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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
 越境画師・蒐【 秘密の匂わせ裏話2 】
172/194

◍ 死神の子と棗菓子 | 引き寄せたのは…結び巫女?



   *   *   *


 

「はい、これ――」


 小さな、小さな手が掲げて見せてきたものを、栄麓香の花笠の中から覗き込んだ。

 目が悪いせいか、小さすぎるせいか、それが何かはよく分からなかったが、心の籠った物であることは間違いなかった――……。


 自分の務めが分からないと悩み、

 昔話をもっと聞かせてと、希望を見出そうとする目をして、

 また、会いに来てもいいか――。そう、遠慮気味に問うてきた。



 *――ああ、いつでもおいで……


 

 愛おしかった。精一杯この気持ちが伝わるように微笑みかけて以来、 “死神に愛されているという呪われた子” は、しばしば蓮の揺籃ようらんを抜け出し、会いに来るようになった。


 うてなの真の王―― “奥王” を養育する蓮壬家はすみけのことである。

 死神の影を打ち払って見せようという穏健派の要だが、如何せん、当主はまだ十代半ば。文武両道、百戦錬磨の元老たち相手に余裕をかませるわけもなく、渦中の幼君がまた、それを察してしまう敏い子だから、配下らはむしろ、手を焼いていると見える。


 確かに、今は童女のようなかわいい顔をしているが、近い将来、父方、母方、どちらの牙を剥いてもおかしくはない。

 それはつまり、萼の表か、裏の顔を担うということだ――。



「この間、約束したなつめの焼き菓子」


「ん? おお~、それを持ってきてくれたのか!」


「奥には、棗大楼そうたいろうっていう大きな厨房があるんだ。そこで蓮茶も作ってもらったよ?」


 吹けば飛ぶような豆粒大の菓子だった。

 雀の涙ほどの茶。

 だとしても、こんなに味わい深いものがあるだろうか――……。


「そういえば、なつめは一日三つ食べれば、年をとっても元気でいられるとゆーておったなぁ。本当か~?」


 わざと大げさなそぶりで疑って見せた。子どもらしくムキになったり、得意気になって欲しかったのだ。


 最近は、萼と協力関係にある神々すらも、この子を死神そのものと恐れ、蹴散らして、追い返すと聞く――。

 



   *   *   *




 それからしばらくして、また二人だけのお茶会をした。

 空はどんよりと鉛色。

 すっかり死神呼ばわりされるようになった子は、自身が今にも死にそうなほど痩せて小さくなり、以前より無口になってしまった。


 どうした。何があった。

 何を言われた?

 ほれ、元気を出せ――。そう、どんなにおどけて見せても無駄だった。膝を抱えたまま、ただ、そばでじっとしているだけ。



「……なんでもない」


「本当か?」


「ほんと。でも……」




            また、会いに来ていい――?



 空まで泣かせそうな、かぼそい問いかけだった。

 以前と同じようにすぐ頷いてやるつもりが、飲み下さなければならない諸々の感情があって、震える下唇を噛みしめてからになった。


「ああ!」


 遊びに来るくらい、何を遠慮する必要がある? わしの寿命は、どんな大樹大花に吸われても、そう容易く尽きたりせぬわい。

 だから、いっぱいいっぱい食べるんじゃい。痩せっぽちのチビ助なお前が、今に沢山の寄生木ほよを抱えて、大輪の花を雲のように咲かせる、とてつもない肥料食いになったとしても――……。



「わしは、かの神代大天柱を支えておった “盤猛亀神” やぞ!」



 死神の子はびっくりしたようだ。夜明珠よあけだまの目を丸くした。

 ようやくクススと少しだけ笑った後、わざとらしく半眼になった。


「……それはウソだよ。この間、下っ端だったって言ってたじゃん。千年大戦の時も、逃げてばかりだったから生き残ったんでしょ?」


「違うわッ。ぅっ、生まれてこの方、ににっ…、人間とは交わっておらんッ。しょしょ、正真正銘の神代の生き残りなのやから!」



「ほんとに、……ほんと……?」



「ああ…!」



 半ば必死な自分に、あの優しい死神の子は、なんと返したのだったか――……。



「そっか。じゃあ――……」






   *   *   *






 わしは、懺悔しなければならない。まだ聞かせていない、昔話がある。

 天地を支える我が身の血肉になってくれ。この子にならそう頼まれても、喜んで頷いたと思う。

 


 なのに

 



 *――じゃあ、また、棗菓子を持ってくるよ……









                  *




     ――――【 花言葉:あなたは私の悩みを軽くする 】――――



「お前の両親が、うてなの大地に還った日――……、瑞雪が降り続き、その年はとてつもない豊作となった」


 後に “銀天の戦い” と呼ばれる。正真正銘、 “この国から生まれた史上最凶の死神” 相手に、近年最大の大天柱と目されていた当時の萼の鎮樹王将らが、次々と切り倒された。

 そこに、生きる伝説と謳われてきた常磐の如き老将が現れ、ここぞという時、どう戦ったと思う――?


 先陣を切って盾になり、命を差し出すことが、最後の務めだった。それくらいしか能がないにも拘らず、実際には、若い者を犠牲にして生き残ったのだと、教えてやらねばならなかった――……。


 なのに

 


「棗菓子、どんなに嬉しかったか――……。長生きして欲しいだなどと。だが、同時に自分の罪深さを思い知らされた」


 老人のため息が降ってくる。






 萼暦きょうれき、二一〇二鐘年、春――。

 光陰矢の如しで、大椿の画を飾ってから、季節ごとに新作を持ち込み、春の画を見せるのは、これで十三回目。


 所どころ日が差し込んでいる、広い洞窟内。

 苔生した祭壇のような岩肌に、また新たな一幅の山水画が飾られた。

 萌木色の山を背景に、枝垂れ桃の枝にとまったつがいのつばめが描かれており、枝をしならせて戯れている。


 ご存じ――。この画は、中の描画が動くのである。




「蒐よ……、あやつはまだ還らぬのか――?」


「――……」


 石碑に飾り終えた蒐は、梯子代わりになってくれていた手の平から飛び降りた。


 まほろばと呼ばれる地では、男は十三歳、女は十二歳から三年に一度しか年を数えない。地盤に含まれる常磐の質にもよるが、数年の時間経過を感じて、ようやく外界の一年に相当する経年劣化が起きる。


 しかし、この厳の神とて不死身ではない。

 いい加減、本気で弱音を吐きたくなるのも分かる。



「今頃、どこで何をしているのやら……」


「ついに合流したと聞きました。決着がつくまで、少なくともあと二年……」


「飛叉弥があずかっている華瓊楽カヌラの一件、そもそも膠着状態が八年も続いているのは、いざす貝を奪還されたくない敵の側と、新世界樹の養い手を死守したいこちら側の体勢が、拮抗しているからだったな……」


 いざす貝は十年に一度、新たなものを吸い取る呪力を取り戻す。それまでは兵器として使い物にならず、ただの封印容器に過ぎない。

 一方の新世界樹も、養い手が “不完全な形” にあり、守り人として自立するまでにそれなりの時間を要する――という、厄介な事情がお互いの動きを鈍らせていた。

 

 飛叉弥は思いがけない逆風にも苛まれた。足抜きして以来、行方知れずだった蓮尉やづさが、敵に与していると判明したが――


「悪いことばかりでもなかった。自分を信頼してくれる命知らずの六人の仲間を得て、絆を深めることができた……。この八年は、双方、状況を整理し、必要最低限の駒を揃え、体制を整えるための準備期間だったと思われます」



 そしていざ、火ぶたを切るにふさわしい潮目で、こちらは、いよいよ、これ以上ない生粋の花人を投入する。

 敵が目の色を変える、新世界樹の養い手、本人だ――。

 最終的に、二度と会うことは叶わないと思っていたであろう “あの人” と共闘できることになったのだから、彪将ヒュウジョウ卿にとっては、むしろ、よかったのかもしれない。



「何気に俺が救世主ですよ。陰の。一生感謝して欲しいっすね、ホント。筆頭を捜し出したの、俺なんですから」


「確かに。お前は一生分の手柄を立てた。伊達に越境を司る商売をしてきたわけではないな。わしも感謝しておる」


「――……」


 しみじみ言われると、なんか違う……。と照れくさく思う蒐である。咳払いして誤魔化すついでに話題を変える。


「筆頭が龍王と関係の深い血筋だってことに着目はしましたが……、まさか、本当に “結び巫女” の下へ吹っ飛んでいたとは、今でもちょっと信じられませんよ」


 所縁ゆかりがありそうな場所を巡ってみたところ、 “あの人っぽい子供” を見つけた。だが、巫女の姿を実際に見たわけではなく、本当に居たのか、あえて確認はしていない。


「居たら居たで、ヤバいでしょ……? ある意味」



 運命や因果応報というものが、証明されるだけでは済まなくなる――。



「失踪者ってのは、闇雲に探して見つかるもんじゃ無いですからね。ここはやっぱり、俺の情報力のお陰ってことにしましょ。各界境間で渡航を助ける商売人の知恵も借りた。 “東南の渡師” に伝手があって良かったです」



 御歳三千以上となった――。斎鐵さいてつは、先ほどからずっと、石碑に飾られた画の中の燕を見つめている。


 なぜか時化霊トケビの影響を受けず、各界国間を往来できる生き物がいて、これを “越境守蟲” という。東南は燕の他、鶴などが主だ。


「龍もかつては天地の越境を司った。結び巫女にも、その力がないわけではない。だが、あやつを雲霧の狭間に迷い込ませたのは、ワシかもしれん――……。だから、何度聞かれても、答えは変えぬつもりじゃ」



 いつでもおいで。


 死神でも構わん。

 わしはお前がありのまま生きられるよう、

 この命ある限り、待っているよ――……。




 *――……、ほんと……?


 *――ああ。お前がありのまま、心のままに生き続けられるよう……




 怒りも憎しみもすべて受け入れる。

 無知であって良い。己の存在が、己の成すことが、善か悪かなど気にせんで良い。


 会いたくなったら、会いに来い――。




「そういえば、仁華ジンファは達者でやっとるか。いくつになった?」


 蒐はこの問いに頭の後ろを掻き回す。


「あ〜、真澹しんたんの時軸もうてなと同じくらいなんでぇ、えー……、十九歳くらいっすかね」


「……。それで未だに家政婦、兼、お前の助手か?」


 罪な男だなぁ、お前も。斎鐵さいてつは画の中の燕の番が、片方飛んで行ってしまったのを見て、やれやれと肩をすくめる。


「俺は聞いた話を真似してるだけですよ」


「誰じゃ……。またお前に、妙な入れ知恵をしている悪い兄貴は」


 蒐は半眼の斎鐵さいてつに、鼻で笑って見せた。


「彪将卿と、筆頭に決まってるじゃないですか」




 あの人たち以上に罪作りな男なんて、いないですよ――。





                        ◆   ◇   ◆




〔 読み解き案内人の呟き 〕


【 棗 】

花言葉は「健康」「若々しさ」「あなたの存在が私の悩みを軽くする」

古くから、一日三つ食べると年をとっても老いないと言われている。


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