんだねぇ」


 女の声はどこか艶っぽく、少女にはない重厚感がある。それがふいに増して、低くなった。


 対する少年の態度は、風のない昼下がりの空のよう。大抵のことは受け流しそうだ。


「そっちは化けるのも、化かすのも得意でしょ。化粧を頼む相手として目を付けたのは、あらがち嘘でもないんだよ。いっそ専属の髪結師として会いに来てくれないかな。探り合いなんて手間は省いて、これを機に、色々とお近付きになりたいと思わない――?」


「お近づき……ねぇ」


 女は卓上に立てかけてある鏡を調整するついで、少年の右側から身を乗り出した。

 小鬢こびんのほすれ毛を一撫でして耳にかけ、わざとらしく白い首筋に指先を添えて見せる。


「どうせなら、もっと楽しいことに誘ってくれるかい? 坊や、十代の見た目によらず、物知りでしょう……?」


 鏡の中に映り込んだ女の髪は長く、稲穂のような黄金色だ。

 別人に成りすましていても、人間の皮を被っていても、天地、善悪が混ざり合った世の中だろうと、稀代きだいの瞳力を隠し持つこの少年には、女の正体が視えている。


「坊やも化けの皮一枚はがせば、立派な大人の男。ついそそられて来てしまったけど、これはもしや、とんでもない罠だったのかしら」


「ハハ。お姉さんこそ、花売りにしては、その辺の玄人より、よっぽど男を手玉に取るのが上手そうだ。でも、河房で客をとってる鬼女とは違う。女狐のニオイがする」


「そう言うあんたからは、不自然なほどなんの香りもしない。とんだ狸だね。人の手を借りなくても、化けるのなんて造作もないだろう?」


「そんなことないよ。正直に言うと……」



 少年は大儀そうに足を組み、腕も組んだ。

 次に発せられた声は、女が見抜いた “中身の男のもの” だった。


「――南壽星巉みなみじゅせいざんの守り人は骨が折れる。天壇按主てんだんアヌスがどれだけの霊応を消耗するか、知らないわけじゃないはず。俺は今、色々と事情があって、その消耗が必要な半面、補給も必要なんだ。いざとなったら、猫の手だって借りたいと思ってる」



 当代の華瓊楽カヌラ最強と謳われる産霊神ムスビがみ康狐仙かんこせんの手が借りられるなら、それに越したことはないが――




「……そちらにも事情があるようだから、しばらくは、このままってことで手を打とう」


 ただ、壽星桃が倒れるに至った責任の一端が花人にあるとしても、この肩代わりは永久ではない。いずれは華瓊楽で、しかるべき後継者を樹てる時が来る。


 お互い、逃げてばかりではいられないぞ――?


「普段、何をしている? なぜ、城隍神廟じょうこうしんびょうや自分の寝床まで留守にしがちなんだ」


「野暮なこと聞くねぇ。極上の “人黄” を持つ男を捜し歩いているに決まってるじゃないか」


 女はさっさと払うように作業を終わらせた。


「言っておくけど――、すべて死ぬ直前を狙っている。天に許された範囲内から、逸脱したことはしていない」


「――そう。ならいいんだけど……」


 女は次のセリフで、この少年の眼力が、抜きんでていることを実感する。



「もし、何かあっても、一人で無茶をしないようにね……?」



 先代の仇は、俺たちが討つと約束する。次なる世界樹を見出すということは、決して容易ではないのだ。



 *――よいか、フォン……



 女は先代の言いつけを思い出すことになり、目を瞠った。

 だが、すぐに微苦笑した。胸にそっとしまい込む。



「心得ている――……。そうだ、坊やには、きっとこの花が似合うよ。髪に飾って店に出るといい」



 女は傍らに置いていた手桶の中から、一輪の花を引き抜いた。



白花曼殊沙華しろばなまんじゅしゃげ。花言葉は知ってるだろう……?」






       ―――― “また逢う日を、楽しみに” ――――







                           【 END 】






〔 あとがき 〕


ここまで読んで下さった方、まずはお礼を。

ありがとうございました!

第二幕と第三幕の内容に絡めた【番外編】でした。


さて、第三幕ですが――、

【呼び水版】の方を少し整理・追加してから、

またコツコツ投稿しようと思います。

【連理版】に関しては……。申し訳ありません。

私自身が【塵積版】との同時進行で頭が混乱してしまったので、

お休み中です。積極的に投稿するというよりは、

違うパターンを楽しんで書く “いたずら書き” にしようかと検討中……。

変更内容等あれば《 お知らせ掲示板 》に示しますので、ご確認ください。


それでは。


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