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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 終鐘 ◇ 明白 ――――――
152/194

◍ たくましき危うさ




   ×     ×     ×




 「ほら――、終わったよ」


 そう声をかけられても、ひいなは部屋の天井付近を不安げに見つめていて、聞いていないようだった。

 丸椅子に腰かけ、包帯を巻かれた右足を垂らしている彼女のそばに、逸人は黙って付き添っていた。



 *――非常事態が起こっても、安全なところにいるなら、動かないこと。

    母ちゃんを探しに、外へさ迷い出ちゃダメだからね?



 たえにそう言い聞かされて育ったが、内心、大したことないと診断されたひいなの怪我よりも、弟妹たちが、和尚おしょうの下でどうしているかの方が気になっていた。


 李彌殷リヴィアンの警鐘が鳴り響いている。時おり、爆撃だと分かる振動が、蔵のようにどっしりとしたこの室内にいても伝ってくる。

 萌神荘にある柴の研鑽所けんさんじょ、兼、診療部屋だ。しかし、そこでひいなを診てくれたのは鳴雉谷みょうちだにの魔女医・カク智津香ちづか


 彼女の庵にいつも通り出勤したところ、風邪で倒れたという皐月の面倒を看に行くと告げられた逸人は、早々に退勤する羽目になった途中、地震に襲われた。

 皐月に見舞いを思い立って秋の味覚を摘んでいたのだが、家路を急ぐことにした時、萌神荘へ向かう道の真ん中で、動けなくなっているひいなと出会ったのだ。


 *――お前、確か……


 以前、皐月と河原で遊んでいた子供たちの中に見たことがあった。

 ひいなも覚えてくれていたようだ。

 と、言っても、その時の皐月に対する態度が悪かったせいで、印象良くはなかったらしい。こんなちんちくりんの豆粒でも、彼女は少し怯えた。

 逸人は仕方なく、智津香がいると分かっている萌神荘へ負ぶって行くことにした。普段、自分よりも大きい弟を背負うこともあるのだから、なんということはなかった――。



「そんなに心配しなくても、あいつらなら時期にどうにかするさ。花人ってのは、なんだかんだ言っても鬼。足をくじいたり、風邪ひいてるくらいで負けるようじゃ仕事にならない」


「智津香先生……」


 ひいなの不安を払拭するためだろうが、それにしても薄情と感じるほど、智津香の物言いを淡白に思う逸人である。

 あいつらの仕事はただの仕事ではない。いわゆる傭兵。代理戦争らしいじゃないか。




 *―― “教え有りて(るい)なし” ……

     お前さ、そもそも “子どもの務め” って何か分かってる――?




 そういえば以前、皐月にナゾナゾのような問題を出されていた。彼の言うことなすこと意図不明で、真剣に臨まなければならない宿題とも思えず、すっかり忘れていた。

 忘れていたが、逸人は何故か記憶の隅に取っておいた。皐月が見せた、見たことがなかった表情すべてが、一つ浮かぶと、堰を切ったようによみがえってくる。

 いつの間にか、ひいなと同じような顔になってしまっていたらしく、横目で観察していた智津香に笑われた。



「なんだい、逸人。お前まで、すっかり懐いてるようだね。あいつに」


「そっ、そんなんじゃないっ。だだだっ、誰が皐月なんか…っ」


「誰も皐月とは言ってない」


「うっ…」


 大人は卑怯だ。そう――。逸人よりも言葉巧みで当然。体が大きくて当然。汗水流して仕事して、家族を養って。大概の男なら、それが務めのはず。

 でも、自分の父親は違った。


逃げたのだ……。母ちゃん一人に、全部押し付けて。


 死ぬ前の猫みたいに姿を消した。痩せこけていたから、本当に病気だったのかもしれない。それがなんだ。務めや役割なんて、立場なんて。男とか、父親だからとか、この際どうでもよかった。


 子供だからなんだ。父ちゃん、母ちゃんの代わりだって立派に務めて見せる。だから――、()()()()()というのか――……。


「俺は黙っていなくなる奴はみんな嫌いだっッ」


「――ああそうかい。一応言っとくが、あの黒い化け猫目小僧は、無言で出て行ったわけじゃない。でも、恩を仇で返すような真似をしてくれた。私も患者にすると厄介だとは思ったよ。ある意味、信用ならない男には違いない……」


 智津香は手当ての片付け作業があるためか、それ以上は何も言わなくなった。

 だが、よく聞く「ああそうかい」の前に、じっと見つめられたのが気になって、話を終わらせた後も、逸人に居心地の悪さを与えた。



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